10.初対面のお姫様

 これまた大きな扉の前には数人の執事さんとメイドさん達が三十人程立ち並び、魔導車が停まると同時に側で待機していたメイドさん達によって扉が勝手に開かれる。


「こういうのにも慣れないとね」


 ニコッと笑ったティナに習って魔導車から降りるれば並んでいたメイドさん達が一斉に頭を下げるので何とも言えないむず痒さを感じる。そんな俺の隣に立ちサラが腕を出してくるので、ティナの言う通り慣れないといけないなと思いつつ白い腕を取り王宮の扉の前に進むと、一人だけ頭を上げたベテランの風格を持つ初老の男性が扉の取っ手に手をかけた。


「皆様のおいでを心待ちにしておりました。どうぞこちらへ」


 一言添えた執事長により軽々と開かれた重厚な扉の先には俺達の事を待ってましたとばかりに正装した父娘が正面に立ち、サラの顔が見えるとニコリと優雅に微笑んだ。


 その両脇には別の家の貴族なのだろう、二組の壮年の夫婦が少し下がった位置から柔らかな笑顔を向けている。その内の一組の夫婦の傍には俺達より少し年下と言った感じの白いベレー帽を被ったお洒落な感じの茶髪の娘も並んでいたのだが、サラを見るなり笑顔の花が咲き乱れ今にも飛び出して来そうな雰囲気だ。


「今日は王女として来た訳ではないから堅い挨拶は要らないわ。お出迎えありがとうございます、ラスティンおじさま。久しぶりね、イオネ。連絡も無しに突然来てゴメンね」


「せっかくみんなで待っていたというのに、婚約の挨拶回りではないのか。まぁ、いい。そちらが噂のレイシュア・ハーキース騎士伯か?」


「こらっイオネ。いくら無礼講だからと言ってハーキース卿にまでそれはないだろ。ここは貴族としてキチンとしたご挨拶と皆の紹介をだな……」


「父上、サラが良いと言ったのです。逆に貴族然とした態度ではサラの気分を害します。遠路遥々会いに来てくれた友人、そうだな?」


 つむじで一つに纏められた赤いポニーテールはエレナに負けず劣らずでお尻まで届きそうな程に長く、切れ長のキツイ印象を与える目には髪と同じ色の瞳が優しい光を灯している。

 隣に立つ父親と比べても背が高く、百七十五センチある俺と変わらないように見える。そんな彼女は所々布地が抜いてある涼しげな装いなのに、しっかりと貴族令嬢といった雰囲気を持つ長いスカートのドレス姿なのだが、サバサバとした雰囲気も相まってパンツ姿であれば美形の男子と見間違えそうな感じがした。


「ええ、そうね。お気遣いは要らないわ。けど、レイ達は初対面でしょう?簡単にだけ紹介させてもらえますか?」


「そうだろう、そうだろう。親しき仲にも礼儀有りとはよく言ったものだ。いくらサラ嬢の婚約者とはいえ自己紹介も無しには無礼もいいところだぞ?それで、改めて自己紹介させて頂くと私のなま……」


「私の名はイオネ・オーキュスト。見ての通りこの町の統治者の娘だ。母は私が小さい時に他界したらしく私の記憶には無い。それで、隣にいる口うるさいのが父のラスティンだ。さっさと再婚しろと周りに言われているにも関わらず未だに良い人の居ない不甲斐ない父親だ。サラとは幼い頃からの家族ぐるみの付き合いで、気さくに話せる間柄と言うわけだ。よろしく」


 父親とは仲が悪いのか、それとも単にイオネの性格ゆえなのか、ちょいちょい父親の口を封じるやり取りが面白い親子だ。

 そのイオネに視線で促されたのは俺達に向かって左側に立っていた子供の居ない方の夫婦だった。


「私の名前はヤルジャック・シャンブール。隣に居るのは妻のティアルマだ。彼女はラスティンの妹と言うのもあるが、彼とは元々友人関係だったのもあり今では親族として仲良くさせてもらっていてね、今日もこうして呼んでもらったと言うわけなのだよ。

 実をいうと娘がいるんだが、挨拶くらいしろとは言ったのだけれども『忙しい』と一言で切り捨てられてしまってね、申し訳ないが後ほど紹介させてもらえるかな」


「クリスはまた厨房なのですか?」

「厨房?」


「私からも顔くらい見せてからにしろとは言ったのだが、そんな時間は無いと逆に怒られたよ」


 呆れた顔してイオネが吐き捨てたが貴族の娘が厨房にいるとは一体どういう事なのか不思議だ。しかし、俺の傍にいる貴族の娘二人も親に隠れて冒険者なんてものをやっていた前科があるのでその娘の事をとやかく言う権利は無いだろうな。


「まぁ、悪い趣味じゃないんだ、そんなに責めてやるなよ。それで私の自己紹介をさせてもらうと、私もラスティンとは子供の頃からの付き合いでね、もちろんヤルジャックとも仲良くさせてもらってる。名はサラデーオ・トンプソンと言う。隣に居るのは妻のイサドレアと、娘のエマだ。よろしく頼む」


 オーキュスト父娘の右隣に居た男が自己紹介をした事で、ずっとソワソワしていたエマと呼ばれた娘はとうとう我慢の限界を迎えたらしい。解き放たれた犬の如く満面の笑顔を携え俺達に向かって走ってきたのだが、貴族の娘とは思えないほどの走る速さに驚いてしまう。


「サラ〜っ!久しぶり!!会いたかったよぉ〜」


「ちょっと、エマっ!分かったから!私も会えて嬉しいけど、ちょっと落ち着いてっ!エマっ聞いてる!?」


 更に驚く事に、サラに飛びつく勢いで被っていた帽子が宙を舞い茶色の髪の毛の間から三角の形をした二つの耳が姿を現したのだ。

 勢い余ってサラを押し倒したが、そんなことは気にも留めずに頬を擦り寄せ全力でじゃれ付きながらも ピクピク と忙しなく動く動物の耳、それはつまりエマが獣人である事を示していた。


「コラーッ!いい加減にしなさいっ!貴女ももう貴族の娘なのよっ!節度ある態度でお淑やかに振舞う事を覚えなさいっ!!」


「ご自分の事を省みて欲しいのです」


 クロエさんの呟きなど耳には入らず、首根っこを掴んだ怒り心頭のティナがキョトンとして動きを止めた小柄なエマを持ち上げる姿はちょっと絵にして残しておきたい笑える構図だった。

 ところがティナがいる事に今気が付いたとばかりに目を輝かせると、今度はターゲットをティナへと移してじゃれ付き始める


「ティナーーッ!久しぶりぃ〜〜っ!!」


「あ!ちょっ、ちょっと!やめなさいって……やはぁんっ、コラッ!どこ触ってんのよ!やめなさいってばっ!!」


 その様子を見ていたイオネは突然表情を曇らせたかと思いきや、ツカツカと二人に近付きティナの左手を取ると、空気を察したエマもピタリと動きを止める。


「ティナ、これは何の遊びだ?お前が婚約したなどと言う話は聞いてないぞ?」


 イオネが見ているのはティナの薬指に嵌った銀の指輪。流石は女性と言ったところか、まだ子供だったローランド少年とは違いすぐに存在に気が付いた。と、いうより気が付いてしまった。

 出来ればもう少し場が和んでから俺の口から言いたかったのだが後の祭りだ。


「そりゃそうよ、言ってないもの」


 悪戯が決まった子供のように無邪気な笑顔を浮かべたティナとは対照的に、ティナの左手を掴んだまま プルプル と震え出したイオネの顔は般若のような恐ろしさを醸し出している。

 その雰囲気に耐えきれなくなったのか俺の足に雪がくっ付いて来たので抱き上げてやると、首を横に振り、恐怖に慄いた顔でしがみついてくる。


「私には紹介する気が無いと……そう言いたいのか?」

「スネちゃって〜、か〜わいいっ!ちょっと事情があっただけよ……ほらっ」


 一本だけ立てたティナの指の先には、俺の肩に手を置いて勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべたモニカが薬指に嵌った指輪をアピールするようにゆっくりと左手を振っている。

 モニカの意図を瞬時に察したイオネは ドスドス と令嬢らしからぬ足取りでモニカの前まで来ると、ティナと同じように左手をガッシリと掴み取り指輪を凝視した。


「なっ!こ、これはどう言う事なんだ!?なぜ二人が同じ指輪を!これは……これは、そういう事なのか!?お前達二人は……」


 おい、待て!と突っ込みを入れたくなったが、それよりも先にモニカの右手がイオネの視線を奪いサラの左手へと届けた事により、三人の婚約者が誰なのかを理解してしまった。


 サラの指輪を見つめたまま暫しの硬直を見せたイオネ姫、ゆっくりと完全なる般若の形相へと様変わりすると只ならぬ雰囲気が辺りを支配し始める。



シャーーーーァァンッ



 いつの間に腰に在ったのか分からない刃幅が五センチの細身の直剣、音を立ててゆっくりと引き抜かれると俺の喉元に突きつけられた剣先がピタリと静止する。それだけ見てもイオネがそこそこ剣を使える人なのは分かるが所詮は貴族の娘さんだろうと高を括っていたので恐怖も危機も感じられない。

 だが彼女の赤い瞳の奥は怒りの炎が揺れており、親友を蔑ろにされた事に対する憤りはこのまま何も無しには治まりそうにない。


「レイシュア・ハーキース!貴様は私の親友三人を誑かし、剰え三人共と婚約を結ぶと言う暴挙に出た。私が知った以上そのような愚挙を断じて許す訳にはいかない。

 女神が貴様を見過ごすのならば、我が天に代わって裁きをくれてやろうぞ!表に出ろっ!!」


 雪を抱いていない手を切っ先に当てて剣を逸らすと「分かったよ」と告げて仕方なくでも決闘に同意した。



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