8.仲良き二人
「そうよ、今はまだ駄目よ」
次期族長と称された女の子が腰に手を当てて現族長であるノンニーナの意見など露程も気にせず真っ向否定すれば、何故かそれに乗っかるアリシア。
「二人してなんなのだ?化石になりかけのしわがれた老人を、まぁ〜だコキ使おうという魂胆なのか?働き過ぎでぽっくり逝ったらどうやって責任を取るつもりなんだい?
だいたいアリシアの心配事など、そこにおる次期族長に頼めば良かろうて」
「わかったわ。じゃあ、こうしましょう。
貴女は一先ずシルフの族長として私を助けて頂戴。万事滞りなく行けば貴女が族長の座をその子に譲渡する橋渡しをするわ、ノンちゃん?」
「別に其方に手伝ってもらわずとも……」
「この際だから言っちゃうけど、実はね……」
訝しげな顔で俺達と同じ目線で空中に座るノンニーナに スススッ と奇怪な動きで擦り寄り、小さな耳へと顔を寄せて口元を隠すように手を当てると何故か視線が俺へと向いている。
「うむ、それは見れば分かるが……」
「ホント?凄いのね。でね、ゴーニョゴニョのゴーニョゴニョなのよ」
「ふむふむ、それで?」
「だからね、ゴニョゴニョゴニョでゴニョニョって予定なんだけど一枚噛まない?」
「くだらぬ妄想だが興味は唆られるのぉ」
「妄想だけで終わるのならこんな時にこんなこと言わないわ。実はねゴニョニョニョニョ」
「なるほど、それなら信憑性も増すというもの」
「おまけにね、ゴニョゴニョニョらしいわ」
「なんだと?それは誠か?」
「私もこれに関しては聞いただけだからなんとも言えないわね」
「嘘か真か判断は付かぬが其方の話は我の興味を惹くのに十分じゃ。今から家に来るがよい、もう少し詳しく聞いてやろうではないか」
緑色の槍を手にしたまま包囲を緩めようとしないシルフ達などそこに居ないかのように、空中で立ち上がったノンニーナと共に歩き始めたアリシアは「みんなは寝てていいわよ」と軽い感じで手を挙げるとライナーツさんとジェルフォを従え暗い森の奥へと歩き始める。
するとそれに倣うよう、いじられた訳でもないのに精神的に疲れてしまい元気の無くなったちょび髭が紅一点であるノンニーナの血縁者に励まされつつ他のシルフ達と共に帰路に着く。
例え二人に護られていようともあの数のシルフに襲われようものなら戦う力の無いアリシアは立ち所に命を落とすことになるだろう。それが分からぬ彼女ではないだろうが、その可能性が無い事を見越した上で俺達を安心させる為に二人を連れて行ったのではないかと判断し、そのまま彼等を見送ると俺達はテントへと引き返した。
▲▼▲▼
「レイさん、お母さん達が帰って来てないの」
三人の使っているテントを確認するが、心配そうな顔をしたエレナの言う通り帰ってきた形跡も無ければ気配も感じない。
十中八九無用な心配だとは思うが万が一ということもあり得る。
朝食が終わったら迎えに行こうという話になりテントの片付けをしていると、近くに在ると聞いただけで詳細は不明だったシルフの集落の方から一人の使者が訪れた。
「おはようございます。美味しそうな匂いがしますけど、もしかしなくてもこれから食事ですか?」
鮮やかな緑色の蕾スカートは昨晩現れたシルフ全員が履いているものだった。
もしかしたらシルフの女性統一の服なかもしれないが、肩紐の無い下着が透けて見えるのも気にせず半透明なストールを羽織り、それを胸前で大きくリボン結びにしただけの服装もノンニーナと同じ物だ。
集落への案内をしてくれるためにわざわざ来てくれたのだろうが、ノンニーナの孫の孫の孫の孫の……それくらい孫だと言うファナと名乗った金髪ショートのよく似合う童顔の女の子は、コレットさんの掻き回していたお鍋が気になる様子で来た時からずっと チラチラ と視線が行っている。
シルフからしたら嗅ぎ慣れない匂いなのかもしれないが、それは一重にコレットさんの作る料理がお店で出しても遜色ないほどに美味しいからなのかもしれないな。
「朝食がまだなら一緒に食べない?」
両手を胸の前で組み キラキラ とした眼差しを向けるファナは容姿もさるとこながら仕草までヘルミとそっくりで、血の繋がりとはそういうものなのかと改めて思わされる。
「何これ!?もんすっごく美味しい!!」
ファナの為に1/3サイズへと作り直したカップを片手に、これまた小さくしたスープで口に運ぶ度にキャーキャー言っている姿を目にしているとシルフとはこういう種族なのかと誤認してしまいそうにもなるが、多分そうではないだろう。
感情の移り変わりの激しかったヘルミは別として、同じ人物であるはずなのに性格がまるで違う印象を受けたノンニーナがこんな風にご飯を食べる様子は想像できない。
「海藻から取った出汁に鶏ガラの粉末出汁を加えたスープに、凍らせてあったボレソンを入れてみました。短時間しか煮込んでいませんがボレソンの身は一緒に入れた野菜の味を良く吸収してくれたようで、火を通すと淡白な白身なのにパサつかず美味しくなりました。
よろしければまだあるのでお代わりもお申し付けください」
もうすっかり存在を忘れていたが、船の上でしか食べられないと言われているボレソンをカチカチに凍らせて保冷庫に入れておいたのを思い出す。
何日か前まで居たはずなのに随分と前の事のように思える海の町を懐かしみながら湖に目をやったとき、対岸から水飛沫を上げつつ一人のシルフが慌てて飛んで来るのが目に入る。
「ファナ様ーーーーっ!」
逆三角形に整えられた茶色い顎髭がよく似合うおじさんと呼ぶにはまだ少し早そうな顔付きの男は、昨晩のシルフ隊のぽっちゃりちょび髭とは違い戦士然とした引き締まった身体を惜しげもなく晒していた。
探し求める女が俺達に混ざって呑気に朝食を摂っている姿を見るなり速度を緩めると、呆れた顔でファナがちょこんと座るテーブルの隣に降り立つ。
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
「どうしたもこうしたも、ファナ様お一人で人間を迎えに行ったと聞いたのですが、待てど暮らせど一向に帰って来られないので何かあったのかと心配になり見に来たのです」
探し人の無事が確認出来て安心したのか、着いたそばからファナの持つカップに視線が釘付けになったままだ。目も合わせずにそんな事をしていれば当然ファナとて気付くだろう。
「っっ!?」
おもむろに突き出されたスプーンに戸惑いを見せた男はようやくファナと視線を合わせたのだが、その無邪気な笑顔に後押しされ照くさそうに視線を泳がせながらも結局、目の前にあったスプーンを口にする。
「こんな美味しいご飯食べたことないよね?こんなのを毎日食べられる人間が羨ましいわ。ケールもそう思うでしょ?」
「いやはや、食欲をそそる匂いもさることながらも、これはまた頬がとろけそうなほど美味ですな。
しかし、だからと言ってノンニーナ様のように人間達に付いて行きたいなどというのは容認しかねますからね?」
「うぐっ……そ、そんなこと言ってないじゃないですかっ!」
口には出してないけど思ってたのねとケールと呼ばれた男に混じり俺達も呆れた視線を向けたのは言うまでもないが、すかさず自分の為に差し出されたカップに目が奪われると彼の顔も綻び、コレットさんに礼儀正しくお礼を言うとファナの隣に座って二人仲良く食べ始めた。
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