26.憧れの乗馬体験
まだ日は高いが流石に疲れたので、今日はこの辺でと切り上げカミーノ家の屋敷に帰還した。ちょうど時間だったらしくもうすぐ始まるというお茶の席にお呼ばれしたのだが、血生臭いまま行くわけにもいかず先にお風呂をお願いした。
実家もそうだったが、ベルカイムの宿でも風呂と言えば、水を入れた二メートルくらいのタライに座りタオルで身体を拭くのが一般的だ。
だが流石は貴族のお屋敷、各部屋に備え付けられた『バスタブ』と呼ばれる深さのある風呂桶に驚いたのも束の間、そこに手を突っ込み暖かいお湯を溜め始めたメイドさん。
「すぐご用意致しますので、もう暫くだけお待ちいただけますか?」
磁器と呼ばれる紅茶のカップのように白くてツルツルとした触り心地の特別な陶器。半分ほどまで溜められたお湯に身を浸せば、全身を満たす得も知れぬ幸福感。人肌より少し暖かいくらいに調整されたお湯は川や湖での水浴びとは一味違い、心地良い安らぎが身も心も包み込んでくれる。
至福の時間に長湯し過ぎてメイドさんに急かされて急いで着替えた。
当然のように俺が最後だったらしく、食堂に着くと既に全員が揃っていた。
椅子に座るアルの後ろに立つクロエさん。何をしてるのかと思ったら、魔法で髪を乾かしてもらっている。アルは風魔法なら普通に使えるのだが、無精なので風呂を出ても濡れたままなのだ。俺は魔法なんて使えないからタオルで拭いて終わり。
「あぁもぅ……」
溜息を吐きながらもリリィが俺の後ろに立ちクロエさんを真似て髪を乾かしてくれる。お茶の席で奇妙な絵面だな。カミーノ夫妻も笑って見ているではないか。
「今日は大活躍だったそうだな。サルポーコは単体の強さはそれほどでもないが、集団になって畑を荒らすからな。狙われた畑は大きな損害を受けてしまう。領主として礼を言わせてもらうよ。
それにしても五百匹以上とは恐れ入ったな、そんな大集団に襲われて無傷で戻ったのは流石だよ」
半分以上はそこのメイドさんがやったんですがね……。確かに無傷なのは俺達の実力になるのか?うんまぁ、それなりに戦えるくらいの強さはあるってことだな。
「レイさん達はやっぱりお強いのですねっ!お父様っ、レイさん達にカミーノ家の護衛をしてもらってはどうでしょう?そうすればずっとこの家で一緒に……」
貴族お抱えの護衛かぁ、普通に考えたら嬉しい話なんだろうなぁ。でも俺はもっと強くなりたいんだよな。色んな経験して、修行して、もっと強い奴と戦って、強くなって、お金を稼ぎたい。
ティナと一緒に此処で暮らしていくのも捨て難いけど……俺はここまでで止まってしまう気がする。それは、嫌なんだ。
「ティナ、無茶を言うんじゃない。レイ君だって困ってしまうだろう?」
あぁ……ティナが尻尾の垂れた犬みたいに見るからにしょんぼりしてる。だが、すまんティナ、そこは譲れないんだ。
「じゃ、じゃあっ!今日はお疲れになったでしょ?明日はゆっくりしませんか?」
何かを思い付いたのか、再び尻尾を振って喜びを示すティナ。ほんと、前世は犬ですか?ってくらい犬の姿が似合うな。幻覚だと分かっているが犬耳と尻尾が俺には見えるぞっ!可愛いなぁ。
「そうだな、リリィとアルはどうしたい?」
「何でもいいぞ」
「まかせるわ」
ここぞとばかりに輝きの増した目を キラリ と光らせるティナ。
「では明日は私とお出かけしましょう!素敵なところに連れて行きますわっ」
▲▼▲▼
翌日、ティナに連れられて町の南の外れにやって来た。そこには、見たことのない広さの長屋に併設される柵に囲まれただだっ広い草原。
長屋まで歩いて行く途中で気が付いたんだが……馬だっ!馬が沢山いるっ!つまりあの長屋は馬の家だったみたいだ。
「レイさん、馬車を引いていた馬と仲良しだったじゃないですか。馬に乗ってみたくありませんか?」
な、なにぃ!乗りたい乗りたい!めっちゃ乗りたいです。って言うか乗れるんですか?
手を後ろで組み、上目遣いで微笑むティナが天使の様に見えてしまう。俺の興奮している様子を見て微笑ましげな笑みを浮かべながら、みんなを引き連れ厩舎に向って歩いて行く。
「ウォルマーさん、ご無沙汰してます」
厩舎に併設された小さな小屋、その中に居たのはオーバーオールのよく似合う人の良さそうなおじさん。
「やあお嬢、久しぶりだね。話は聞いたよ、大冒険して来たそうだね。無事で何よりだがお嬢の身に何かあったら町の皆が悲しむんだぞ?あまり心配させないでおくれよ。
それで、そちらがお嬢の英雄君達だね?
お嬢はこの町のアイドルなんだ。そのお嬢のピンチを救った君達の活躍はこの町の噂になってるよ。ファンの一人として君達に感謝する、お嬢を救ってくれてありがとう」
この町のアイドルかぁ、どおりでよく声をかけられていたわけだな。そりゃぁ頻繁に領主の娘が一人で出歩いていればみんな気になるよな。ティナ、可愛いし……。
ティナとウォルマーさんが話している間に厩舎の近くで自由になっている馬を フラフラ と見に行く。おおっ!沢山いるっ。
馬って色んな色がいるんだな。こげ茶色から黄土色っぽい明るい茶色、白い馬なんて物語の王子様が乗る奴じゃないのか?白は白でも真っ白から灰色がかった子までと様々で、かと思えば全身がまっ黒い子までまさに色々だ。
柵越しに近寄って行くと人懐っこいのか「ブルルッ」って挨拶してくる子もいる。柵に沿ってゆっくり歩いて行くと、これ見よがしな強い視線を感じた。ちょっと先にさっきからずっとガン見している子がいるけど、俺が何かした?
こげ茶色と言うよりは黒味が薄く、濃い茶色の艶やかな毛並みで目元から鼻までスッと白く細いラインが入っていてカッコ良い。足首にも白い色が輪の様になっており、まるでアンクレットを着けているように見えるお洒落さんだ。
その子と見つめ合いながらゆっくりと柵に沿って近付いて行く。なんだろう?なんだかビビビッと直感を刺激するものがある。
「ブルッルルッ」
とうとうその子の前に到着したら挨拶されたので、お返事に「やぁ」と手を挙げてみた。
黒くつぶらな瞳が俺をジッと見つめ、端正な顔に付いている可愛らしい二つの耳は ピクピクッピクピクッ と動いて愛らしい事この上ない。
なんとなくこの子なら大丈夫な気がしたので柵の中に手を入れ、ゆっくりと馬体に近付けて行く。少しだけ動いて身を寄せて来たので安心して馬体に触れてみるとツルツルの毛並みが気持ちいい。
「ブルルッブルッ」
「おやおや、君はずいぶんその子に好かれたな。中に入ってもっと触ってやってくれないかい?馬もね、触られるのが気持ちいいんだよ。どうせならブラシもかけてやってくれるかな?」
やります!やりたいですっ!
やる気に満ちた俺は キラキラ した目をウォルマーさんに向けると ブンブン と力強く首を縦に振ってみせた。
力加減は割と強め、鼻歌混じりにせっせとブラシを動かす。しなやかな首、逞しい胴体、プリっとした大きなお尻。右側が終われば左側に回りせっせせっせとブラシが動く。
「ブフッブルッブルル」
なんだか気持ち良さそうだぞ。もう一回行っとく?
「にぃちゃんそれくらいでいいぞ。じゃあ、ちょっと乗ってみるか?鞍を付けるから待ってなよ」
ウォルマーさんは馬の背に布を敷くと、鞍を載せてパンパン叩いて位置を整える。お腹に回したベルトで固定し、慣れた手付きで轡も取り付けるが、背中に椅子を乗せられるのって痛くないのかな?
「この布を引くとクッションになって馬が痛がらないから大丈夫だぞ。ほらっ、準備出来たからこの踏み台の上から乗ってみろよ。大丈夫、手伝ってやるから安心しな」
身長より高い位置に取り付けられた鞍。踏み台に登り
「よーしよし乗れたな。じゃあ俺が引っ張ってくから、にぃちゃんはバランスとって落ちないようにしていろよ。揺れには逆らうんじゃないぞ、馬の奏でる一緒のリズムに乗るんだ。分かったな?」
ウォルマーさんが馬を引いてゆっくりと歩き出す。動き出した直後はバランスを崩しそうにもなったが、すぐに持ち直して安定するとゆったりとした歩調に体が上下し心地よい振動が伝わってくる。
おほっ、ゆっくり歩いてるだけなのに風が気持ちいいねっ、さいこ〜っ!
パッカパッカパッカと歩いて行くとティナが一人で馬に乗り颯爽と走って来た……走って来た!
風に靡くオレンジの髪に太陽が降り注ぎ、まるで黄金のように輝いて見える。
「ティナかっこいいな!」
思わず叫んでしまったが、俺の隣に来て歩調を合わせると片手でVサイン。すっげー、俺も自分で走れるようになりたい!
よく晴れた青空の下、白い歯を見せてドヤ顔をするティナと一緒に心地の良い散歩をしばらく楽しむのだった。
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