4.襲来

「出でよ! 我が僕っ、雷龍!」


 稲妻が迸る右腕が突き出され、そこから解き放たれたのはジェルフォのムキムキの太腿ほどもある太い雷。 “雷龍” などと物凄くカッコ良く名前を付けてはいるがモニカの水蛇のようにハッキリと形を成せておらず長細い何かが口を開けているといった程度で、まだまだ鍛錬が必要なのがよく分かる。


 意図的にゆっくり進ませているにも関わらず目標に向けて電光石火で迫るのは雷という特性故に仕方が無いのかも知れない。それでも雷魔法を自分の思い通りに操れるようになって来ているのは彼女の努力の成果だろう。


「カッコいいな、それ!」


 翼を広げると七メートルにもなる大きな鳥 《ガルーダ》。三羽の内の一羽が雷龍の餌食となる直前に回避行動に入り横へと旋回したのだが、直進して来た筈の雷龍は一羽目のガルーダに喰らい付くと急激に方向を変えて離れ行く二羽目へと飛び移る。自然の雷が空中を走るかの如くガルーダを起点に向かう先を変えて直進移動すると、間髪入れずにまた方向を変えて三羽目をも喰らい尽くした。


「すご〜い!ティナちゃんカッコ良い!」


 雷を操るという初めて目にする光景に興奮したアリシアは、ここがフェルニアを形成する高い木よりも更に上を飛ぶ風の絨毯の上だという事を忘れて手を叩きながら飛び跳ねて喜ぶ。

 落ちやしないかとハラハラするライナーツさんなど気にした素振りもなく、有りのままに自分の気持ちを表現する彼女が少しばかり羨ましいと思いながらも、ガルーダが姿を変えた緑の魔石を白結氣から伸びる光鞭で絡め取るとティナに渡してやった。


「何これ、くれるならもっと良いもの頂戴よ」


 それだけで金貨百枚は超える物を “要らない” とあっさり切り捨てるのはティナがお嬢様だからだろう。実際にお金に困ってはいないが、それだけで一体どれだけの美味しいものが食べられると思ってんだ?


「別にお金と思わなくていいんじゃないかな。討伐した証に集めてみたら?」


 モニカの言葉にポンッ と手を打ち自分の顔程もある大きな革袋を取り出すと、たった三つの魔石をその中に入れた。

 しかし何を思ったのか、今の今、自分で入れたにも関わらず革袋を振って中身を確かめると、それを見ていたエレナに向けてニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。


「かっち〜んっ!ティナさんっ、その勝負受けて立ちます!レイさん!私の獲物は何処ですか!?」


「ご覧の通り雲一つない長閑な青空です」


「そんなぁ〜、私の獲物わぁ?私の魔石わぁ?ズルっ子です、ティナさん!」


「あんたが私に勝とうなんて十年早かったようね、クックックッ」


「そんな筈はありませんっ!魔物さ〜〜〜んっ!!」


 魔物など襲ってこないに越した事ない筈なのに魔物を求める可笑しなエレナの声が俺達以外の何者も居ない大空へと響き渡った。



▲▼▲▼



 風の絨毯で優雅に空の散歩をすること三日目。魔導車よりは遅いが直線的に目的地に向かえるので空の旅を選択したのだが、昼ご飯の為に停まっていた魔導車とは違い気分転換になるような事が一つもないので、ひたすら続けていた魔法の練習にも些か飽きてきた。


「レイさん、アレは何でしょう?」


 遠くに見えるザモラ山脈もだいぶ近付き、あと一日二日で麓まで辿り着けるかなという頃、見渡す限りの広大な緑に変化のある場所を見つけたエレナ。ぽっかり拓けた森の一部が光を反射しキラキラとしているのが俺の目にも見える。


「シュルトワ湖にしては規模が小さいですな」

「アレはもっと北にある筈だぞ?」

「湖なんていくつあってもおかしくないでしょ?」


 ジェルフォ達の言う《シュルトワ湖》とはセイレーン達の住処なのだという。人魚という響きに胸が高鳴ったが、残念ながら違う湖らしく人魚達との邂逅はオアズケのようだ。


「少し気分転換しませんか?」

「さんせ〜っ!行こう行こうっ」


 サラの提案に満場一致で賛成可決。ほどなくして湖に到着すれば、降下を始めた風の絨毯の上で見るからにソワソワとし始める奴がいた。


「ティナ、すぐ着くから少しだけ待てよ」


 飽き飽きしていたのは皆同じだったのだろう。久々の変化にティナ以上に待ちきれなかった奴がいたらしく、言われて ギクリ とした彼女の横をすり抜けてまだ距離のある湖へと飛び出して行く。


「雪ちゃん行くよっ!ティナ、おっさきぃ〜っ」


 雪を片手に抱えて風の絨毯の端から姿を消したモニカを目にして慌てて立ち上がったティナも負けじと走り出した時、その横をすり抜けてエレナが我先にと飛び降りて行く。


「ティナさん、おっさきぃ〜」

「こらっ!待ちなさいっ!ズルいわよ!」


 楽しめるときに目一杯楽しむ、それは悪い事ではなく寧ろ良いことだ。だがあと十メートルくらいで地上なのだからもう少し待てなかったのかとも思ったがこれも彼女達の楽しみ方なのだと理解し、うずうずしながらもライナーツさんに掴まれて身動きの取れないアリシアの為に降下を急いだ。



「キャーーーーッ!えぇっ!?獣人……じゃない?まさか、魔族!!!!」


 三つの水飛沫が上がると同時に聞きなれない女性の声が聞こえて風の絨毯の端から湖を覗き込めば、水色髪の娘を中心に木陰で立ち尽くしている女の子五人の集団が湖から首を出してキョトンとするティナ達を指差し驚きを露わにしていた。



「ブモォォォォォッッ!!」



「何よアレ、気持ち悪ぅ〜」


 地上に降り立った俺達とは女の子達を挟んで反対側、森の中から現れたのは二足歩行をする身長二メートルの豚だ。

 手にした斧を器用に掴む指は人間のように五本に分かれ、豚人間と言いたい風貌だが丸々とした腕によくそれで歩けるなと褒めてやりたくなるほどに太い脚に、お世辞にもぽっちゃりというお淑やかなモノではなく大きく膨らんだお腹は言ってしまえば “ただのデブ” 。

 敢えて豚と表現したのは、丸々と肥えた豚をそのまま立たせたような一番目に付くそのお腹故だと重複して説明させていただこう。


「不味い!アレはオークですっ」



「「「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」」」



 耳のある筈の場所から青い色をした魚のヒレのような物を生やした女の子達は、ジェルフォの放った “オーク”という言葉を聞いた途端に狼狽してパニックになる。その際、白い二枚貝で作られたセクシーな水着に隠された胸に腕を当てて覆い隠したのは本能がゆえか。


「オークを放って我らを取り囲むとは卑劣な!やむを得まい。水に入れば我らに分がある、潜りさえすれば魔族とて追っては来れぬでしょう。急ぎ湖へ!」


 短い黒髪の似合う頭一つ抜けるほどの長身の女の一声で一斉に駆け出す女の子達。

 先に湖へと飛び込んだ三人の体が空中で青い光に包まれ、すぐに収まったかと思いきや健康的なおみ足がどこへやら……なんと下半身が魚へと変わっているではないか!



「きゃっ!」



 背中まである水色の髪を靡かせた桃色の魚体の子が青色の魚体の二人に挟まれるようにして湖の中へと姿を消す直前、慌てふためき一番遅れていた金髪の子の足がもつれて転んでしまう。

 そこに凄い勢いで自分へと迫ってくるジェルフォの姿を捉えたものだから目を見開いて驚く女の子。


「待って!置いてかないでっ!お願いっ、待って!!」


 湖へと飛び込もうとしていた長身の女は勢い余って落ちそうになりながらも地面に手を突き急停止。振り向きざまにジェルフォを目にするや否やオークとの距離を測り、舌打ちしながらも反転して転んだ女の子へと駆け寄ろうとする。


「お前達は姫様をお連れしろ!いけっ!!」


 彼女達がセイレーンなのであれば水に入れて一安心なのだろう。湖に逃げ込みながらも転んだ女の子の事が気がかりなようでそれ以上は行こうとせず心配そうに顔を覗かせていたが、長身女の一言で湖の底へと姿を消していく。


「魔族に飼われる獣人などに遅れは取らぬっ!」


 腰が抜けているのか未だ立てずにいる金髪の子を庇うようにして立ちはだかると、抜き放ったレイピアを構えて迫るジェルフォに敵意を向けた。



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