第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

1.帰還

 一日の終わりを告げるべく青い空に赤色が混ざり始めた頃、背後から黒い悪魔に取り憑かれた俺は美しき姫君を腕に抱き、沢山の花が咲き乱れる王宮のバルコニーへと降り立った。


「おかえり、お兄ちゃん」


 アリサの脚を丁寧に地面へ降したのと同時、完璧なタイミングで声をかけてきたのは、開け放たれた大きな窓を潜って姿を見せたモニカだった。


 特に危険がある様子もないのに彼女が居た部屋の周囲には極微量ながらも魔力が流してあり、いち早く俺達の存在を感知したのだろう。これは恐らく無意識でやっている魔法探知、毎度のことながら彼女の成長ぶりには驚かされてしまう。


「ただいま、みんな無事か?怪我はない?」


 初めて見る二人には一度ずつ視線を向けただけで、真っ直ぐ俺を見て少しだけ小走りで寄ってくると “おかえりのキス” をしてくれる。


「ララさん達はまだ戻ってないけど魔物はいなくなったって話だから、怪我をした獣人達の治療をしてるんじゃないかな?」


 部屋には十人以上の人が居るようだが、俺の知ってる魔力はティナとコレットさん、アリシアとライナーツさんにジェルフォだけだ。

 どうやら残りの四人は町で暴れていた魔物の殲滅に向かったらしい。


「あの人がアリサさん、だよね?」


 少し後ろで成り行きを見守っていたアリサへ視線を向けて尋ねると、今度は俺の顔のすぐ横へと視線が移る。


 アリサの話は事前にしていたので疑問を解消する前に確認をしただけだなのろう。

 言葉無くともモニカが問いかけるのは未だ背中に取り憑いたままでいる黒いヤツの事。何故知らない女までもが増えている?何故、その女は自分のモノだと主張でもするかのように背中にへばりついているのだと聞きたいのだろう事は想像に難しく無い。


「これか?これはただの悪魔だよ。そのうち離れるから今は気にしないでくれ」


「むぅぅっ、なんだよ、その紹介。僕は君の相棒だろ?断じて悪魔ではないぞっ。

 まさかと思うけど、まだ拗ねてたりするの?レイシュアも気持ち良かったんだから別にいいじゃんかっ。うじうじうじうじ、いつまでも引きずるのは男らしくないぞ?」


 みんなが戦っている時に二人と イチャイチャ していた事は別に隠すつもりはなかったがわざわざ言うべき事でもないだろう。


 それを聞いたモニカは少し眉を寄せただけですぐにいつもの笑顔に戻ると「そう」と短い返事で俺の腕を取り、言われた通りにサクラの事は気にもせずに室内へとエスコートしてくれる。


 だが、そうでないのは開け放たれた窓枠へと手を掛けてこっちを見ていたティナだ。

 室内へと進む俺の事を眉を潜めたままジト目で見続けていた彼女は、そのイライラを込めた拳を寸部違わず俺の鳩尾へと叩き込んで来る。


「ごほっ……た、ただいま」

「おかえり」


 刺のある言葉を残し部屋の中へと歩き出したティナに続けば、奥の扉の前にお揃いの銀の肩当てを付けた兵士らしき獣人が訝しげな顔付きでこっちを見ていた。


「レイ様、おかえりなさいませ」


 すぐ近くにいたライナーツさんが執事然と姿勢正しく頭を下げれば、白いプリムを頭に乗せた獣人達が目を丸くして驚きを露わにする。

 それもその筈、ライナーツさんは白ウサギの獣人で、ここ獣人王国ラブリヴァでは王位継承権を持った要人なのだ。


「俺の目的は達したけど、そっちはどうなってます?」


 部屋の奥にある机に積み上げられた紙の壁の向こうで白くて長い耳が ピコピコ と動いているのが物凄く気になったが、姿は見えずともたぶんあれはアリシアなのだろう。 父親と再会を果たした彼女は国の現状を知るべく膨大な資料を頭に叩き込んでいる、そんなところだと思う。


「ええ、問題ありません。奥のソファーにおられるのが現国王であるセルジル様で……」

「アリサ様!? 」


 俺達の話し声に振り返った手前のソファーに座っていた老人。驚きを露わに慌てた様子で立ち上がれば、その隣に座る若い男も釣られて振り返る。

 だが、それより僅かだけ早く動いたモニカの手には魔導銃が握られており、立ち上がった老人に向けられた時点で、見た目には分からずとも彼等が魔族なのだと確信が持てた。


「お爺ちゃん、座って?」

「す、すみません、つい……」


 老人は大人しく腰を降すが、余程気になるのか、ソファー越しに向けられる視線は俺の後に続き部屋に入ったアリサへと向けられたままだ。



コンコンッ

「失礼します」



 老人との関係を聞くのはアリサ達を紹介してからと思った矢先に入り口の扉が開かれ、ララを先頭にサラとエレナが入って来た。

 三歩遅れて続いたのは、何故か一人だけボロボロになっているセレステル。俯き、足取り重く進む姿に『なんぞやらかしたな』と苦笑いが誘われる。


「あら?レイ達も今来たところ?

そっちがアリサで、もう一人は……もしかして朔羅、かな?」


 なんの前説明も無いままに、顎に手を当て少し考えただけで正解に行き着いたララ。

 興味津々といった感じで俺の前まで来ると両手を腰に覗き込み、そこが住処であるかのように背中に張り付き降りようとしないサクラの顔を マジマジ と観察し始める。


「朔羅じゃなくてサクラな」

「ふぅ〜〜ん……」


 キョトンとして動かないサクラの顔を堪能したのか、終わりとばかりに ニコッ と笑えば釣られてサクラも笑顔となった。


「そう。よろしくねっ、サクラ」


 視線を俺へと移したララは何故だか分からないが眉間に皺を寄せると、人の顔を見たままでこれ見よがしに深い溜息を吐く。


「うわぁ〜おっ!美人さんがいっぱいだの!!しかも白耳までおるではないかっ!

 そこな娘っ、名はなんというのだ?そんなところに突っ立ってないでこっちに来てワシの隣に座……「黙れエロジジィィィッ!!」……ぐべっ!」


 奥側のソファーで寝ていたセルジルが目を覚ましサラ達三人に気が付いて嬉しそうに立ち上がったのだが、さっきまで書類に埋もれていたアリシアが突然飛び上がると、三メートルはある天井を蹴り急降下する勢いと共に振りかぶったハリセンを思い切り叩き込んだ。


 一瞬の硬直の後、演技かと思うほど見事にソファーへと倒れ込む白うさぎの老人。ピクピクと痙攣するセルジルを汚いモノでも見るような顔で見下ろしたアリシアは周囲を一瞥し「ったく……」と吐き捨てて書類の壁の向こうへと消えて行った。




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