39.殺意

 確かに彼女は過激派の中に在って四元帥という肩書を持ってはいる。

 だがそれは王族という立場と過激派以外の弱き魔族を護る為の仕方のない事情があっての事で彼女が自ら欲したものではないはずだ。


 未だ唇に当てられるアリサの指に反論の機会はまだかと込み上げる思いが爆発しそうな時だった。



「!!」



 アリサとの会話に集中し過ぎて押し殺された敵意に気が付いたのは既の所、咄嗟に引き上げた朔羅で迫る剣戟を防ぐもののそれくらいは予測されていたらしく直ぐに別の方向から追撃が襲いかかってくる。



──二刀流!?



 このままでは間に合わないと右手に握る朔羅を抜きながらも身を捻ると左手を地面に突いて躱し、すぐに迫る次撃を左手に持ち替えた朔羅で防いだ反動で体勢を整える。地を舐めるほどの低姿勢から右手に握った白結氣で居合を放つが相手のもう一刀に弾かれてしまった。



──マジかっ……



 咄嗟のとはいえ俺の抜刀術を防いでおいてまだ余裕のある様子からも分かるように刺客は相当な手練れのようだ。


「フンっ!」


 奇襲が不発に終わったからか、背後に大きく飛び退きながらも紫色という珍しい火弾を放って来た事に思わず目を見開いてしまう。



──あれはアイツが使っていた魔法……



 剣術もさることながら魔法の腕も相当なようで、一秒の間に三発は飛んで来る小さな火弾を風壁で防ぐが、属性の相性が悪いとはいえ一弾一弾の威力の強さに今まで押されることなど殆ど無かった風壁がみるみる内に削られていく。


「話長げーよ!二月も待たせといて更に待たせるとか何様のつもりだよ、てめぇ」


「せっかちは女の子に嫌われるって知ってる?」


 すぐ横に立つアリサに俺へと投げ付けた言葉の返事を返されれば苛立ちを隠そうともせず顔を歪める魔族の男。硬く握り締められた両手に在るのは奇しくも俺と同じく二本の刀。


「ハッ!女なんて今更どうだっていいさ。その男が、殺れればなぁ!!!」


 怒りと嘲笑が入り混じる不思議な顔に目立つのは、こめかみの辺りから首筋にかけて浮き上がる常人の三倍ほどに肥大化した赤黒い血管。そんなものに見惚れていれば アッ という間に目前へと迫る銀髪男がいた。



──速い!



「死ねっ!死ね死ね死ね死ねぇっっ!!!」

「くっ……」


 最後に手合わせした時の師匠を思わせるような、反応が出来る限界点じゃないかという程の攻撃にペースを飲まれた俺は受け身に徹する他に道はない。


 とんでもない速さに加えて一撃毎に伝わってくる剣撃の重さに朔羅と白結氣を握る手に痺れを感じれば流石にヤバい予感が胸を突き、やっとタイミングを得たアリサとの対話も後回しかと、手が届きそうで届かない歯痒い状態にモヤモヤする気持ちと一緒に奥歯を噛み締めた。



「しぶとい奴だな! さっさと死ねよ!!」


 死ねと言われたからといって『はいそうですか』と死ねる奴などまずいないだろう。


 過去二回とは違い配下の魔族を残してこの場を立ち去る様子もなく、ただ見守るだけのアリサを横目に襲い来る苛烈な斬撃を防ぎ切れば、思い通りに殺せない事がそんなにも気に入らないのかという程に苛つきを隠すこともなく顔を歪ませる魔族の男。


「アゼル、わたくしの話しが終わってからと約束したではないですか。何故あと数分が我慢出来ないのです?」


 アリサの言葉で苛々に油を注がれたのか、一際強い一撃を放つと同時に反動を利用して大きく飛び退いて行くアゼルと呼ばれた何処かで見覚えのあるような銀髪の男。

 置き土産にと連射された二十発ほどの紫色の火弾を無限氷壁で受け止めれば、かつて同じ色の炎を使っていた魔族の顔が氷壁に浮かび上がり、人を見下したムカつく顔で俺の事を嘲笑う幻覚が見えてくる。



──フォルテア村を滅ぼし、ユリアーネを殺したあの魔族!!!



「うるせぇよ!お前がコイツとイチャついてたと報告してやってもいいんだぞっ!?」


 事もあろうに自分の上役であるはずの四元帥の喉元に刀を突き付け睨みを利かせるアゼルだが、生殺与奪の権利を奪われたと言うのに他人事のようにさも興味無さげに、感情の無い人形のような美しい顔で、ただただその紫の瞳にヤツの姿を写すだけで動じないアリサ。


「チッ……わっかったよ!」


 短時間の攻防で速くなりかけていた呼吸を落ち着けながら緊迫した状況で見つめ合う二人を見ていれば、ものの五秒ほどで刀が降ろされる。


「けど、俺もこの時を待ったんだっ。この時の為だけにこの二ヶ月を生きて来たんだ!もう我慢しなくてもいいだろ!?」


「仕方のない子ですこと。あんまり逝き急ぐと貴方もケネスのように研究者達の玩具にされるのではなくて?」



──ケネス!!!!



 飲み込んだ筈の忌々しい記憶が脳裏に甦り、ゾワゾワとした言い知れない黒い感情が腹の底から湧き上がって来るのを感じる。


 一度目は師匠の剣から、二度目は俺の剣から、アリサの叔父であるレクシャサに守られ今尚生きているだろう俺がこの世で唯一殺したいほどに憎む男。


 奴しか扱えないと思っていた通常の火魔法とは異なる紫の炎を操って見せただけで似ても似つかぬアゼルにケネスの姿を重ねれば不思議と一致する箇所が思い出される。


 リーディネからレピエーネへと向かう途中で現れたケネスは切り落とされたはずの四肢が生えていたのには驚いたが、元通り再生されたのではなく醜く肥大化した状態だった。

 奴の手足に脈付いていた太い血管こそアゼルの顔に浮き出ている赤黒い血管と同じにしか見えないのだ。


「兄貴の仇さえ討てれば後のことなんかどうだっていいんだよ!その力を手に入れる為に寿命を縮めてまで『アスラハリチェルカ』を受け入れたんだっ!」


「寿命を……縮める?」


 聞き捨てならない言葉に思わず声を上げれば、見つめ合っていた二つの視線が俺へと向けられた。一つは今にも目を逸らしそうな弱々しい紫の瞳、もう一つは瞳すら見えない一本の線のような細い目の奥で憎しみの炎を滾らせている。


「お前は俺が愛し尊敬した兄貴を殺した。それを聞かされた時、命に換えても復讐をする事を誓った俺はこの女が研究していた人体強化の魔術にこの身を差し出し、見事お前を殺す為の力を得ることに成功したのだ」


 まるでそれが証拠だと言わんばかりに向けられた切先に紫の炎が浮かぶ。



──アリサの、研究?……肥大化した血管……紫の炎…………まさか!?



「ふんっ、カンは悪くないようだな。

三日天下とはよく言ったものだが、二十年にも及ぶ人体実験の末に四元帥に並んだとさえ言われるほどの力を手に入れた奴の栄光は、僅か一月足らずで手足を失うと言う最高に笑える結末で幕を降した。縫合した人造四肢の定着も上手く行かず、元通りにならないままに再び失ったと聞いた時には腹を抱えたもんだ」


 射殺さんとばかりの怒りの視線は何処へやら、口角を片方だけ吊り上げると白い歯を少しだけ覗かせ不敵な笑みを浮かべるアゼル。その顔は自分の力に酔いしれる狂気に歪んだ危なげな顔で、まるで自分より弱い者を虐めて愉しむ子供のようだ。


「幼少期より実験に使われ、扱いきれないくせに力だけを与えられた奴とは違い、俺は元々魔族の中でも上位に位置する実力を持っていた。その俺が更なる力を手に入れたと言えば抵抗など無意味だと悟り、素直に殺される気になるか?」


 ゾルダインからプリッツェレへと飛ばされた際に俺にかけられていた封印が弱まり、本来あるはずの力が少しずつ戻ったのは幸いだったのだろう。俺にはモニカやサラが居てくれたとはいえ他者を圧倒出来る今の力を突然手にすれば、アゼルのように力に魅入られ進むべき方向を間違えていた可能性も無くはない。


 “仇を討つ” と言う共感出来る目的の為とはいえ命を縮めてまで手にした力の虜になっていては本末転倒と言うもの。


「俺にはまだやるべき事もあれば守るべき者も多く居るのに、多少強い奴が現れただけで全てを諦め討たれてやるほど俺の命は安くはないと自負している。お前の玩具にはならないよ」


 両手に在る二人の相棒、朔羅と白結氣を握り締めれば、それに呼応するように精霊石を光らせ同意を示してくれる。


 その答えを望んでいたかのようにアゼルの顔がより一層の狂気に歪む。


「くくくっ、そうだ、そうだよなぁ。そうこなくちゃ面白くない。だが、どう足掻いたとしてもお前の死は決定事項、悔しそうな顔で散ったお前の首を兄テレンスの墓前に添えてやるから安心してこの世を去れ!!」


 抑え込まれていた闘気が解放され感情のままに振り払われた両手の刀から衝撃波が飛び出せば太い幹を持つ大森林の大木を揺らし、まだ青々とした葉が何枚も宙を舞った。


 先程よりも更に速い打ち込みを防げばビリビリとした感覚と共に猛烈な殺意が伝わってくる。



「死ねよ!レイシュア・ハーキース!!!!」



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