25.黒い趣味

 風の魔力を纏い、眼下の惨状を目に焼き付けながらミレイユを探して町の中心地へ向かう途中、リリィの結界に乗り空を行く三人の姿が見えた。

 俺に気が付き元気よく手を振るティナに手を挙げ返すと、暴れる魔物の頭上へと降下する。


 土竜であるミカエラの弟子だと言うシャロの創り上げた朔羅、その切れ味は俺の手元に来た時から凄まじく硬い魔物でも難なく斬れた。

 あの頃と比べたら俺の剣の腕も上がっているのだろうが、それを差し引いても更に斬れ味が良くなっているとしか思えない。


「ブモォォォォッ!」


 三メートルの身長を誇る全てが筋肉で出来たかのような大きな男は体に見合うだけの柄の長い大斧を両手で振り回し、人気の無くなった建物を破壊して回っている。

 全身タイツを着たような体表を覆う毛の無い茶色の皮と、こめかみ付近から横に向かって生えた角が特徴的な二足歩行で人間の様に立ち振る舞う牛 《ミノタウロス》と呼ばれる魔物は真上から飛来する俺に気付いて大斧の柄で受け止めようと両足を踏ん張り構えものの、ソイツの意に反して朔羅は音も無くすり抜けると、見上げる牛顔の眉間から入り込み股下までを一気に駆け抜け一刀の元に両断した。


「グモモッ!?」

「グルッ、ブルルッ!」

「ブモォッブモォッ!ブモォ!」


 意思の疎通が出来るのか、何かを言葉を話すように声を上げる三体のミノタウロス。突然現れた俺に敵意を露わにすぐさま大斧を振りかざすので、そのうちの一体の懐へ飛び込みざまに朔羅を横薙ぎにするとそのまま固まり動きを止めた。


 その場を離れつつ、俺を追って軌道を変えた大斧を白結氣で弾くと、バランスを崩して先程動きを止めた個体にぶち当たり、右半身と左半身が独立して吹き飛んで行く。

 斜めに迫るもう一本の大斧をしゃがんで躱すと、振り抜いて隙だらけの巨体へ向けて飛び込みつつ朔羅を突き入れた。


 今日の朔羅は絶好調のようで、筋肉しかない腹に刺さったままに力任せに振り上げるが、予備動作のない斬り上げにも関わらず肉を斬る微かな感触と骨に当たる極々小さな抵抗だけを伝えながら弧を描いてミノタウロスの身体を通り抜ける。


 魔石に変わった一体目に白結氣を振り下ろし、怒りに燃える三体目の大斧を見据えたとき、横から魔力を感じた。

 飛び退いて大斧の攻撃範囲から離れると、それを狙い一メートルを超える火球が飛んで来るので、白結氣で弾き、ミノタウロスへと飛ばしてやる。


「ブモォォオォォオオッ!!」


 火達磨になったミノタウロスは大斧を手放し顔を押さえて苦しそうにしている。隙だらけの腹を両断すると二体目の魔石を破壊しつつ、上空に浮かぶ火球を放った小ドラゴンへと飛び掛った。


 今度は拳大の火球を六つ浮かべると、迫る俺へと放ってくる。


 同じように六つの火球を作りそれぞれ撃ち落とすと、驚いたようにして俺の向かうの軌道から離れ逃げ出そうとする。

 空への攻撃手段が無ければ脅威だったのかもしれないが、残念ながら空も飛べるし、空中で軌道を変えられる俺とは相性が悪かったようだ。



コォォォォォオォォッ!



 空を飛べると言っても残念ながら飛行速度は遅いようだが、そこは小さくてもドラゴン、時間稼ぎの為に炎のブレスを吐いて牽制してきたのでちょっとだけ見直した。


 風壁を何枚か作り、それを足場に空中を飛び回る。追いかけてくる炎のブレスを避け続けていると、ブレスは所詮ブレス、吸い込んだ息を吐き出し切ってしまえばそれ以上は吐けないのだ。


 炎が止まったタイミングで頭上へと回り込むと、頭から真っ二つにされた小ドラゴンはすぐに光に包まれ魔石に変わり地上へと落ちていく。着地と共に白結氣を叩き込むと三体目のミノタウロスの魔石も破壊した。




 それから魔物の気配を辿り二人の魔族と何グループかの魔物を葬った後、ようやく町の中心部に居座り動かずにいたリーダーらしき魔族へと近付けば鉄と鉄の打つかる剣撃の音が響いて来る。


「ミツ爺!?」


 魔族の襲来でほぼ瓦礫と化した町の中、戦っていたのは赤髪の女と白髪混じりの初老の男。


「やめてくれ!ミレイユはもう海賊ではないんだっ!」


 一度俺に視線を移したミツ爺だったが、それでも手にしたククリナイフと呼ばれるくの字型に曲げられた短刀を両手に、シミターを構えるミレイユへと飛び掛かって行く。


 二人の無意味な戦いを止めるべく俺も飛び出すと、ククリナイフとシミターとが交差し金属音が響いた後、ミレイユの腹へと肩を埋めたミツ爺。

 瓦礫の山へ吹っ飛ばすと、その反動で俺へと向かってくるが小さく首を横に振っているので『なんだ?』と思い立ち止まった。


「レイシュア様、ご無事で。あの者が敵ではないのは分かっておりますが、残念ながら操られております」


 ミツ爺の視線に促され目を向けた瓦礫の影には、薔薇の交響曲の外で案内役をしていた男女が白い制服の半分以上を赤く染めて倒れており、その側には震えながらも必死に二人の傷の手当てをするキツネ獣人の姿がある。


「このままでは魔物ではなく人間の手によって殺られるのも時間の問題、早く手当てしなければあの二人も危ないのです」


「分かった、ミレイユは俺が押さえる。ミツ爺は彼等の応急処置が終わり次第、三人を連れて町の外へと避難……」


 連続して放たれた火球を風壁で防ぎ、操られていると言うミレイユに向けて走り出すと、標的を自分に向かって来る俺へと変えてくれた事には助かったのだが、尚も放たれる火球を横移動して避けつつ距離を詰めて行く。


「ミレイユ!テツがやられた!」


 ピクッと反応はしたものの追撃の手は緩まず『そんなんじゃすぐに魔力が尽きるぞ』と思いながらも一足飛びに肉薄するとシミターを持つ右手を掴み上げた。


「テツが死んでもいいのかっ!?ミレイユ!!」


 大声で呼びかけても反応は無い。


 だがそれもそのはず、切れ長の目の奥にある黒い瞳には光が灯っておらずミツ爺の言うように操られているというのが一目瞭然。

 “闇魔法” という単語が思い浮かぶと闇竜であるヴィクララの言った言葉が思い出される。



“闇魔法の解除には術者の精神を己の精神が上回るか、術者の魔力を絶つしか道はない”



 ミレイユ自身が自力で魔法の支配から逃れる事が出来ないから今の状況がある、とすれば残りの道は一つしかない。


 この場にいるはずなのに何故か魔法探知ですら居場所を特定出来ない闇魔法をかけた術者を探しつつ、表情を変えなければモノも言わないミレイユの拳を風壁を張り既の所で防げば、今度は膝が腹部を狙ってくる。

 水の身体強化で衝撃を吸収すると捕まえたままの右手から光の魔力を流し込んでみるが、一瞬反応があったのみでやはり効果がない。


「ミレイユ!!」


 再び引かれた左拳に魔力が集まり始めると、それとは違うねっとりとしたどこか気持ちの悪い魔力を彼女の背後から感じた。


 ミレイユごと攻撃を加える気だと悟り、左手に集まりつつある魔力を無視してミツ爺達がいるのとは反対側に放り投げると、視認が難しいほどに細い魔力で出来た針が何本も飛んで来ていた。


「くっ」


 風壁で全て防ぎ切るが凝縮された魔力が見た目以上に濃く、咄嗟に張った程度の風壁では危うく貫通されるところだった。

 ホッとしたのも束の間、宙を舞いながら放たれたミレイユからの火球も風壁で防ぎつつ、ようやく姿を現したカナリッジを強襲してきた魔族達のリーダー格の男を睨みつける。


「その魔法、なかなかに厄介だな」


 長年使い込まれた黒い外套に繋がるフードを深く被り口元しか顔は見えないが、声からしてもレクシャサより更に年老いているように感じる。

 地に足を付けてはいるが何処かザラームハロスのように死神を連想させるような雰囲気を醸し出しているのは、奴が闇魔法を扱うのが感じ取れたからだろうか。


「お前達は何の為にこの町を襲う!?」


 ミレイユは着地しながらも次の一手を打ってこず、その場に立ったままでいる。

 その間、ゆっくりとした足取りで俺に近付いてくる魔族からはニヤニヤしているような、この場を楽しむような気配を醸し出しているが返事は無いままに立ち止まると、顎に手を当ててわざわざ考えるような素振りをする。


「何故?……フム、深い質問だな。強いて答えるのであれば一番大きな理由は “趣味だから” だな、クククッ。貴様にも趣味の一つくらいあろう?それを邪魔するのは無粋なことだと思わぬのか?」


「趣味、だと?自分は手を下さず魔物を解き放って町を破壊するのが趣味なのか?悪趣味にも程があるぜ、反吐がでるっ!」


「クックックッ、人はそれぞれ感じるモノが違うというのが理解出来ぬか?小僧。

 貴様がくだらないと言った儂の趣味も、儂からしたら崇高なるもの。人の感性にケチを付けられるほど貴様は出来た人間なのか?レイシュア・ハーキース」



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