5.冒険をする上での下準備

 ギルドを出ると、冒険者にとっては必須アイテム、武器を買うため町を歩く。連れて来られたのは裏路地と言っていいほど奥の方にある小さくてボロい店だった。


「見た目はアレだが馴染みの奴がやってる店で信用出来る」

 ……らしい。何もわからない俺達はミカ兄に着いて行くだけなので当然文句はない。


 店先から見える薄暗い店内、剣はもちろん槍や斧、弓に鎚に鎌、大小の盾や身体を護る鎧等が所狭しと並んでいる。

 ミカ兄が声を張ると唸り声のような腹に響く低い声の返事。奥から現れたのは二メートルはあるのではないかと言う程の厳ついおっちゃんだった。あまりの迫力に生唾を飲み込んでビビりまくる俺達を目にすると、傷のある強面の顔に笑顔の仮面を貼り付け ニカッ と笑う。


「よぉっ!オスヴィン、コイツらがこないだ話したチビ共だ、見繕ってやってくれ。レイのは少し短めのロングソード、アルはソレのちょっと重めのヤツ、リリィはそうだな……取り敢えずナイフ二本でいいや。

 あーあと、コイツ等用のマントと、採取用のスコップと籠だな」


 オスヴィンさんはでっかい体で狭い店内を軽快に行き来すると、ミカ兄の指定したものを探し出して俺達に渡してくれた。


 初めて手にする本物の剣、恐る恐る抜いてみると シャーーッ という鞘を引きずる音がして鏡のようにピカピカの刀身が露わになる。『おぉ!本物だ』って感動してると、ミカ兄が微笑ましげに見てるのに気が付いた。


「重いだろぅ?それが命を刈り取る武器の重さだ、よく覚えとけ。お前等はこれからその武器で様々な命を刈り取って行くだろう。いいか、必要以上に殺すなよ?お前等は、お前等の殺したヤツの上に生きていることを肝に命じろ。獣でもモンスターでも、そしてたとえ悪党でも、殺した奴の分まで生きる義務がお前等にはある事を覚えておけ」


 真剣な眼差しで俺達を諭すように優しく語りかける。視線を落とせば剣に写る自分の顔、ミカ兄の言った言葉を噛み締めながら自分自身に言い聞かせるようもう一人の自分と頷き合うと、目を閉じ、ゆっくりと鞘に戻した。


「一つだけ約束しろ。喧嘩を売られても町中ではこっちからは絶対に武器を抜くな。いいか?絶対にだ。相手が抜いて来て、戦闘の意思がある時のみ抜け。それ以外は駄目だ。これだけは守れよ」


 そういうとマントを俺達に渡してくれた。


「武器の金は建て替えてやる。少しづつ返せ。マントは俺からの餞別だ、有難く使えよ?」


「坊主共、なるべく長く使える物を用意した。それが駄目になったらまたここに来い。もっといいのを用意してやるよ。まぁ、それなりに金はもらうがな」


 得意ではないだろう笑顔で ニヤリ と笑いかけてくれるオスヴィンさんは、見た目は怖いけどなんだか良い人っぽいぞ。お礼を言い店を後にする俺達、場所が奥まり過ぎてて覚えていられるかが心配だった。



 その後は街中を少し案内してもらった。

大通りだけでなく、奥の方までひしめくように立ち並ぶ建物。フォルテア村とはまるで違う世界に驚きの連続だ。

 もちろん店も沢山ある。果物屋、雑貨屋、服屋、武器屋、宿屋に、宝石屋、食べ物屋と、よくわからない店なんかもあった。追々覗いて行くとしよう。


 ミカ兄がふと、服屋の前で立ち止まる。


「お前等、田舎臭い格好だからな。買ってやるから選んでこい。ただし、俺が認めないとやり直しだ、ちゃんと選べよ?分からんことは店の人に聞けば教えてくれる。

 さぁ行けっ、あんまり待たせるな?」


 広い店内は服の倉庫のようだった。ハンガーに掛けられた服がずらりと並べられ、どこから見ていいのかすら分からない。こんなに服があるのか!ってくらいあって選びきれない……ので、とりあえず気の向くままに一周してみる。

 すると、服を着せられた人形がこれ見よがしに立っていた。吸い寄せられるように前まで行けば、なかなかにカッコいい。それが気に入り定員さんに取ってもらうと、案内された試着室で着替えてミカ兄の所に行く。


 黒い長袖シャツに丈が短めの黒いジャケット、ズボンも黒い皮のパンツな上に髪も黒なので全身真っ黒だな。

「お前にゃセンスを求めたらダメな気がしたわ」って言うけどひどくない!?否定はしませんけどねー。


 アルもすぐに出て来た。俺と似たような装いだが、奴は対象的に全身真っ白だ。ただ所々に緑や金の刺繍が入っており、なんだか金持ち感が出ている。同じ一色コーデなのにたったそれだけの違いで印象がガラリと変わるとは……やはり俺にはセンスというものがないらしい。


 無難に合格をもらい残るはリリィなのだが……なかなか出てこない。探しに行こうかと思っているとようやく姿を見せた。


 薄茶色のホルターネックのシャツは大きくなり始めたばかりの胸を目立たせていた。肩出し、ヘソ出し、ついでに背中も少し出てる。

 おまけにパンツ見えない?ってくらい短いプリーツスカートを ヒラヒラ させており、それで本当に冒険者なの?って感じだ。服の細部に緩く金色の縁取りがされており、ギャルチックな衣装なのに少しだけ上品さが感じられる。


「お、おいリリィ……お前、本気でそれを着るのか?……お前が良いならいいが。まぁいいか」


 呆れるミカ兄をよそに『何か変かな?』って顔して自分の服を見下ろしているが、本人がそれが良いのなら何も言うことはない。格好は可愛いんだけどね、格好は……でも、俺達冒険者なんだけど?




 街探検をしていたら良い時間になって来たので晩飯を食べることにした。


 ベルカイムは商人が多く、それに伴い人の流通も多い。つまり商売が盛んってことで屋台も数が多いらしい。

 それならばと今夜は屋台で買い食いに決まり屋台漁りを始める……と、思いきや、屋台街の入り口ですでに立ち止まっていた。


 めちゃめちゃ良い匂いを漂わせる肉を串に刺したモノに三人して釘付け。苦笑いするミカ兄に買ってもらい一口かじった途端、口いっぱいにタレの香りが広がり、肉の旨味とのパレードが始まる。


「わぉっ!なにこれ!激ウマ!!」

「あぁ!これは美味いなっ」

「んんっ!!おいひぃ〜っ」


 俺達の心を鷲掴み!ちょっと甘いタレがかかっていて、でも肉に辛めの味付けがしっかりされている。その相性は抜群!癖になるっ!こんなの食べた事無いぞ〜っ!!

 屋台が多いためなのか、親切にもベンチがそこら中に並べられている。他の人達もそこに座って屋台のご飯を食べているので、それに倣ってベンチに座った。


 夢中で食べてるリリィのほっぺにタレが付いてしまっている、おいおい女の子……

「付いてるぞ」とハンカチで拭いてやると、ほっぺがプニプニで気持ちいい。「あんがと」と言うリリィだが、口に物が入ってる時に喋るのはお行儀が良くない。


 肉厚で結構食べ応えのある物だったけど、みんな三本づつ食べたのでかなりお腹いっぱいだ。屋台のおっちゃんも満足そうに微笑んでいる。


「そんなに気に入ってくれるとは嬉しいね〜。大体ここらに居るから、また来てくれよっ」


 手を振って別れを告げると今度こそ屋台を見て歩く。肉料理が圧倒的に多いみたいで、其処彼処から美味しい匂いが漂ってくる。匂いだけでも満足出来そうな感じさえしてくるが、満腹に近い俺達は別の物に興味を惹かれた。


 デザート屋さんなのか、何やらガラスで出来た透明なケースのある屋台。ガラスとはそこそこ高価な物なので、普通の屋台には使われたりはしない。

 何これ?と、近付き触ってビックリ。ガラスが冷たい!


「お兄さん、これ見るの初めて?食べたらもっと驚くから味見してみなさいよ」


 屋台のお姉さんがガラスケースの中の物を親指くらいの小さな木のヘラで少し掬ってくれた。眺めて見ても何だかよく分からず、あまり美味しそうには見えない。だがせっかく貰った物だ、物は試しで取り敢えず三人して口に放り込んでみる。


「冷たっ!何これ!?冷たくて甘くて美味しい!!ミカ兄っ、私もっと食べたい!」

「おお!なんじゃこれ!」

「うん、美味い」


「これはアイスクリームって言う氷菓子だよ。お嬢ちゃんが食べたのはチョコレート味、黒髪君がりんご味で金髪君がイチゴ味だよ。気に入ってもらえたかな?」


 三人で物欲しそうなおねだりの視線を送ると、ミカ兄がゲラゲラ笑いながら注文してくれた。


「田舎者丸出しだなっ!まぁいいけどよ。今度から自分の金で食えよ?あ、姉ちゃん俺にもミカン味くれ」


「まいどありぃ〜。魔導具で冷やしてるからちょっと高いけどね、美味しいだろ?ちょいちょい店出してるから気に入ったのならまた食べに来てくれると嬉しいね」


 お姉さんにお礼を言い、近くのベンチに座ってアイスクリームを食べさせ合いっこした。どの味も美味しく癖になりそうだ。幸せとはこういう事なのかもしれないと人生十年目にして初めて思った。




 満足した俺達はミカ兄の泊まる宿屋の部屋に向かい、明日に備えることにした。


「俺はベットで寝るがお前等は床な。稼げるようになったら自分の金でベットで寝ろ、それまでは床だ。冒険者は何処でも寝れないとやってられないからな、これも経験だ。雨風凌げるだけでも有難いと思えよ?マントは買ってやっただろ。それ着てれば寝れる」


 床で寝るにしても追加料金がかかり、それはミカ兄が払っている。不満はありありだが、ミカ兄の言う正論に反撃の言葉は出てこない。せめてもとジト目で見てやったが何食わぬ涼しい顔をしていらっしゃる。


「わかったよ!」

 マントを被り床に転がる。


「リリィは俺の腕の中で寝るって選択肢もあるが……どうする?」


 いらやしい顔でニヤついて言うが、当のリリィは無言で俺の隣に来るとマントに包まり ゴロン と横になる。アルもその隣で横になったところでミカ兄は満足そうに ニコリ と微笑んだ。


「明日から仕事だぞ、がんばれよ。おやすみ」


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