27.遠乗りはみんなで楽しく
初めて馬に乗ったあの日以来、俺達は厩舎に通った。二日もすると自分の意思で走らせられるようになり、五日も経てば殆ど自由自在に動き回れるようになった。
乗ってみて思ったのだが、やはり乗馬はとても楽しい。馬と心を通わせ意思を疎通させられると自分の一部となったかのように自在に動くことが出来る。
彼方まで広がる草原を風を切って駆け抜け、俺自身が風となる感覚。小川を飛び越える際に感じた浮遊感、一瞬ではあるが鳥にでもなったかのような感じすらして心が躍った。
勿論上達したのは俺だけではない。リリィやアルも基本は全てマスターし、後は回数をこなして慣れて行くだけのレベルになっている。
「ちょっと、レイー!ティナっ!待ちなさいよぉっ」
「遅いぞリリィっ、競争だって言ったろ?」
ウォルマーさんの許しを得てのクロエさん監視のもと、それぞれが慣れた馬に乗って近くにあるという池までピクニックに行く事になった。
見渡す限り広がる草原には、たまに兎や野ネズミが茂みの間から顔を出したりする。鹿なんかも見えたりしたから、どこかに林か森でもあるのだろう。人の気配のない自然の中を五頭の馬が駆け、抜け少し疲れを感じ始めた頃に目的地の池が見えてきた。
キラキラと陽の光を反射し出迎えてくれたその池は町の北にあった湖と同じく透明度の高い水を蓄えていて、池の深場は青色をしておりとても綺麗だ。
池のほとりで馬を降り、相棒のシュテーアの首筋に頬ずりしながら優しく撫でてやる。
「お疲れ様。また後で一緒に走ろうな」
「ブルッブルルル」
彼女は返事をすると他の馬達と水を飲みに行く。あのとき直感でこの娘と決めた馬にずっと乗っているのだが、その理由は一目惚れをしたからだ。
シュテーアは女の子だった。
だからかどうかはわからないがとても相性がいいらしい。相思相愛ってやつだな、でへへっ。
だがしかし、出会いがあれば必ず別れは来る。俺達がベルカイムに戻るとき、すなわち彼女ともお別れになる。
やっぱり俺、ここに住もうかな……
池のすぐ近くの木陰に腰を下ろした。ぶら下げていた水袋を取り中身を喉に流し込むと、冷たい水が体の中を駆け抜ける感じがして気持ちいい。すぐ隣に座ったティナに「飲む?」と聞くと俺から水袋を受け取りまじまじと見つめていた。
あれ?飲まないの?
意を決したかの様に何かに頷くとようやく口を付け、うっとりとした顔で不可思議なため息をつく。毒なんて入ってないんだから飲むのにそんなに勇気出さなくてもいいのに……。
ブーツを脱ぎズボンの裾を捲ると、綺麗な池の水に足を浸してみる。ひんやりとした感触がして心地よく、池底も細かい砂利が広がり歩くと足の裏が少しくすぐったい。
あ、ここにも魚がいるな!フッフッフッ。
「アルっ、竿を出してくれっ。魚がいるから勝負するぞっ!」
少し離れた木陰でクロエさんと並んで座っていたアル、立ち上がり鞄から竿を四本出すと準備を始めたので俺も手伝いに戻る。
この間の湖で魚を見たときからやりたかったんだよな、釣り。レピエーネの雑貨屋に行ったら三段繋ぎの竿が売っていたので買っておいたのだ。鞄に入れておけば邪魔にはならないし、いざという時の食料の確保にも役立つだろう。
四本の竿を組み立て、糸と浮きと針を取り付ける。餌はこれまた雑貨屋で買った練り餌という粉だ。使うときに水を混ぜてコネコネすると粘土みたいになり、それを適度な大きさに丸めて針に付けるそうだ。
準備を終えた俺達は横一列に並ぶと『せーの』の掛け声と同時に餌を投げ入れる。さて、誰が一番に釣れるかな?
時折聞こえてくる小鳥のさえずり、暖かい日差しが降り注ぐ小春日和。浮きを眺めて平和を満喫しているとティナの浮きが ピクピク と動き出した。おおっ、来たか!
「ひゃーっ!重たいよぉ!」
「大丈夫だからがんばれっ!そのままゆっくりと竿を立てて行けばいい、魚の動きに合わせてゆっくりだぞっ」
ティナの長い竿がグニャリとしなり、魚の動きにより プルプルプルッ と小刻みに揺れている。必死になりながらも両手で竿をギュッと握り、俺の指示通り竿をゆっくりと立てていくと キラキラ と光る魚体が右に左にと身体を振って踠いている姿が見えてくる。
だが抵抗虚しく水面まで顔を出した魚は空気を吸い込み少しだけ大人しくなるが、尚も負けじと水面で体をくねらせ脱出を試みている。
「竿を立てたまま後ろに下がって陸に上げるんだ。転ばない様に気を付けてねっ」
水面を跳ねながらもゆっくりと陸に引き上げられる二十センチの虹色の魚、《レインボーフィッシュ》と呼ばれ塩焼きにすると美味しい魚だ。あまり大きくても身が緩くなってしまうので、食べるにも釣るにも手頃なサイズだな。
糸を掴んで魚をぶら下げ、満面の笑みで自分が頑張った成果を見せてくるティナ。
「一番おめでとっ!やるなぁ。ほら、外してやるから貸してみて」
魚を外すと魚籠に入れ、餌を付け直して準備万端で手渡す。
「また釣るからねっ!」
勇んで浮きを投げ入れると ルンルン とご機嫌に身体を揺らしながら魚を待つ、かっわいいなぁ〜。
でも次は俺が釣るぞっ!と、気合いを入れた途端に バシャバシャ という水面を叩く音がして振り向けばアルの竿が弓形になっている。
「俺の勝ちだな」
ドヤ顔で勝ち誇るアルを尻目に竿を握る手に力が入る。まだだっ、まだ終わらんよっ!
「また来たっ!」
いつもより半音高い機嫌良さげな声が上がりティナの竿が再び水面へと引き寄せられる、まじかっ!
二匹目ということもあり、さっきより余裕を持って竿を操り俺に向かって笑顔を送って来る。必死の抵抗虚しく虹色の魚体が水際で ピチピチ と跳ねていると、嬉しそうに近寄ったティナが糸を掴みテンションMAXなご様子で魚を見せてくる。
魚を外して餌を付けてやると早速投げ入れ、ご機嫌で腰をフリフリと動かし小躍りしながら次の魚を待つ。
次こそはっ!と意気込んでみたが、そこから暫くの間沈黙が続いた。
そろそろお昼にしようか、と思ったらアルが竿を曲げる。横目で俺を見て口の端を吊り上げる様に悔しさが湧き起こるが致し方ない。
「リリィさんや」
「あによっ」
リリィの頬は膨らみ、口がタコみたいになってむくれている。
「俺達、釣れないね」
「うっさいわっ!これからよっ!」
いやいや、そろそろお昼の用意をですね、しませんか?なんて思ってたらリリィの浮きが勢い良く水の中に消えた!
「来たわっ!ほらレイ!言った通りでしょ!?」
「でかいぞ!がんばれ〜」
「まぁ〜けぇ〜るぅ〜かぁっっ!」
もの凄い勢いで曲がる竿を両手で支え持ち、そのままぶち抜く勢いで竿を振り上げようとするリリィ。まじでデカそうだぞ!?
水の中で黒い魚体がムワッとたまに見え隠れするが、全く弱る様子もなく右へ左へと動き回る魚。
「早く、出てきな……さいっ!」
さらに力を込めて竿を立てようとするが相手も必死なのだろう、お互い負けてなるものかと引っ張り合いの相撲が続く。
「お、おいっ、リリィ。そんなに強引に引っ張ると……」
「ぜぇっっったいにっ、まっ、けっ、なっ、いっ、からぁっ!」
両足を開いて バンッ と踏ん張り、腕の力だけでは飽き足らず体重までも乗せようと後ろへ仰け反ると、手を着かないブリッジが綺麗に決まる。
竿はギリギリと音を立てて折れんばかりに曲がっている──が、そのとき……
「ひゃぁっ!」
リリィが手無しブリッジからの見事な連続後転を決め、地面を ゴロゴロ と転がり大の字になってパタリと倒れた。
全員の目が点になり何事か理解しかねていると、空から降って来た竿が カンッ! と小気味良い音を立てて地面でワンバウンド、狙いすましたかのようにリリィの隣に寄り添うように倒れた。
だから言ったろ……糸切れるって。
「お馬鹿リリィ……」
「こぉ〜〜んなことってあるぅぅぅ?」
大の字に倒れ込んだまま呆然とするリリィ、逃した魚は大きかったってな……まぁ、次を頑張れっ。でもな、釣りって魚との駆け引きを楽しむものだから無理やり引っ張ればまた逃げられるぞ。
「まぁ……あれだ、そろそろ昼にしようか?」
バチャバチャバチャッ
音に呼ばれて振り向けば申し訳なさそうな顔をするティナが魚をぶらさげている。
「ちょっと、ティナ!空気詠みなさいよっ!もぉっ!」
釣れたもんはしょうがないだろう。だいたい、魚を逃したのはお前が悪いんだろう?ティナのおかげで一人一匹食べらることになったんだから文句言うなよな。
不貞腐れリリィはほっといて魚を焼く用意をすることにする。
少し離れた場所で魚の腹を出していると、気を利かせたティナが適当な長さのまっすぐな細い枝を持って来てくれた。塩をまぶしてその枝を口からぶっ刺したら準備完了だ。
木陰に戻るとクロエさんが昼飯と火の準備を終えていた、さすがは出来るメイドさん。焚き火の側に魚の刺さる串を突き立てるとクロエさんが広げたお弁当に向かう。今日は美味しそうなサンドイッチに鶏肉の唐揚げだ。
神妙な顔つきをしたティナが見守る中、レタス、トマト、チーズを挟んだサンドイッチを手に取り一口齧る。見てないで早く食べないと無くなるぞ?
あぁっ、マヨネーズと塩の加減が絶妙でレタスのシャキシャキが良い歯ごたえをしてる。んん〜っ、うまぁっ!自然と顔が綻んでしまう。
次は唐揚げだなっ、色からすると俺好みのちょっと濃い味付け。食べやすい大きさに調整されていたので丸っと一つを口へと放り込めば予想通りの醤油の味が口の中に拡がり、一歩遅れて主張を始めた生姜の香りが鼻を刺激する。口を動かす度に仄かなニンニクの香りと鶏肉の旨味が溢れ出る。
一言で言うと……めちゃうまっ!
「今日のお弁当はお嬢様が手間暇かけてお造りになったのです、味わって食べるのです」
ティナを見ると褒めて褒めてと パタパタ 動く犬の尻尾の幻影が見える。「美味しいよ」と頭を撫で撫でしてあげると目を細めて喜んでくれた。
卵とハムのサンドイッチを堪能していると、焚き火の方からジュウ〜ッという音と共に魚の焼ける良い匂いが漂い始めた。様子を見に行くと色が変わり良い感じに焼けているようだ。
試しに一本手に取り背中にかぶりつくと ハフハフ しながら喉に流し込む。魚の旨味と塩のシンフォニー、うん、獲れたて最高ーっ!
持って行って皆に配ると、待ってましたとばかりに一斉に齧り付いた。
「ハフハフッ、あっついけど、ハフッ、おいひ〜ねっハフハフッ」
「獲れたては美味しいですねっ!自分で釣った物だとより一層美味しく感じますっ」
二人とも満足そうで何よりです。そういえば……チラリとクロエさんを見ると彼女の魚は既に背骨と頭だけになってた!早くね?
「おいしかったのです。また食べれたらいいのです。ご馳走様なのです」
どうやらお気に召したようだ。
昼飯を食べ終わるとリリィの一声で釣りの再戦が行われたが、結局俺は一匹も釣れなかった……なぜだっ!
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