6.盗賊
この街道はこういうものなのか?それともたまたまか?ベルカイム周辺では考えられないことだった。
王都を出て三日目、心地よい日差しの下、パッカパッカとお馬さん頼りに街道を進んでいれば、またしてもお客様が姿を現した。
しかも今度のお客様は見すぼらしい服を着て言葉を喋る二足歩行の団体様、俗に言う盗賊だ。
もちろん、そんじょそこらの盗賊如きに遅れをとるような俺ではないし、コレットさんも恐らく余裕で排除出来る実力を持っているだろう。それにモニカだって接近さえされなければ撃退出来るだけの力を持っている。
サラはまぁ……今後に期待?まだ冒険者歴三日だ、無理を言ってはいけない。
そう考えると俺達って強いな。
まぁそれはさて置きモニカの経験の為の餌だ、彼女の心が持つのなら対処させるとしよう。相手は魔物と違い人間だ。殺すとなるとそれなりに覚悟がいるんだよね。
「お客様ですがどうしますか?」
コレットさんから指示を求める声がかかるので、一先ず止めてもらった。
草むらに身を潜ませる奴等はここからでは目視出来ない。
「モニカ、感知出来るか?」
既に魔力探知を始めていたモニカに聞いてみると、暫くした後で嬉しそうに顔を上げる。だが、すぐに浮かべた困惑した顔。
「お兄ちゃん、これって……人間?八人も居るよ?」
「あぁ、野党だな。既に狙われているよ。野党は殺されても文句は言えないし、殺らないとこっちに被害が出る。見つけたら殺すのが平和の為なんだよ。
それで質問、モニカに奴らが殺れるか?無理なら俺が片付けてくるよ」
暫く悩んだ後、それでも自分がやると言うモニカは立派なもんだ。御者席に移った俺の膝の上にモニカが座ると、様子を見ようとサラも顔を覗かせる。
「サラは見ない方がいいんじゃないのか?」
「モニカが頑張るなら私も頑張って見るわ」
歩みを止めたこちらに耐えかね自ら姿を現した盗賊達を真剣な眼差しで見つめながら答えるサラからは強い意志を感じる。普通の人間ならば人殺しの場面など好んで見たくはないはずだ。それでも見ると言い張る王女様は本当に冒険者になるつもりなのだろうか。
横に座るコレットさんもモニカが気になるのか、さっきからずっと心配そうに見つめている。
「おいっお前ら!死にたくなかったら金目の物を置いて行けっ!後、食料もだ!」
大声で盗賊が叫んでいるのが聞こえてくる。真っ当な職に就けず止むを得ない事情があるのか、はたまた犯罪でも犯して町に居られなくなったのか。どっちにしても害獣と変わらぬ輩だ。俺の前に出た以上、真っ当に暮らす人達の為に消えてもらう。
「おいっ見ろよ!やっぱり女だ!」
「ああっ、しかも良い女が三人も居やがる!」
「ひゃっはーっ!ラッキー!!」
盗賊の声に ビクッ と震えたモニカを抱きしめ頭を撫でると「大丈夫だ」と囁いて落ち着かせる。
大きく吐き出された息。すると、一メートル程の水蛇が二匹も空中に現れ、それを見た盗賊達から慌てる声が聞こえ始めた。
「落ち着いて殺れ。あれは人の姿をした害獣だ、生きていても他人に危害を与える事しかしない。なら、それを狩るのは俺達冒険者の仕事だ。焦る必要なんてない、モニカなら簡単だ」
慌てふためく盗賊に向かい空中を滑るように近付く二匹の水蛇、我先にと逃げ惑う盗賊達だったが腹を食い破られ地面に転がる。
「ひぃぃぃっ!!」
「たっ、助けてくれー!!」
水蛇に行く手を塞がれ右往左往している間に腹や胸に風穴を開けられ、あっという間に全員が物言わぬ骸と化した。
呆気なく排除された盗賊八人、シャロから貰ったシュレーゼの効果もあるがモニカの成長は著しく、既に上級冒険者と言っても過言ではないくらいにまで成長を遂げている。
「お疲れ様、大丈夫か?」
「大丈夫。あの人達は魔物、そう思う事にしたわ。みんなが平和に暮らす為に倒すべき敵、そうよね?」
俺とは違い大丈夫そうだ。確固たる信念を持つモニカの心は強いな、俺も見習いたいものだ。
もう一人が心配になり振り返ってみるが、意外にサラも平気な顔をしていて俺と目が合うと「何?」と首を傾げていた。
俺が初めて人を殺したときとは大違いだな。アルもリリィもそれ程じゃなかったし、俺の心が弱いだけなのか……。
△▽
その日の夜も一人で剣舞の練習をしていたが、なんだか心の中がモヤモヤしてしまいすぐに止めてしまった。
あまり身体を動かしていないのでストレスでも溜まっているのかと身体強化をしながら走る事にした。走りながら考える事は “俺の心の弱さ” について。だがそんな事を考えても答えや対策が見つかる筈もなく、ただ鬱憤だけが一方的に溜まっていく。どうせなら魔物でも居たらいいのにと思うがそういう時に限って現れないものだ。
と言うか、町から町へと続く街道を使っての移動でそんなに頻繁に魔物が現れる方が異常なのだ。少しくらい街道から外れて走っていてもそう変わりはしない。
そんなことを考えていた矢先、月明かりに照らされ土煙を挙げて走っている影が見えた。流石に闇の中では遠すぎて確認する事が出来なかったので興味本位に近寄って見ると、馬が四頭連れ立って走っている。
街道でもない場所をこんな夜中に走る集団。緊急の早馬でなければこんなにおかしな事は無い。
しかし早馬であれば単騎のはず。気付かれない様に背後から近寄って行くと、どうもキナ臭い感じがした。
まるで闇に紛れるかのように黒い布で顔を覆う全身黒ずくめ、更に小さな子供を抱えて走る姿はどう見ても人攫い。
これは……と、馬を止める事にした。
身体強化をしている俺に馬に並んで走るなどそんなに大したことではない。集団の横に並ぶと先頭を走る男に大声をかける。
「こんな時間に散歩か?」
目しか見えないが ギョッ としてこっちを見たのが分かった。すると馬のスピードは緩めないまま片手で手綱を握ると、もう片方の手で剣を抜き斬りかかってくる。
しかし、馬を走らせながらの剣など当たるはずもなく空を切るばかりだが、もう一頭が俺の横に並んで挟み込む様にして来たので強制的に馬から降りてもらう事にした。
お馬さんに罪はない。なので被害が出ないようにと近付いて来た男をジャンプして蹴り落とし、そいつを足場に跳躍してもう一人も叩き落とす。
「てめぇっ!」
両手が塞がり怒声を浴びせることしか出来ていない男へと飛び掛かり、その手の内の子供を回収すると同時にそいつも落っことしてやった。別で捕らわれた残り一人の子供も回収すれば、あれよあれよと落馬してのたうち回る四人の男達。
両脇に抱えた子供が無事なのを確かめると男達から少し離れた地面に降ろしてやった。
「んーっ!んんんっ!!」
手足を縛られたうえに猿轡までされているので、威勢の良いチビ助の方から順番に外してやる。
「お兄ちゃん!助けて!あいつら悪い奴等なんだっ!僕達攫われたんだっ!」
十歳にもならない男の子、八歳位だろうか?口が自由になった途端に必死になって訴えかける。それを聞きながらもう一人の、こちらは十歳ぐらいの女の子の拘束を解いてやった。
「あいつらに攫われたのは本当なんだな?」
女の子は俺を見るなりコクコクと頷いた。恐怖からなのだろう、顔色が良くはなく、足元もフラついていて一人で立てないようだ、可哀想に。
「じゃあ、あいつらはやっつけちゃってもいいんだな?」
それでも確認のためにもう一度聞けば、二人とも大きく頷いている。
「悪い奴だからって人が死ぬところは見ない方がいい、後ろを向いてろよ?終わったらすぐに戻ってくるから少しだけ待っていられるよな?」
男の子が「うん!」と元気に答え、二人共素直に反対側を向くとしゃがみこんだ──よしよし、良い子だ。
二人の頭をポンッと叩くと「すぐに戻る」と言い残し、盗賊共の元へと向かった。
「あぁ、大丈夫ですかぁ?落馬って痛いですよね〜、まぁ落ちた事はありませんがね」
朔羅の柄頭からぶら下がる勾玉を指で弄びながらゆっくりと盗賊達に近付く。地面で身悶えする男達は既に息も絶え絶えのご様子。
「くっ……てめぇ何者だっ!俺達が誰だか分かってて喧嘩売ってるのか?」
「あぁ、それね。そこんとこ詳しく話してもらいたいんだけど?」
全力疾走する馬からの落馬は痛そうだな、などと思いながら言葉とは裏腹に逃げ越しの男達に
逃げられないと悟ったらしく傷付いた身体にも関わらず襲いかかって来たので、それ以上は聞けないと判断して仕方なく “さよなら” をした。
「お待たせっ、お前等怪我はないのか?」
俺が子供の元に戻ると二人で寄り添い大人しく言われた通りに背を向けて待っていた。幸い怪我は無いようで、ただ攫われただけのようだった。
時間も時間、夜も更けていたので盗賊達の使っていた馬の一頭にお願いして来てもらうと、子供二人を連れて馬車のある宿場へ戻ることにした。
「おーい、もう少しだけ頑張れよ」
馬に乗ってしばらく経つと最初は緊張していた子供達も慣れて来たのかウトウトとし始めた。早足での移動だから結構揺れてるんだが、それでも眠気には勝てないようで、途中で落っことしそうになったのには焦った。
俺の前に座る女の子なら抱えられるので問題無いが、その更に前に座る男の子に寝られた時は支えるのが本当に辛かった。
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