26.焦ったい戦い

「お前の趣味など理解出来ないし、したくもない。何故平和に暮らす人達の日常を奪う?何故、魔族は人間と共存する道を選択出来ずに奪うことに固執するんだ?お前達のやり方は間違っている!」


 黒い外套から覗く口角を吊り上げニヤニヤと笑い続ける魔族は、それが癖であるように顎に当てた手を擦り付けながら、返事が来るのか来ないのかという微妙な間隔を空けて勿体ぶったように言葉を返してくる。


「我等魔族が人間を自分達以下だと認識し、下等な生き物との共存を考えないのを貴様ら人間は否定出来ると言いたいのかね?

 人間の中で冒険者と呼ばれる者達は人間を害する可能性のある罪もない獣達を狂気の刃に斬り伏せている、これが今のこの町の状況と何が違うと言うのだ?」


 言われて初めて気が付いた、いや気が付いてしまった。確かに人間はその個体が自分達を襲っておらずとも、同じ種族が人間に危害を与えていれば害獣に指定し冒険者が討伐するシステムが出来ている。


 魔族も例外ではなく人と同じ姿をしていながらも人間に害を与える存在として忌避され、何もしておらずとも魔族というだけで人間の生活圏に居るのが発覚すれば危害が加えられ、下手をすれば殺されてしまうだろう。

 そんな人間達が幅を効かせる世の中では、自分達がヤラレる前に危害を加える側の人間を排除しようとする魔族の事を “悪” だと言い切るのは自分達の行いを振り返れば難しい事だ。


「貴様は子供の頃、地を這う蟻を見て興味本意で踏み潰したり、空を自由に舞う蝶を捕まえたりして遊んだのだろう?


 貴様は己が生きる為と称して野山を駆ける害の無いはずの獣の命を奪い、喰らってきたのではないのか?


 人間は地を耕し作物を作るが、その作物にすら命が宿っている事を知っているのかね?自分達で命を与えておきながら自分達の物だからと身勝手に命を刈り取る、そんな好き放題をする生き物であるのに自分達が狩られる立場になると、さも被害者のように振る舞う。

 共存などと言う綺麗な言葉を盾にして自分達だけは強者の立場で居続けたいと願う愚かで醜い生き物には世界を支配すべき者が誰なのかを分からせ、従順な犬となるよう躾をせねばなるまい」



「!!」



 ゆっくりと差し向けられた掌に魔力が集まると十本もの細い針が高速で撃ち出された。集中せざるを得ない攻撃に風壁を展開すると、それに合わせて左方向からミレイユの放った火球と共に本人までもが襲いかかって来る。



──ミレイユを解放する為には奴が魔法の行使を止めるか、奴を倒すしかない



 半分人質を取られているような状態では部が悪いとは思いつつもやるしかない。

 奴の正論には今は目を瞑り、目の前の知人を救うのに全力を尽くそうと決心したとき、外套に埋もれていた奴の左手から仄かな光りを帯びた赤い石が投げ捨てられた。



 ミレイユの火球が起こす爆炎をシミターが切り裂くが、それも一緒に風壁で防ぐと、ダメージをなるべく与えないように気を遣いつつもミレイユの腹に足を当てて再び遠避ける。

 魔族の放った魔石が大きな光に変わって行くのを目にしたが、それより先に視線を奪ったのはミレイユとは逆の方向から感じる気配だ。


「ミツ爺!?」


「レイ……様、くっ!申し訳……不覚、に、もっ、体が言うことを……」


 魔族からの攻撃、ミレイユ、魔石、見事に気を逸らされた俺にはミツ爺に向けられた闇の魔力に気付く事が出来なかった。

 無念そうに顔を歪ませながらも必死に耐えていたが、ミレイユと同じように目から光りが奪われると感情の無い無機質な顔となってしまう。


 ミレイユもそうだがミツ爺も日頃から鍛錬を重ねているのだろうから多少手荒でも問題はないだろう。しかし、朔羅と交差したままのククリナイフを振り払うと、入れ違いにもっと厄介な奴が飛び掛かって来る。


「まじか……」


 武器を持たない金髪の彼女は、か細い腕を突き出し殴りかかってきた。身体を支配されたとて動きは明らかに素人で、ミレイユのように蹴り飛ばせばそれだけで怪我をさせてしまいそうな上に、どうしてもノアとそっくりな容姿のこの子には手を上げ難い。


 仕方無しに柔らか目に調整した風壁で受け止め、それごと背後に移動させると、舞い戻ったミレイユと同時に出番を待ってましたとばかりに頭までが三メートルはある立派なたてがみのライオンが地を蹴り飛び掛かって来ている。


 流石にそんな巨体を受け止める気にはなれず、シミターを白結氣で防ぎつつミレイユへと飛び込んで躱すのと同時、朔羅で太い前足を斬りつけたのだが、逃げ際に放った斬撃は浅く黄色い体毛を斬り裂き薄っすら血が出た程度。



「ギャゥワッ!!」



 それでも思わぬ反撃に驚いたのか巨体に見合わぬ可愛らしい声と共に後退ってくれる。入れ違いに別の個体が飛び掛かってくるのでミレイユを突き飛ばして逆方向へと飛んで躱すと、一体目が小さな瞳に怒りを燃やしてギザギザとした無数の白い歯を見せて威嚇しているのが見えると同時に、飛び掛かって来るミツ爺のククリナイフに朔羅で応戦する羽目になる。



「ニャーーッ!!」



 ミツ爺を受け流して躱すと今度はキツネ娘が突撃してくる。戦闘の最中癒される思いだが、ここで油断してはテツの二の舞になってしまうだろうと自分を戒め『猫と違うだろ!』と突っ込みつつも一応身体強化で防御しつつ抱き留めるとノアと姿が重なり心が揺れる。

 魔物の大きな口から解き放たれた巨大な火球が迫り白結氣で打ち上げると、今度は魔族から放たれた針が魔物の足の隙間から飛んでくるのでヒヤリとさせられる。後方に飛びつつ躱すと、怪我をしないように風の魔力に包んだキツネ娘を再び放り投げた。



 少し離れてみれば、大きなライオンかと思ったら背中には一メートルはある一対の蝙蝠の羽が生えており、その背中へと反り返った尻尾の先には人の指程もある太い針のような物が生えているのが見える。

《マンティコア》と呼ばれる上級モンスターの中でも中位に位置するなかなかお目にかかれない魔物は、あろうことか今は仲間であるはずのミレイユに向けて飛び掛かって行くではないか。


『これが奴の狙いか!』と気付いたところでどうにもならず、風魔力を纏い全力でミレイユへと飛ぶものの大きく開いた口が彼女を襲う寸前での到着となった。

 俺に向けてふり上げられるシミター、それを握る手を腕で押さえつつ右腕を背中に回してミレイユを抱え込むと自分の背中に風壁を張ってマンティコアの牙を辛うじて防ぐ。


 勢い余って瓦礫に突っ込みそうになるところを反転して着地するが、僅かでも隙を見せれば魔族の放つ針が飛んでくる。

 ダメ元で光の魔力をもう一度叩き込みながらミレイユの頭突きを水の身体強化で緩和させて受け止めた。飛んでくる魔力の針を風壁で防いだのだが、間髪開けずにミレイユを喰らい損ねたマンティコアが飛び掛かってきている。

 失礼ながらミレイユの胸部を押して瓦礫の向こうに飛ばしつつ、反転しながらも大きく開いたマンティコアの口に白結氣を向けると光弾を放った。


「おっと、危ないではないか」


 マンティコアを突き抜けた超高速で飛ぶ光弾は狙い通りその向こうに居た魔族へと一直線に突き進む。しかしニヤニヤとした口元は変えることなく人一人分横に転移すると余裕で躱して見せるものだから苛々が増すというもの。


「まだ儂には届かんよ、先に片付けるべき問題を解決したらどうかね?ククッ」


 これ見よがしに顎で指した先には向かって来るミツ爺に遅れて走り寄るキツネ娘を狙うマンティコアの姿がある。逃げる素振りも無く簡単に狩れそうな獲物を前に意気揚々とキツネ娘の横でジャンプして回る様子はまるで子猫のようだ。


 あれは本当にモンスターなのかと疑問に感じる所もあるが、奴がその気になればキツネ娘などただの一撃で死んでしまうだろう。

 そうなる前にと土魔法で奴の着地の瞬間を狙い真下の地面から土の杭を立ち上げるが、隙だらけに見えていたマンティコアは人間にはほぼ感じ取れないような魔力の気配でも敏感に感じ取ったのか、俊敏な動きで飛び退くと大きく開いた口から鈍く光る白い球をいくつも吐き出した。


 キツネ娘を風壁で包んで投げ捨てると、もういっそのこと閉じ込めておくことにした。それと同時に到着したミツ爺のククリナイフごと力任せに弾き返すと、マンティコアの放った魔法は受けてはいけない気がして飛び退く。

 しかし着地地点には別方向から同じものが飛んで来るのを認識し、再び飛び退いて距離を取ると俺の居た地面が爆発によって抉れいくつものクレーターが出来上がった。


「魔力弾、か?」


「ほぅ、そこそこ腕も立つようだがそんな言葉まで知っているとはなかなかに優秀だな、褒めてやろう。貴様の知るように上位モンスターともなると魔法と成っていない魔力そのものを放つような個体も出てくる。

 魔法では無い分汎用性は低いが、何物にも染まっていない魔力は魔法を吸収する性質がある。貴様の得意な防御魔法も例外ではなく喰われるだけだからな、防ぐのはやめておいた方がよいのではないかね?」


 頼んでもいない解説を聞きながらミレイユのシミターを叩き落として肩を腹へと押し込んで担ぎ上げると、口に光弾を叩き込んで倒したと思っていたマンティコアから魔力弾が放たれる。

 それを避けつつ白結氣を向けて三発の光弾を叩き込むと、一発は外れて彼方へ、もう一発は魔力弾にぶつかりあっさり飲み込まれて消えて無くなる。超高速、高威力を誇る光弾だったのだが、いとも簡単に喰われた事に驚くと、最後の一発はマンティコアの前足の付け根を撃ち抜いた。



「ギャウギャワワワッ!!」



 『よし!』と思ったのも束の間、指を組みハンマーのように振り下ろされたミレイユの手が無防備な背中に叩き込まれて肺の空気が抜ける。

 そこを狙い済ましたかのように魔族から飛んでくる魔力の針。防ぎきれるほどの魔力が咄嗟に練られず、薄い風壁で誰も居ない方へ受け流した。






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