9.風の妖精

 ミカエラの指示に従い、右に左にと分岐を進んで行けば、一時間も経つ頃には下へと続く階段の前に到着した──なんだ、意外と早いじゃん?

 結局現れた魔物と言えばネズミ、ネズミ、ネズミ……。後はたまにコウモリがぶら下がっていたので処理をしたのだが、なんとも呆気なく終わりを迎えた第一層だった。


「ずっとこんな感じ?」

「ん?魔物の話?第五層までは小さな魔物が殆どなんやけど、まぁ物足りんやろね」


 かなりつまらない……小さい動物をイジメているだけで景色を楽しむことすら出来ない中をひたすら歩き続ける、すぐに飽きちゃうぞ?


「モニカ、光の玉二ついけるよな?俺達の近くを照らすヤツと交代してくれるか?代わりに俺が遠くを照らすよ。

 そんでもってエレナ、場所交代っ、お前一人で先頭な。俺の魔法見てただろ?灯り強めて見やすくしてやるから、真似してやってみろよ」


「えぇ〜っ、一人でですかぁ?魔法ならレイさんの隣でも出来るじゃないですかぁっ」


「文句言わないっ、順番だろ?みんなに恨まれてもいいのか?あと、風魔法の実践訓練だ、集中しろよ」


「はい、いってらっしゃ〜いっ!エレナは魔物退治がんばってねっ。ここは私がも〜らった!」


 エレナの背中を押したのはモニカだった。そのモニカは俺に腕を絡めるとさっそく光の玉を作り出し二メートル前の俺の光玉と同じ位置に浮かべてくれたので、そこに元々あった二つの光玉を前方に飛ばして灯りを強めた。

 おかげで三十メートルくらい先まではっきり見えるようになった赤茶色の通路、これで魔物も倒しやすくなった筈だ。



▲▼▲▼



「えぃやぁとぉーーーっ!」


 仄かな緑色の魔力に包まれた薄緑の槍、先を行くエレナがそれを振るう度に空中に取り残された緑の光が尾を引く。照明用の光りを受けているとはいえ暗いダンジョン内ではより一層それが良く分かりとても綺麗だと思えた。


 不思議な掛け声が響けば小さな風の刃の群れがこれまた小さな魔物達に向かって飛んで行く。


 魔物と呼ぶのも憚られるような奴らだとはいえ、数えるまでもない僅かな時間で全滅させている。戦う術を身につけて幾ばくも経たないエレナなので俺ほど上手く出来ないのは当たり前のこと。しかしそれでもなんとか真似をしようと、最初は三枚しか無かった風の刃も段々と細かく多くなり、第二層が終わる頃には二十枚を超えるほどの数が同時に操られるようになっていた。


 たった一時間足らずの間にこれだけの成長を見せるのは末恐ろしいと言えるだろう。いくら魔法を強化してくれるシュレーゼの風魔法版、フォランツェがあるとはいえ、その成長ぶりはモニカを彷彿とさせるモノがある。それに驚くのは魔力量。一時間もの間、魔法を使い続けるなど並大抵の奴が出来ることではないのだ。


「頑張れるだけ頑張ってみろ。ただし、ここはダンジョンだからな、あまり気合入れ過ぎるなよ?疲れたら交代するからすぐに言うんだ。

 あと、モニカは場所交代な?一層毎でいいだろ?灯りはそのまま頼むよ」


 素直に頷いたので頭を撫でるとキスを交わした。それを見たティナが『あっ!』て顔したのが目に入ったと思ったら、なかなかの身のこなしで前にいたリリィをすり抜けると俺の腕を取りキスをしてくる。


「ちょっ!ティナ!?次、私の番……」

「早い者勝ちですぅっ」

「このぉ……後で覚えてなさいっ!」


 喧嘩するなよ?と苦笑いをしつつ第三層への階段を降りて行った。




「せぃやぁ〜〜っ、はぁぁっ!」


 何故そんなに元気なのかと思うほどの掛け声と、それに伴い肉片と化して行く小さな魔物達。哀れと言えば哀れだが、一つの疑問が湧いてくる。


「他にも沢山の冒険者が入って行ったよな?そいつらが俺達みたいに根こそぎ狩ってたとしたら、なんでネズミ達は居なくならないんだ?全部は無理にしても、こんなに居るのはおかしくないか?」


「ダンジョンの全てが解明された訳ではないんやけどな、どう見てもアレは本物の生き物ではないんとちゃうか?一説によるとダンジョンが作り出す魔物やから死体も消えて無くなるっちゅう話になっとるよ?」


 ダンジョンが魔物を作り出す?何の為にそんなことを……って、そもそもダンジョンって何で在るんだ?最深部に居ると言われる地竜を守る為?

それにしては宝箱の件はオカシイ。何故か中身が湧いて出る不思議な宝箱、それは『拾いに来てください』と誘っているようにしか思えないんだよな。

 まぁ、考えても分からないんだけど。


 ネズミにコウモリ、大きなムカデに一メートルのヘビ、段々と種類が増えてきている中、第三層もエレナの活躍でアッサリと終わりを迎えて第四層への階段を降りて行く。


 一番最初に飽きたのは雪だった。ダンジョンに入ってかれこれ三時間は超えたはず。代わり映えの無い暗闇の中、見るものも無く俺の腕で揺られていると心地良くなってきたのか眠ってしまったのだ。


「可愛いわね」


 隣から覗き込んだリリィが言うように、無防備な寝顔は可愛い雪が更に可愛さを増しているように見える。


「やらんぞ?」

「プッ、何よそれ。私の方が可愛いでしょ?」


 薔薇色の瞳がすぐそばで分かりきった答えを待って居たので「リリィも可愛いよ」とキスの不意打ちをしてやると、顔を赤くしながらも周りを気にして チラチラ と皆に視線を向けていた。



 それにしても、寄り道せずに真っ直ぐに下の階に向かっているとはいえ、誰にも会わないものなのだな。他の人はもっと下の階層にいるのだろうか?


「どの辺りの階層が人気が高いんだ?やっぱりもっと下の方なのか?」


「うーん、どうなんやろねぇ?十五〜二十層辺りが一番人気があるんちゃうかな?なんでも、そこそこ高く売れる武器なんかが良く出るっちゅう話やで?でも兄さんはお宝に興味無いんやろ?」


「興味が無いわけじゃないけど、それよりも優先する目的があるってだけだぞ?」


「そっかぁ」と適当に返事を返すミカエラには俺達が金を稼ごうが稼ぐまいかは関係が無い。なにせ一日金貨三枚、そこに変わりはなく、生きて帰れさえすればいいはずだ。


「まだまだやったりますよぉ〜〜っ!」


 おかしな掛け声でエレナが頑張っているのを思い出す。そこにはキラキラと光る小さな蝶の集団のようなモノがフォランツェの動きに合わせてあっちに行ったりこっちに行ったりと漂っていた。

 目を凝らして見ると一センチの半分にも満たない大きさの無数の風の刃の集まり、俺が作ったものより遥かに細かく、数も多くなっているではないか。


 フォランツェを軽やかに振り回し、まるでダンスでもするかの如く楽しげに空中を踊り回っている。エレナの身体に纏わり付くようにしている薄い緑色の魔力光が跡を引き、あたかも風の妖精がソコにいるように思えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る