25.予期せぬ死闘

 次に掲示板から選んだのはサルポーコ二十匹の討伐依頼。サルポーコは大きな鼠で、それなら俺達でも大丈夫だろうと安易な考えだった。

 奴等はレピエーネの西の方にある森からやって来ては好き放題に畑を荒らしてまた森に帰って行くという、近辺の農家さんにとっては非常に憎らしい奴とのこと。


 西の森は鬱蒼としていて人が入るのを拒んでいるかのようだった。だが仕事を受けた以上、木々の間を抜けて森の奥へと進んで行く。


 三十分くらい歩いただろうか、地面にちょこちょこといくつもの穴が開いているのが見え始めた。サルポーコは木の根の隙間や地面に穴を掘ったりして巣穴としているらしく、穴があるということはそろそろ出てくるかもしれない。

 だが問題は木々の間隔が狭くて思い切り剣が振れないということだ。リリィは短剣なのでいいかもしれないが、俺とアルは少し心配だ。


 地面に開いている穴の中にリリィとアルが交互に魔法で火の玉を作って投げ入れ、サルポーコがいないか確認しながら進んで行く。小さな火であろうとも家の中にそんな物が転がり込んで来れば、鼠だってビックリして出てくるだろうという作戦だ。


「いないわね」


 一向に何も出てこない巣穴と思しき地面の穴。奥へと進んで行くにつれ最初は拳大だった穴がだんだん大きくなってきた。今は俺達の頭が余裕で入るだろう大きさになってきているので、もしかしたらサルポーコって俺のイメージよりだいぶ大きいのか?いやいや、巣穴の入り口がでかいからと言ってそんなことはないのかもしれない。


 妄想は尽きないので警戒だけしながら徐々に進んで行くと少しだけ開けた場所が見えた。だが恐ろしい事にその場所には無数の穴、穴、穴……。これはもしかしてと思いリリィ、アルに目で合図を送り剣を抜き放つ。


「……嫌な予感しかしねぇな」


 剣が存分に振れそうな場所にそれぞれが立つとリリィが穴の一つに火魔法を送り込む──と、その直後、アルの予感は的中し悪寒が背中を駆け上がる。



ドドドドドドドドッ



 大量に来るらしい!!! クロエさんも『げっ!』って顔して一歩後退った。


 そのタイミングで穴から飛び出した一つの影。


「うそぉっ!」


 俺の近くの穴だったこともあり反射的に剣を振ると見事に直撃したのだが、その大きさを認識すれば目が釘付けとなる。大きな鼠とのことだったが体長は八十センチを超えてる気がする!ちょっと待て、これが大量に出てきたら……不味くね?


 悪い予感とは得てして当たるもの、次の瞬間に飛び出してくる巨大鼠の群れ!


「やべぇ!死ぬなよっ!」


 流れ出るというより、吹き出すと言った方が正確だろう。穴という穴から次々と飛び出して来る巨鼠の波の中、自分に向かって来る奴だけに限定して叩き落とし、勢いに飲まれないようにするだけで精一杯の状態。


 向かって来る奴を叩き斬る!

 足にぶつかりそうな奴は避ける!

 剣が間に合うのは斬る、斬る、斬る!

 身を捻り、避けながらも更に斬る!


 体の大きさに比例して重い上に、勢いよく飛び出してくるので全力で振らないと勢いに負けて剣を取られそうだ。もし仮にこんな状態で剣を失えば……考えるまでもない!

 永遠にも感じられる時間の中、ひたすらに全力で全速力。対応出来るのはそれのみの中、全ての力を剣へと注ぎ渾身の力で剣を振りまくる。


 お願いっ、そろそろ勘弁してっ!


 実際には五分少々だろう。しかし全身全霊を注ぐ攻防は凄まじく長い時間に思えた。

 あまりの辛さに泣きが入る頃、唐突に止む大鼠の波。


 終わった……のか?


 息も絶え絶えながらも横へと視線を向ければ、肩で息をしながらも無事な二人の姿が視界に入る。目だけで互いの存在を確認し終えると気が抜けてしまい、もうダメだとそのまま後ろに倒れて尻餅を付いて座り込んでしまった。


 誰からも言葉が出ない。ただハァハァという荒い息遣いだけが血生臭い空間に響き渡ることしばし……やっと周りを見回せる気力が湧いてきて目をやると巨大鼠の山が三つあった。


 あれ?


 ダルイ身体を動かし振り返えれば心臓が止まるかと思えるほどの衝撃の光景。

 そこには俺達が必死で作った巨鼠山を遥かに超える数の死骸の山が……。その横には桜色のツインテールを揺らしたクロエさんがお尻で手を組み、いつもの眠たげな目で俺達の事を ジトッ と見つめていた。


 ようやく呼吸が落ち着き立ち上がりクロエさんに向き直ると、改めて彼女の作り出した巨鼠山の大きさが目に入る。俺達が撃ち漏らした奴を全部倒してくれたのだろう、それにしてもアレを捌き切るとは……凄いの一言に尽きる。


「あのまま鼠達を森から出したら畑が大変なことになっていたのです。危ないところだったのです。なので対処させてもらったのです」


 アルもリリィも状況に気が付き唖然としている。それはそうだろう、俺達三人が必死になって倒した数と同じくらいの数をクロエさん一人で倒して除けたのだから。


「すみません、クロエさんが居なかったら大損害だったんですね。助けてもらってありがとうございます」

「これくらいなんでもないのです。さっさと処理をして町に帰るのです」


 それにしてもコレ、討伐証明を切り取るだけでも大変そうだな。まぁ……もうちょっと休んでからにしよう。




 ザックザックと尻尾を切ること実に五百本。これはちと狩り過ぎなのではないかというくらいの量だった。


 巣穴に押し込んだ鼠達に別れを告げて森を後にしギルドへと向かう。リリィが拒否った為にアルが運ぶことになった尻尾の束をカウンターに置けば、経験豊富な受付のお姉さんでも笑顔を惹きつらせたままに凍りつく。

 そりゃぁね、多過ぎですよね……束にすると気持ち悪いし。心の中で「ごめん」と呟いておく。


「しょ、少々お待ちください」


 声を上擦らせながらも笑顔を崩さなかったお姉さんは間違いなくプロの受付嬢だった。


 ほどなくして革袋を受け取り中身を確認すると金貨が十三枚。我が目を疑い顔を上げると「正当な報酬ですよ」と、素敵な営業スマイルに戻ったお姉さんが告げてきた。


 ギルドを出たところで長いツインテールを靡かせクロエさんが振り返る。


「討伐報酬は冒険者の物なのです。私はメイドなのです」


「で、でもこれは……」


 反論した俺にクロエさんの童顔がずずぃっと迫る。近い近い!あ、でもふんわりと香る甘酸っぱくて良い匂い。


「私はメイドなのです」


 眠たげな目の中にある紅い瞳は有無を言わさぬ光を灯す。それを見た俺は頬を引きつらせながらも小さな声で「はい」と答えることしかできなかった。


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