9.旧王国
「きたきたきたーーっ!」
「わぁ、綺麗ですね〜」
「う〜みだ〜っ!」
「海は明日でしょ?まずはオーキュスト家へ挨拶に行きますよ」
ちょっとした丘を越えたところで、空を染め始めた夕日を映して色が変わりつつある蒼海が視界に飛び込んで来る。
アンシェルの町は港町というだけあって海岸に沿って拡がりを見せており、ここからでも分かるほどに大きな港がいくつもの船を停泊させていた。町の大きさもかなりのものでベルカイムの倍近い三万人を超える人がこの町で生活しているということだ。
丘の上から見下ろすアンシェルの町は色取り取りの屋根が絨毯のように拡がり、なんだか賑やかそうなイメージがしてきてちょっとばかりワクワクする。港以外の海岸の殆どが砂浜になっており、夕方だというのに其処彼処でカラフルなパラソルがたくさんの花を咲かせているのがここからでも見えていた。
町の入り口に居た門番さんに俺達が向かうオーキュスト家への連絡を頼み町中へと入り込む。
アンシェルの町は丘から見た通り海岸と並行して伸びる横長の都市だ。緩やかな坂を下りつつ真っ直ぐ海へと向かい、途中から海岸沿いを走るようにカーブしているメインストリート。その道は馬車が快適に走れるようにと石畳が敷かれて整備されており、夕日に照らされる海を眺めながら王都並みに多くの馬車の行き交う広い道をゆっくりと走って行った。
道沿いに立ち並ぶお店の裏側には数えきれない住宅が段々畑のようにして拡がる。その反対側には町の人気スポットである白い砂浜が美しい穏やかな海岸。夕刻であってもまだ海を泳ぐ人もいれば、パラソルの下で寝転がり思い思いの時間を過ごしている人も見受けられる。
しかしそろそろ飯時ということもあり、馬車の走れない細めの道には涼しげな格好で歩く人達が多い。そう、俺達が今走るアンシェルの町のメインストリートは、ダンジョンで見た古代都市の様に馬車がすれ違える程の広い道と、馬車は通れない細めの道とが並行して作られており、その境目を示すように四メートル程の高さのヤシの木が等間隔で植えられている。
ここから見ると木の壁に挟まれた道を走っているようにも思えるが道を挟み店から海までは段差すらなく、あの都市のように広い道は馬車専用ではないので普通に人が歩いており他の町同様に魔導車の運転には注意が必要だ。
「なぁ、もしかしてアレがオーキュスト家の屋敷だったりするのか?」
俺が指差したのは小さく突き出すちょっとした崖の上に立つ宮殿のような建物。槍先のようなとんがりから拡がる青い屋根と真っ白な外壁、サルグレッドの王宮に比べたら圧倒的に小さな物だが、それでも外観は引けを取らないほどに美しい造りになっており、その外壁が夕陽に染まりピンク色になっていて可愛らしさも兼ね備えている。
「そうよ、分かりやすいでしょ?」
「なんだか王宮みたいでカッコいいな」
「やだ、レイ。あれはれっきとした王宮ですよ?」
何で分からないのと不思議そうな顔をするサラだが分からないモノは分からない。
サラの説明によるとアンシェルは六十五年前までアンシェル王国だったと言う。
スピサ領に在り、スピサ王国の属国に近い友好国であったアンシェル王国は、三国戦争の後にサルグレッド王国に対立しない事を約束すると、その証として王国を解体しただの町となったのだという。しかし王家自体は解体されておらずそのまま残っているので、町の支配形態が変わった訳ではなく実質ただ名前が変わっただけらしい。
「って事は何だ?三人の友達と言うのは……」
「その通り!由緒あるお姫様よ。またお嫁さんが増えるのかなぁ?お兄ちゃんっ?」
俺を試すようにニヤニヤとした顔で背後の席から顔を出したモニカ、軽くデコピンを食らわすとオデコを押さえて大袈裟に席へと戻って行く。
「あいたーーっ!雪ちゃんっ、お兄ちゃんがイジメるわ!」
「トトさま、メッ!」
あからさまな泣き真似をしながらモニカが抱きつけば、冗談だと分かった上で雪もそれに乗っかり頬を膨らませて怒った真似をしてくる。以前ならば真面目過ぎる雪の性格上、本気で注意してきてもなんら不思議ではなかったが、それが遊びなのだと認識出来るようになったという事は順調に成長できている証なのだろう。
それにしても王国ではないのに王家とは不思議な感じがするが、似たような歴史の町は他にもあると言う。当時のサルグレッド軍の勢いに押されての平和的降伏の証なのだろうが、その措置のせいで不満は溜まっていたりしないのか心配になった。
賑やかな街中を抜けると港が見えて来た。魚を売買する為の場所なのか、人が行き来しやすいように屋根だけが設けられた広い場所に木で出来た四角い箱がいくつも並んでいるように見える。
その向こうにはリーディネで乗ったような大きな船から三人くらいしか乗れなさそうな小さなサイズの船までが同じ港に沢山留めてある。しかしそれぞれ場所が決まっているようで、手前には小さな船が、奥へと行くにつれて規則正しく順番に大きな船が留められており、港がキチンと管理されているのがそれを見ただけでもよく分かる。
港を過ぎると、先程より規模の小さな砂浜が見えてきたかと思ったら海から離れるコースを取り平坦な道から緩やかに登り坂となった。
そのまま少し進むと所狭しと建っていた建物は急激に数を減らし、代わりに高級感漂う豪華な造りへと姿を変えたかと思えば、見るからに貴族の屋敷だろう鉄柵で囲われた広い庭が目に付くようになった。
何軒かの貴族屋敷を過ぎると坂の傾斜は増していき、少しばかり細くなった道の途中に町の門かと思うような大きな鉄格子の門が道を塞ぐようにして現れた。その両脇には高さ五メートル程の城壁が崖の際へと延びている。
明らかに騎士ですと主張する銀色の甲冑を着た門番さんがにこやかに微笑んで門を開けると、馬に乗った違う騎士が魔導車を先導してくれる。
途中で見た貴族の屋敷とそんなに変わらない広さだが、それでもよく手入れされた薔薇の花が咲き誇る綺麗な庭を眺めながらゆっくり進んで行くと、王宮の入り口付近に魔導車を停めるように指示がされた。
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