24.蠢き始めた黒い感情
奴の狙いが俺なのだろうとは分かっていた。だがそれでもテツを見捨てる事など出来る筈も無く、弱った獲物を狙いここぞとばかりに空から急降下して来た怪鳥に土で出来た四本の長い杭を撃ち込みつつ風の魔力を纏い、空へと飛び立つ。
翼を広げて土杭の間をいとも簡単にすり抜けてくる巨大な鳥。だがそれが俺の狙いだとも知らずに自ら杭の間に飛び込み、今更避けることも翼を畳むことも出来なくなった。
固定された的に向けて両刀から放った風の刃が奴が生きるための生命線である翼の付け根を通過する。
「ピーーーッ!」
胴体だけになった鳥などもはや何も出来はしないだろう。
そんな物は後回しにし空中に作った風壁を足場に急反転すると、俺と魔物との交差点を狙って放たれた五本の風槍を、奥の手の一つに取っておいた “魔法の乗っ取り” で自分のモノとした。
軌道を逸らし上空へと向かう風槍、その後ろからは余裕のある表情で魔族が飛び込んで来ていたのだが、予想外の俺の動きに表情は一転、しかしそんなことは知ったことかと黒い感情のまに魔族へと斬りかかる。
「何ぃっ!?くぅっ!」
手にする剣で辛うじて朔羅を防ぐは良いが、勢いは殺され逆に地上へと押し返される。
少し距離が開くとこれ見よがしに白結氣を握る左手を突き出し十個ほどの火球を浮かべる。
それに対処しようと慌てて魔力を集め始める魔族。
──こんなヤツにテツは……
魔族に対するモノもさる事ながら、上級モンスターを楽に狩れることに奢り、戦闘中に少しでも油断した自分の甘さ加減に憤りを感じる。しかし今はコイツを倒す事に全力を尽くそうと決め、ヤツの両脇にヤツがしたのと同じ風の槍を五本づつ作り出すと、落下して行く先にも氷の槍を作り出した。
「!!!」
丸い目を裂けんばかりに見開くと、目の前に迫る火球のために練った魔力をすぐさま全身のレジストに移したのは流石は魔族だと言える。
しかし風槍は逸らせても火球の爆発までは押さえ込むことが出来なかったようだ。気付いていなかっただろう地面から突き出した氷槍に背中から串刺しになった事でレジストしていた魔力が途切れればなおも続く爆炎に晒されることになる。
「グフッ……く、そがっ!」
それと同時に翼を失った怪鳥が地面へと落下し、轟音を立てて建物二軒をなぎ倒してようやく止まると、更地と化した建物跡に赤い魔石が転がった。
さっさと破壊しないと復活するからと駆け寄り朔羅を叩き込むと、地面に倒れ伏した魔族が恨めしそうに俺を見ている。
「さよなら、下衆野郎」
俺の視線に誘われて見上げることになった魔族の上空にはヤツ自身の放った風槍が五本、回転を加えられ視認できるほどの空気の尾を引きながら真っ直ぐに落ちてくる光景が目に映った事だろう。
「ゎあああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
空中で大きく弧を描き、創り出した主の元へ返ってくると顔、首、胸に一本ずつ、そしてテツと同じように腹には二本、魔族などそこには居ないかのように抵抗無く貫通し、地面を抉って立ち並ぶと、役目を終えた風槍は緑の粒子となって風に流され消えて行った。
「リリィ、緊急事態だ。テツがやられた。上空に合図するからすぐにサラとティナを連れてこっちに来てくれ。かなり重症だから急いでくれよ。
俺はここを離れるが、リリィ達が着くまで結界を張っておくから着いたら通信具で合図してくれ。頼んだぞ」
通信を切ると白結氣を天へと掲げて光弾を打ち上げる。光の尾を引いて空へと真っ直ぐ登って行く途中、適当な間隔を空けて何度も大きく光り輝けば昼間の空でもこの場所がよく分かるはずだ。
四人が取り囲む中、一人の隊員が風槍が刺さったままのテツを抱き起こし、むさ苦しいオッサンの癖に泣きそうな顔でテツの名前を呼んでいる。
腹へと刺さった瞬間に魔法を奪っておいて正解だった。大きな風穴の空いた状態で魔法で出来た槍が消えてなくなれば腹から血が溢れ出し、もう息をしていなかっただろう。
腹と背中に突き出す邪魔な部分だけを魔力に返すと、風槍から染み出す血を凍らせて応急的に止血し『こんなことが出来ればユリアーネも死なずに済んだのに』と胸を刺す痛みを感じながらも、しゃがみ込んでテツの顔色を伺った。
「ケフッ……くろ、かみの、旦那」
「喋るな、余計な体力を使う。ミレイユを残して死にたくなかったら大人しくしてろ。
サラを呼んである、じきにここに来てその傷を癒してくれるだろう。それまで気合いで生きろ、いいな?
お前達二人はテツと残れ、あとの三人は討伐隊のメンバーに戦わず、町の人を非難させるのを手伝えと伝えながらお前達も町から逃げろ。決して死ぬなとも伝えるんだぞ。分かったら急げ!」
頷いた三人の隊員が走り出したのを見届けると、残る二人とテツとを風の結界に閉じ込める。
これでサラが到着するまで安全だろう。
「旦那、姉御が先走って一人で奥まで行っちまってます。何人かは付いて行きましたが、たぶん振り切られていると思います」
「分かった、ミレイユの事は任せておけ。その代わり、テツを頼むぞ。意識を失わせないように声をかけ続けてやれ。ただし喋らせると体力を使うから、それは避けろよ」
肩に手を置き「頑張れよ」と言い残すと、テツの強い眼差しからは「勿論ですよ」と返事が返って来たように思えた。
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