38.待ち望んだ機会
支えられていた左腕を降ろせば自然とみんなの手が離れて行く。
顔を上げたララに唇が触れるだけの短いキスをすると、一歩前に出てみんなへと向きを変えれば多弁花のように折り重なって俺へと視線を向ける愛すべき人達が居る。
「何のご褒美?」
感触を確めるように桃色の唇へと指を当てにこやかに微笑む彼女は、その答えを分かっていながら要らぬ争いを生まぬようみんなに理由を教える為に敢えて口にしているのがよく分かる。
「みんな、ありがとう。お陰で助かったよ」
王宮の上の方、俺の目的とする人物の魔力が『早く来い』と言わんばかりに大きくなるのが感じられた。一度体験しただけの彼女の振るう重力魔法には苦い記憶しかないが勝てなければ謝罪はおろか話しすら聞いてもらえないだろう。
「いつも助けられるばかりなのに本当にすまないが、もしかしたらまた一人増えるかも知れない。その時は仲良くしてやってほしい」
魔族とは人間より遥かに高い魔法適性と身体能力を兼ね揃えた強き者達。その中の最強格であるだろう師匠の剣を止めるほどの腕を持つレクシャサや、一太刀も与えられず苦汁を飲まされただけのジャレットと同じ “四元帥” の肩書きを持つ魔族王家の息女アリサ ・エードルンドを今の俺が止められるだろうか。
「ララ、みんなを頼む」
自分の愛すべき者達は自分で守るべきなのは分かっている。分かっていながらもそれを放置して他に手を伸ばす事に罪悪感を感じながら、俺の代わりを押し付ける謝罪を込めてララの頬に手を当てれば嬉しげな顔で目を瞑る彼女の手が重ねられるが、確かにララであるはずの顔がリリィと重なり不思議な気分になった。
──俺が愛してるのはリリィだ。でもこの気持ちは一体……俺はララの事をどう思っているのだろう
「お兄ちゃん、気を付けてね」
モニカの声に ハッ として手を離せばなんだか後ろめたい気持ちが先走り、慌てて風の魔力を纏い軽く後ろに跳びながら宙に浮かび上がった。
「みんな、怪我するなよ?」
何も悪い事などしていないのに動揺してしまい、何か言わなきゃと絞り出した一言に溜息を漏らしたサラ。
「貴方の方が心配よ」
「うぐっ……」
反論の許されない胸に突き刺さる一言に、さも矢でも刺さったかのように手を当てて苦しむ真似をすればみんなの笑いが溢れる。
「行ってくるよ」
待たせ過ぎてせっかくの機会を逃してはいけないとみんなに向けて手を挙げギルベルトから離れれば、三十メートルもある巨体で大空を自在に飛び回りつつブレスを吐き出しているのが目に入る。
空飛ぶ魔物を一息で何匹も消し飛ばす魔石すら残さない完璧な攻撃に流石歴戦の勇者だと頼もしく思いながら、後の事は任せて彼女の待つ王宮へと進路を向けた。
▲▼▲▼
獣人の国ラブリヴァのほど近く、太くて大きな木が密集する大森林フェルニアの中にあって開拓途中と言った感じに少しだけ拓けた広場へと誘導されれば、ユリアーネやコレットさんにも負けないほどに美しい顔を微笑ませ、腰まである薄藤色の髪を指で梳くアリサが俺の到着を待っていた。
周りを囲む木のせいかラブリヴァで起こっているはずの戦いの音もほとんど聞こえず、静かな森の中での待ち合わせ。まるでこれからデートでもするかのように感じられた。
「久しぶりね。女を待たせるのは趣味じゃないから二度も先回りしていたのかと思ったけど、わたくしの勘違いだったかしら?」
初デートで遅刻してきた男を揶揄うかのように、人間にはありはしない小さな赤いハートの形をした尻尾の先を指で弄びながら紫色の瞳を向けてくる。
「フラれ続けていたのにやっと俺を見てくれる気になった女性の為にちょっとしたプレゼントを取りに行ってたんだよ」
一応今は敵味方の関係だというのに広場の真ん中に無防備に立つアリサに向かって歩きつつ、鞄にしまってあった一本の真っ白な花を取り出した。
逃げるでも拒絶するでも無しに何も言わずただ俺を見続けるだけのアリサの髪に五ミリ程の小さな花がすずなりに咲いている《君影草》という名の可憐な花を付けてやれば思った通りによく似合う。
「綺麗な鈴蘭ね。花言葉は “幸福の再来” 、貴方がこんなロマンチストな人だとは思わなかったわ。そんなにまでしてわたくしを欲してくださるのかしら?」
正直に話せばレッドドラゴン達の城パラシオ に飾られているのを見付けてアリサにと思い一本だけ貰ってきたのだが、ベストマッチな花言葉などと思わぬ副産物が付いてきたのでここは黙って話を合わせておいた方が都合が良い。
だが女性とはそういった事に敏感な生き物で、顔には出していないつもりだったのだが直ぐに見透かされたらしい。ジトッ とした冷たい視線に変わったのだが、小さな溜息と共にすぐに元の微笑みへと返り咲く。
「まぁ、そんなもんですわね。でもわたくしの為にってのは嘘ではないようね」
もっと拒絶感全開でまともな話しなど戦いに勝ってからでないと出来ないかと思いきや、街でばったり会った友人のように穏やかな雰囲気に拍子抜けして頬へと手を伸ばしたのだが、そっと出されたアリサの手に阻まれる結果となった。
「アリサ、俺は……」
「その昔、魔族を庇護していたと言われる女神チェレッタには人の運命を見通す力があったようよ。大小の差はあれど魔族王家の血を引く女性にはその力が今でも受け継がれ、直系であるわたくしは初めて会った時から貴方との運命を感じていました」
ベルカイムの近くの森の中でアリサに会ったとき、占い師のようにみんなを見ていたのはそういう事だったのか。
「ですが、我々魔族の手により貴方の大切なモノは奪い去られ、わたくしが感じたはずの運命は狂ってしまったようです」
「待てよ!フォルテア村の襲撃を知らされた時、アリサはレクシャサに刃向かい止めさせようとしてくれていたじゃないかっ!それを知っていたはずなのに心に余裕がなかった俺は魔族だというだけで君に当たってしまった。その事をずっと謝りたくて……」
まるで心を閉ざすかのようにみるみる感情が感じ取れぬ顔となってしまったアリサが伸ばしてきた人差し指が唇へと当てられ、やっと伝えられるかと思った言葉をまたしても遮られてしまう。
だが長い間押し込めていた思いは強く、たとえ拒絶されようともとにかく伝えたい一心で小さく振られる首を目にしても反論したい衝動が喉を突く。
「レイ、違うのよ……」
「違わない!あの時アリサは……」
「レイ、聞いて頂戴」
それでもなお言葉を遮るアリサに、逃げずに話しを聞いてくれるのなら伝える機会はあるはずだと、歯痒さから握り締めた拳と共に唇を噛み締め、今は思いを伝えるのを グッ と堪える。
「わたくしが身を置く過激派と呼ばれる魔族集団は自分達の目的の為なら他の種族を蔑ろにする事など厭わない。その指導者たる立場に在るわたくしが人の町を焼いた罪を負わなくて良いはずがないの。
だから、貴方が故郷を失ったのはわたくしの所為。今この国が悲劇に見舞われているのもわたくしの所為なのです」
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