45.舞い降りた天使

「残りはレイ達に摂って来てもらうわ、早く帰ってらっしゃい。じゃあねシャロ、貴女は早く男作りなさいよ」


 笑い過ぎての涙の残る目を擦りながら、目的の物を受け取ったルミアはさっさと帰ろうとする。


「ルミア、待って! お土産にと思って買ったんだ、先に渡すから持って帰って師匠と飲んでくれよ」


 呼び止めると不機嫌そうなオーラを出しやがったが、鞄の中から出した酒瓶を渡せばそんなものもすぐに消える。


「良い弟子ってこういうこと出来る子の事を言うのよ、フフフッ」


 置き土産にシャーロットさんに向けて嫌味を残すと、一瞬にして姿を消した。


「シャーロットさんもルミアの弟子だったんですか?」


 頬を引き攣らせてルミアが消えた方を見ていたシャーロットさん、俺に向き直った時には苦笑いに変わっていた。


「シャロでいい。 そうね、昔あの人の弟子だったわ。若い頃の話だけどね。私は人間と違うから、これでも貴方達より年上なのよ?おどろいた?」


「いえ、ルミアと知り合いな時点でそんな気がしていたので。それじゃあ俺達も帰ります」


「待ちなさい」


 呼び止められ武器を見せろとの要求。なんでもシャーロットさんは武器造りが専門で、ルミアに師事し魔法を習った後、鍛冶師の師匠に弟子入りし、この工房を開いたそうだ。


「なかなか良い刀ね、こういうのが好きなの?」


 俺の渡した刀を片手で持ち、じっくりと見ながら聞いてくる。

 この刀はベルカイムでミカ兄に連れて行ってもらった武器屋で見つけた物だ、オスヴィンさん元気かな?実力を認められ売ってもらって以来、ずっと愛用しているのでだいぶ愛着がある。


「この刀をくれるなら、私がもっと良いものを造ってあげるわよ? そうね……明日またここに来なさい、それまでに造っておくから。その時見てどっちが良いのか決めればいいわ、それでいい?」


 まぁそれでいいならいいけど……それってシャーロットさんが損なんじゃないのか?それともこの刀、そんなに良いヤツなの?


 今度はアルの剣を手に取りほぅほぅと頷きながら細かくチェックしているが、魔力を通しているようで剣が仄かに赤くなっている。


「なかなか良いバスタードソードね。ここまで大きなセドニキスはあんまり無いわよ。純度はそれほどでもないけど悪くはないわね。良い剣よ、大事になさいな」


 続いてリリィが差し出した二本の剣を見た途端に呆れた顔をする。手に取り鞘から抜けば カクッ と項垂れしばらく動かなくなる。


「貴女は剣にこだわりはないの?なんでもいいのなら私が造るやつを使ってみない?レイのと一緒に造っておくから、明日一緒に見に来なさいな」


 溜息混じりに渋々といった感じでリリィへと剣を返し、ユリ姉の差し出した愛刀を受け取った。


白結氣しらゆきね、懐かしいわ。 どれどれ……ん〜、大事に使ってるわね。先生に譲ってもらったのよね?これからも大切にしてあげてね。この子は淋しがり屋だから気を付けてあげて」


 抜き身の白結氣を見つめ満足そうに頷くと、小さな身体とは不釣り合いに長い刀身だというのに何の苦もなく鞘に収める。


「淋しがり屋ってどういう事?武器にそんなのあるの?」


 不思議に思い口を突いた疑問。クスリ と笑うと微笑ましいものを見るかのように俺達を見回したシャーロットさん。


「武器って言っちゃうのね。この子達にも一つ一つ意志が在り個性が在るわ、人間と同じでね。どんなに似た物でも完全に同じなんて有り得ない。そしてこの “刀” と呼ばれる種類の剣は特に力が強い。

 一般的な武具に宿る子達は意志があっても主張する術を持たないけど、この子達は違うのよ。凄い子になると意志が具現化したりするわ。ん〜そうね、貴方達の感覚で言うと精霊が宿ってる、と言った方が分かりやすいかしら?

 だから “武器との相性” とかって言うでしょ?この白結氣は人懐っこく淋しがり屋だし、貴方の刀は名前は無いようだけど血に飢えてるわね。優しい貴方には似合わないのよ、お・わ・か・り?」


 得意げに人差し指を立てて話し終えるとユリ姉に白結氣を返す。「明日の昼には出来てるわ」と言われたのでまた来る事を約束しシャーロットさんの家を出た。




 そろそろお昼時なので何はともあれお昼ご飯、駆け出しの頃は一日二食が当たり前なのだが……俺達も立派になったもんだ。

 今日は俺が『肉!』と主張したので、街の焼肉屋さんに行く。専門の店では食べた事ないからワクワクするね、いつも外でセルフサービスだからさ。


 有名らしくお店は結構混んでいて、食欲をそそる香りが辺りを包み込んでいた。 席に座りメニューを見ると見たこともない名前がズラリと並んでいる。


「肉は部位によって味や食感が違うのです。それぞれ名前があるのですが私もよく分からないのです。こういうときはセットメニューで攻めるのが定石なのです」


 なになに?食べ比べとかあったのでみんなでそれにしてみる。


 店員さんが持ってきたのは、食べやすいように一口サイズにスライスされた七種類の肉。一枚のお皿の上に綺麗に乗せられた肉達は見栄えが良いよう捻りを加えて立体的に盛り付けられている。

 肉の白っぽい部分は脂身なのは分かるが、それが無いのやら綺麗に赤と白で斑らになっているのと模様も様々で、確かにこうして見比べるとなんだか違う気がする。


 最初に用意された小さな石の箱にはこれまた小さな鉄製の網が載せられており、これで焼きなさいと言わんばかりに一人に一つずつ置いてある。

 中を覗けば真っ赤になった木の破片らしきモノ、店員さんに聞けば炭という木を特殊加工した物だと言う。薪ではなくわざわざ炭の状態にした物を使う事によって炎が出にくくなり、熱だけで焼くので肉がススで黒くなる事が無いし、火の持ちも良くなる上に肉の味まで良くなると言うから驚きだ。


 やって来たお肉ちゃんをさっそく網に乗せ、焼けていく様子をじっくり観察してみればこれはこれでなかなか面白い。

 少しだけ身が縮み、ほんのり茶色味を増したらひっくり返す──うん、綺麗に焼けてる。


(よっしゃ!)


 網目も付きとても美味しそう、一人内心ガッツポーズしていると顔に出ていたらしく、正面に座るユリ姉に クスリ と笑われた。


 食べ比べてみて初めて分かったが、クロエさんの言う通りそれぞれの部位ごとに味や食感が違うようだ。今まで意識して食べてなかったが俺は脂身が少な目のヤツが好みだったな、名前なんてすぐに忘れたけど……。


 ちょっとお高いお肉ではあったが、おかわりを頼んでホクホク顔で焼いていると横から手が伸びてくる。『盗人め!』と不届き者に睨みを効かせるものの、意に介した様子のないエレナが ニヘッ と笑って誤魔化す。


「レイさん、この肉あんまりですよね?私が食べてあげます」


 そう言い残し、斑ら模様の脂身の多い子を連れ去って行く……俺、良いよって言ってないけど?


「じゃあ、私はこれを食べてあげるわ」


 素早い動きで肉を攫うリリィ、待てコラ!それは最後に食べようと取っておいたヤツ!!


 唖然としたのは一瞬、取り返そうとした途端、更に俺の皿へと魔の手が伸びる。

 賊は二人ではなかった!次々と伸びて来た悪魔共の手にかかり俺のおかわりはものの数秒で皿のみと成り果てた……ひ、一切れしか食べてない。


「そんなに食いたいなら頼めばいいだろっ!」


 不満をぶちまけた丁度その時、店員さんが運んで来た一枚の皿。


「ほらぁ、食べよぉ」


 賊に荒らされた空の皿をどけ、到着したばかりの皿を俺からでも取りやすい位置に置いてくれる。半分涙目の俺には、そんなユリ姉の姿が光り輝く天使に見えた。


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