6.いっぺんには覚えられない!

 翌朝、ギルドはすでに結構な数の冒険者でごった返していた。早起きをしたつもりだったが、それ以上に早い人など沢山いたのだ。

 仕事を選ぶため入り口の真正面にある依頼の紙が貼り付けてある掲示板の前に立って眺めてみる。荷物の配達、野草の採取、害獣の駆除、獣の討伐、大きく分けるとこんなとこだけど、町や建物の清掃や建築現場の土砂運び、はたまた店先での客の呼び込みやイベントのスタッフなど、説明された通りめちゃくちゃ色々ある。


 駆け出しの冒険者が受けられるのは配達と採取あたりだけど、配達は土地勘が全くないので大変だろう。永遠に居座るわけではないので今後も役に立つと考えれば、採取一択になる。採取と言っても素人にはなかなかに難しく、まずは目標とする物を正確に覚えなくてはならない。


 掲示板に近寄り無造作に依頼書を取りまくるミカ兄。黙って見ていると、あっという間に九枚も取ったけど……大丈夫なの?


「ミカ兄、そんなに沢山やるの?」

「一つずつチマチマチマチマと行ったり来たりするつもりか?それじゃぁ、いつまで経っても金は稼げねぇぞ?

 いいか?一度に受けられるクエストは三件までだ。三人居るんだから九件だよな、分かったか?」


「え、でも……大丈夫なのか?時間制限もあるんだろ?」

「ああ、全て期限が今日中のやつを選んだぜ?こういうのも消化してやらないとギルドも困るんでな、やれる奴がやるんだよ。この四つは殆ど同じ場所で採れる。こっちの四つもそうだ。後の一つは運だから俺も手伝ってやるよ、ほら行くぞ」


 テキパキ説明してスタスタ一人で受付に向かうので三人で顔を見合わせたが慌てて付いて行く。受付カウンターの列にならび順番待ちをしているとまたしてもミカ兄に話しかけてくる人がいる。


「ミカル、なんだよそのガキ共は。冒険者辞めて孤児院でも開いたのか?」


「馬鹿言えゃ、俺の弟だよっ。これからブイブイ言わせるから可愛がってやってくれよ。あぁ、コイツらに手ぇ出したら……覚悟しとけよ?」


 でっかい禿げ面のおっさんが厳つい強面を壊し、怯えて震えあがるフリをするお茶目な姿には驚いてしまった。見るからに極悪人、知らなければ目を合わせてはいけないような雰囲気だけど……どうやら良い人っぽい。


「うっひ!ミカルの身内に手出す阿保はいねぇだろ、がっはっはっはっ。途中で放棄するんじゃねぇぞ?」

「馬鹿野郎!誰に言ってやがる!しばくぞこらぁっ!」

「おお怖い怖いっ。チビ共、せいぜい頑張れよ!」


 豪快に笑いながら去っていく強面さん。冒険者ってこんなものなのかもしれないけど、ミカ兄の知り合いは見た目が怖い人が多い気がする。どんな人間関係してるんだ?



 順番が回って来てカウンターを覗く。すると、まだ俺達と同じ十歳くらいの可愛らしい女の子がちょこんと座っていた。何にも増して驚いたのは、頭の上で ピコピコ と愛らしく動いている二つの猫の耳!

 三人揃って目を見開き、これでもか!とガン見する。


「ミカちゃん、おはようニャ。今日は珍しく早いのね」

「あぁ、コイツらのお守りでな。今日初陣なんだわ、これからよろしくしてやってくれ」


 依頼の紙を出しながら挨拶を交わすミカ兄。俺達の方を向いて手を出すが……何だ?


「ギルドカードを出せ、昨日説明されたろ?もう忘れたのかよ」


 忘れてた! あたふたとカードを取り出し猫耳ちゃんに渡すと、ふふふって微笑まれた。

 か、かわいい……


「コイツはミーナだ。見ての通り猫の獣人だぞ。手を出すと飼い主が怒って出てくるからな、見るだけにしとけよ」


「誰がこわーい飼い主だって?だれがっ!?」


 いつのまにかミーナの後ろに男の人が立ってた。

 線の細さを感じさせるシュッとした顔付きは、女性の好みそうな王子様風イケメン。肩で切りそろえられた綺麗な金髪がよく似合い、ほっそりとした身体付きはどうみても強そうには見えない。その代わり、高い鼻に引っ掛かり落ちそうになっている小さめの眼鏡が、事務仕事の出来そうな雰囲気を醸し出している。


「怖いなんて言ってねーけどな、最近ギルマスになったウィリックって奴がよ、俺のミーナに首輪付けやがったんだよなぁ」


「ミーナはミカちゃんのものではないですニャ」


 ぷくっと膨れるミーナも可愛い。ギュッて抱きしめたくなるのは多分皆一緒のはず。それよりこの人がギルドマスターだって?そんなに凄そうには見えないんだけどなぁ。


「あはははははっ、噂の少年達だね。じゃあ空いてる向こうで僕から説明しよう。ペレット、本を頼むよ」


 ウィリックさんと俺達は昨日ギルド登録の時に使ったカウンターの端に移動したところで、昨日の受付の綺麗なお姉さん──ペレットさんが、分厚くてでっかい本を持って来て豪快に ドンッ と置いた。


「ほいっ、おまちどーさま」

「ああ、ありがとう。あとは僕がやるよ」


 ペレットさんは俺達にニッコリ微笑むと軽く手を振り、また奥の机へと戻って行く。

 ウィリックさんは俺達の受ける依頼を軽く確認すると慣れた手付きで本をめくる。そこには本物そっくりに書かれた草花の絵と、細かな字で書き記された説明書きがあった。


「君達が探す薬草がコレ、ペペローズ。これは葉っぱの先っぽの方の柔らかい部分だけを採るんだ。下の方のは硬くて使いにくいし、取ってしまうと次が生えてこないからね。で、こっちのペネローズはペペローズと名前も見た目も似てるだろ?でもこれは毒草だから間違えないでね。ほら葉っぱの縁の色が少し違うだろ?ちゃんと見分けて採って来てね。こっちのは葉っぱじゃなくてね、根っこから必要だから掘り返して……」


 ウィリックさんの講義は親切丁寧だが、そんなにいっぺんに覚えれないよ!まぁ、後でリリィに聞けばいいや。


 講義が終わりウィリックさんに見送られてギルドを後にする。一冒険者をギルドマスターが見送るってどうなの?まぁ、細かいことは気にせずに初仕事頑張ろう!




 ミカ兄に案内してもらい町の外、森の近くの草原で依頼の品を探す。俺には既に雑草なのか薬草なのかサッパリ分からない、困った……探してるフリをしてたらリリィが大きな声で何か言ってる。


「ミカ兄っ、ちょっと来て!これじゃない?」

「おっ、一つ目ゲットだ。結構早かったな、やるじゃないか」


 頭を撫でられてエヘヘと嬉しそうだ。

お、俺だって……


「ミカ兄、これはそうか?」

「あぁっ?おめぇなぁ、ちゃんと聞いてたか?これは毒草、こっちの色のが薬草。ちゃんと覚えないといざという時に困るんだぞ?採取の仕事舐めんなよ。今回の薬草だけじゃなく、食べられる草や木、キノコなんかも知っておけばどこでも生きていけるだろ?」

「勉強します……」

「おぅ、分かればいい、生きるために頑張れ。っと、アル、それは根っこから採るやつだ。根っこが無いと金にならないぞ」



 全然分からずウンザリしてきた。

ふと視線を逸らすと、少し向こうに倒れて腐っている木の端にキノコらしきものが生えている。平らに開いた茶色の傘に、白い太めのしっかりした柄。近寄れば、見た感じは美味そうな立派なキノコだった。


「ミカ兄っ、キノコあるけどコレは食えるの?」

「ああ、これな。食ってみろよ。天国に行けるカモしれないぜ?コイツは裏路地の薬屋に持ってくといい値段で買い取ってくれる。

 キノコはなぁ、よく知らないと危ないぞ?見た目は殆ど変わらないのに食べたら駄目なのとかあるからな。自分で採って食うなら相応の覚悟して食えよ?」


 なんだよその危ないキノコ!美味そうだったのに残念だが、危ない世界にはまだ入りたくないので放置することにした。


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