27.護りたいもの

 半分は賭けだったが俺のみがターゲットにされているっぽいミツ爺へとミレイユを投げ付ければ、思惑通りミレイユは攻撃されるでもなく二人はぶつかり合い倒れてくれる。


 邪魔者が居ない今がチャンスだと風の魔力を纏い足を撃ち抜いた個体へ標的を絞れば、魔力弾を撃ちつつ距離を取ろうとするので左から大きく回り込んで一気に肉薄。朔羅で腹を裂きつつ足の間を通り抜け、そのままもう一体へと走る。

 向けて放たれた三発の魔力弾を避ければ飛んで行った先には仲間である傷付いたマンティコアがいる。思い切り腹を引き裂かれた上に三発の内の二発もの魔力弾をまともにくらっては流石のマンティコアといえども一溜りもない。


 大きな体が光に包まれたのを横目で確認しながら向かう先のマンティコアの行動範囲を狭めようと奴の鼻先まである高さの炎の壁で取り囲むと、十本の風槍を上空に作り出し間髪開けずに撃ち込んで行く。

 炎に囲まれた狭い範囲で身を翻しながら魔力弾を放ちつつ尻尾の針も機敏に動いては風槍から身を守る姿に『流石は上級モンスター』と褒めた後で前足の一本を斬り落とした。


「キャヮッンッヮンッ!」


 バランスを崩してつんのめった所に、上空からの風槍二本が突き刺さると炎壁を通り越して魔族の放つ針が飛んで来る。

 マンティコアがやられるのを見越しての事だろうが、俺が避けるとマンティコアへと突き刺さり更なる悲鳴を上げているので、これ以上苦しまないように朔羅を振り上げると一太刀で首を斬り落とした。


 魔石を砕いて炎の壁を消すと、待ち構えていたミレイユとミツ爺が業を煮やして飛び掛かって来る。二人纏めて風壁で包み込み地面へ押し倒すと、そのまま動けないように張り付けたところで処理を後回しにしたもう一つの魔石が光に包まれる。


「あ、やべ」


 一体だけとはいえせっかく倒したマンティコアに復活されては堂々巡りになってしまう。

 再び飛んできた針を朔羅で叩き落とすと、交差させた風の刃に回転を与えてマンティコアの出現ポイントへと飛ばした。スピードを微調整された風陣はマンティコアが実体化した直後に到着し、出てきた早々にお引き取り願うと魔石を砕いて元凶である魔族を睨みつける。


 自分の策が失敗した事など気に留める様子も無く口元を緩め続ける魔族に闘志を剥き出しにしながらゆっくり歩み寄るが、それすら気にしていない余裕のある態度。


「どうやら連れてきた部下達は何者かに倒されたようだな。お前にも優秀な部下がいる、そういう事のようだ。

 話題のレイシュア・ハーキースの実力も見せてもらった事だし、目的の無くなったこの町に居続ける理由はない。儂はそろそろお暇するとしようかの」


 どうせ今はやる気の無いこの魔族、転移出来る以上戦いを挑んでも逃げられるのがオチなのは目にみえているので『さっさと帰れ!』と睨んでいると、口元の笑いが急に収まり顔を逸らした。



「お兄ちゃん!」



 魔族が転移すると巨大な水蛇がその場を駆け抜ける。再び現れた先、その瓦礫の上には六発の火球と風球が襲いかかり瓦礫ごと吹き飛ばす。空へと逃れた魔族に向かい竜巻を横にしたような円形に渦巻く風が向かって行くと同時、舞い戻った水蛇が挟み撃ちにしようと迫っている。


「モニカ!駄目だっ!?」


 加勢に来てくれたのは嬉しいが三人が操られる事になれば手が出せない上に、ミレイユやミツ爺とは比べ物にならない程実力が上なので厄介極まりないだろう。

 思わず漏れてしまった声に奴の口角が再び吊り上がるのが見え『しまった!』と思ったが後の祭り。後悔などしている暇は無くモニカ、エレナ、コレットさんを奴の魔力から守るべく全速力で風壁を展開させると、光の魔力を混ぜ最大限まで強化しにかかったところで魔族から発した黒い魔力がぶつかり、悪意に満ちたドロリとする気持ちの悪い感触が伝わって来る。


「クククッ、必死だな。そんなにもその娘達が大事なのか?」


 注がれる風の魔力が増し、内に居るモニカとエレナが口元を押さえて目を見開く姿が見え辛くなる程に濃くなった風壁。バチバチと音を立てながら可視すら可能になった黒い魔力が俺の魔法を突き抜けようと稲妻のように黒い光を迸らせて這い回るが、闇魔法の扱いに長けた一番危険な奴にモニカ達の存在がバレた以上ここで負けるわけにはいかない。


「てめぇ、さっき帰るって言ったんだから、男らしくさっさと帰りやがれ!!」


 俺が言葉を放ってから五秒ほど経って急に魔力を止めた魔族は、掲げていた右手を降ろし顎を擦り始めた。


「そんな事も言ったかも知れぬな」


 止める気が無かったのではなく、単に考えてただけかよと突っ込みたくなったが、普通の人間とは違う間で話をするコイツとは仲良くなれそうにないと思いつつも警戒を緩める訳にはいかない。


「まぁ、傷を負ったことに気付かぬほど必死になる貴様に免じて前言を撤回するのは止めておいてやろう」


 何を言い出したのか分からず、奴の右手が指した俺の腹へと目をやると、奴が幾度となく飛ばして来た細い針が脇腹へと突き刺さっており、その周りに開いている何箇所もの穴からは血が流れ出て黒い筈のズボンを赤く染めていた。


 指を鳴らす音と共に何が起こったのかを認識させる為に残されていた最後の針が消え失せると、傷があるのを視認した事で激しい痛みが全身を襲い始めて片膝を突いてしまう。


「せっかく遊びに来てやったのにやられっぱなしでは気分良く帰れぬからな、クククッ。

 そうだ、自己紹介がまだだったなレイシュア・ハーキース。儂は魔族四元帥の一人ジャレット・ソレフマイネン、次に会う時まで精々その娘達を大事にしてやる事だな」


 ジャレットと名乗った魔族が気配と共に姿を消すと、緊張感が無くなったからか意識が朦朧とし始める。

 師匠にボコられて以来傷らしい傷は負っていなかったからか、傷を負うことに慣れてないとはいえ、この程度の傷でこんなにもダメージを受けるのはおかしいと思いつつも身体の力が抜けてきてしまい自分で作った血溜まりへと倒れ込んでしまう。


「お兄ちゃん!?」

「レイさんっ!?」

「レイ様っ!!」


 風壁から解放されたモニカ達が慌てて駆け寄ってくるのが目に映ると、彼女達の無事な姿に安心し、それを最後に意識の糸がぷっつりと途切れた。



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