44.自由過ぎる我等の先生
玄関を入れば中はいたって普通の家。テーブルと椅子が有り、棚には何やら鉱石っぽい石がいくつも飾られている。六人がけのテーブルだったのでアルとクロエさんが仲良く寄り添い立っている。いかんいかん、なるべく見ないようにしないとな。
お茶を持って少女が戻って来ると、席に座ってズズッと一口飲んだ後で話を切り出した。
「それで、何が欲しいの?」
ユリ姉がメモらしき紙を渡すと幼い顔の眉間にシワが寄る。どうみても十歳そこそこの少女が眉間にシワ寄せている姿はなんだか笑えるな。
「こんなもの何に使うか知らないけど、とてもじゃないけど『はいどうぞ』とは渡せないわ。自分で取りに行けと伝えてもらえるかしら?」
ん?そんなにレアな素材なのかな?ユリ姉が「伝えればいいのね」と左耳に付いている三日月のイヤリングを触る──今ここで伝えるの?
ボソボソ喋り始めたユリ姉を目を細め怪しげに見つめる少女。そりゃいきなり人前で独り言を言い出したら気味が悪いよね。
「わかりました」
立ち上がり勝手にカーテンを締め始めたユリ姉。みんなの視線が集まる中カーテンを閉め終わり「いいですよ」と言った途端に手のひらサイズの光の玉が空中に現れどんどん大きくなる。
なんですの!?
全員が目を丸くし光に見惚れていると、それは人の形を成し光の中からルミアが現れた。
「転移!?」
椅子からひっくり返った少女が呟く声が部屋に響く。
空中に浮かび、少女を見下ろす見た目が少女のお婆ちゃん。その視線はいつにも増して冷たく、床に転がる少女が顔を引き攣らせて プルプル と震えてる。
「あ、貴女っ!何考えてるの!?」
「久しぶりに会うのにその物言いなの?成長しないわねシャーロット」
シャーロット?この少女が目的の鍛冶屋さんだったの?嘘でしょ?
「私の注文を受け付けないそうね、どういうつもりか聞かせてもらおうかしら」
「そ、そ、そ、それは……あの、えっと……」
シャーロットさんの視線が宙を泳ぎ行き場を失う。眼鏡はずり下がり、額には汗がびっしりと浮かんでおり、相当焦っている様子が一目で分かる。
二人は知り合いなのね。見た目は同い年に見えるけど二人共見た目通りの年齢じゃないってことだ、年齢詐欺コンビめ。
「さぁ、言い訳はどうしたの?それとも私のお願いを聞いてくれない悪い子にはお仕置きが必要かしらね」
いつのまにか取り出した黒革の短い鞭、細い指先でなぞるように撫でながら少しだけ覗かせた舌で唇を舐める。 側から見ているだけの俺までゾクリとするような淫靡な視線、そんなモノを直に浴びたシャーロットさんは恐怖のあまり飛び上がり、床を這いながら隣の部屋へ逃げて行こうとする。
だがしかし、そんなことで逃げられるはずもない。
「お仕置き決定ね」
小さく呟かれた死刑宣告、空中を移動しシャーロットさんの上まで来ると、手にした鞭を脇の下に滑り込ませて クネクネ と動かし始めた。
「ヒハハハハハッイヤッ!イヤ、やめてぇあはははははっ、ひぃっヒッ、も、もうお願いアハハッお願いします、んはははははっお願い!やめっキャハハハハハッ、お願いだからもうやめアハハッアハッアハッやめてくださいっ、ヒィッあははははっハッハッんふふふふっ、アハッ、はぁはぁはぁはぁ……」
やりたい放題されて動く気力も無いのか、グッタリと倒れ臥すシャーロットさん……なんだかエロいな。お仕置きという名前の拷問、終わったんですかね?
「シャロ、私のお願い……聞いてくれるかしら?」
「はぁはぁはぁはぁ、はいっ、はぁはぁ、お姉様っ」
「よろしい」
満足気に頷くルミア、それって強盗とかの部類に入らない?大丈夫なわけ?
「なんでわざわざ来たんだ?」
ルミアの隣に立ち疑問を口にする。
「あらレイ、居たの?」
珍しく高揚した顔、ご機嫌な様子になんで来たのか察する……シャーロットさんで遊びたかっただけかよっ!
「このアバズレが……」
ボソリと呟くシャーロットさんに嬉しそうな視線を向けると、飛ぶのをやめて床に足を着く。
「二百年も処……」
今の今まで床に突っ伏していたシャーロットさん、目にも留らぬ早業でルミアの口を塞ぐと涙目で睨んではいるものの、それすら極上の蜜だと言わんばかりにルミアの目元が怪しく歪む。
「先生、それは言わない約束です。忘れてしまいましたか?」
口を覆うシャーロットさんの手をピンッと指で弾くと、俺の腰に手を回してくる。
「まだ気にしてたのね、なんならいいの紹介するわよ?さっさと済ませてしまえばそんなに悔しい思いしなくて済むのに、ねぇ?」
「先生には関係ありません、おっきなお世話です。先生は先生で夜毎あの男に抱かれていればいいんです」
目を細めてフフフッと笑いを浮かべ唇に人差し指を当てる姿が艶やかさを感じさせる。
「夜毎じゃないわ」
そりゃそうだよね、ルミア達幾つだと思ってるんだ?そこまで若くないよな。
「朝晩よ」
してやったりと口角を吊り上げるルミアだが、耳を疑う発言に居合わせた全員が唖然としてしまう──そう、朝晩なのね……お元気なシニアだね。
「そんな事はどうでもいいけど材料はあるんでしょう?わざわざ来てあげたんだからさっさと用意なさい」
シャーロットさんが深い溜息を吐き チラリ と俺を見る。そんな目しても助けてあげられないよ?
「火竜の爪なんて物はある訳がありません、後は用意します。でも、何を作るつもりなんですか?とうとうこの国を滅ぼすおつもりですか?」
その言葉にギョッとした皆がルミアへと視線を送るが、特に答える気もないようで不敵な笑みを浮かべるだけだ。
「今更こんな国に興味はないわ、私はあの人が側に居ればそれでいいの。滅びるなら勝手にやるといいわ……保険、とだけ教えてあげる」
「そうですか」と言い残し奥の部屋へと引っ込むシャーロットさん、なんだか分からないけど通じ合っているようだ。意外と仲が良いのかもしれないな。それにしても先生とか言ってたな、シャーロットさんもルミアの弟子なのかな?
シャーロットさんが居なくなると唐突に視線がエレナへと向いた。今度はなんだ?と不審に思いながら見ていれば、注目を集めているのにも関わらず スススッ と音も立てずに近寄り背伸びまでして サワサワ と長い耳を触る。
「かっわいいわねっ!食べちゃいたいくらい」
本能的に感じるものがあったのか、身震いをすると同時に顔を引き攣らせるエレナ。
「尻尾もあるのかしら?見せて」
返事など聞く気はないのだろう、スカートを捲られ恥ずかし気に頬を染めが、恐怖のあまりされるがままになっているエレナのことなど御構い無しだ。
「あら、可愛いわね。んふふっ貴女、素敵よ?」
みんなの前でスカートを捲られ丸い小さな尻尾を晒け出されるエレナ、猛獣に嬲られる哀れな兎さんの構図だ。
「おいルミア、それ以上虐めるなよ。可愛そうだろ」
「あらら?ごめんなさい。そんなつもりは無かったんだけど、兎の獣人なんて初めて見たからつい……怖がらせちゃったわね」
俺の一言で今更ながらに震えるエレナに気が付いた猛獣ルミア。何を思ったかおもむろに異空間に手を入れたのを見てティナとクロエさんが目を丸くする。
何かを握り、エレナの前で開いた手の中には小さな緑色の石が三つ嵌められた女物の指輪があった。
「お詫びの印よ、左手の人差し指に嵌めて魔力を流して見なさい。魔力は扱えるわよね?」
獣人とは魔法が苦手な種族のはず。それでも「はいっ」と指輪を受け取り言われた通りに魔力を流し始めるとエレナの足が床を離れ身体が フワリ と浮かび始める。
「わわわわっ!なになになになにぃぃっ!?」
だがバランスて保てずものの数秒で転倒。尻餅を着き、腰のところで細い紐で縛られた秘部を覆う白い布が露わになった……あのパンツ、可愛いな。
「大丈夫よ、怖がらずにちゃんとコントロールなさい。ほら、こんな感じよ」
宙に浮き上がり広くはない部屋を一周してみせると、俺の背後から首に手をまわし空中で寝そべったまま顔を並べる。
「私にもそんなことが……よしっ!」
スクッと立ち上がり拳を握って気合を入れる、その様子が幼い子供のようで微笑ましく思えた。
魔力が高まり再び浮き上がると、今度はフラつかずそのままの姿勢を維持出来ている。
「先生っ!やりました!私にも出来ました!!」
注意散漫とはまさにこの事、言った矢先にバランスを失い傾き始め、あわあわと手を振りなんとか元に戻ろうと足掻いてみるものの魔法で浮き上がっているので普通に立っているときとは要領が違う。
「魔力をコントロールするのよ」
オタオタしながらも目を瞑りなんとか魔力をコントロールしようと試みたものの、グラリと大きく傾きかけた瞬間、ヤバイと力んだのに釣られて魔力が一気に強くなる。
倒れゆく身体は狙ったかのように頭が俺に向いており、大砲で射出されたようにエレナ自身が物凄い速さで一直線に飛んでくる。
「ぐふっ」
腹に受けたヘッドバットの直撃。勢いを殺しきれず床になぎ倒されれば、どういう原理か、エレナが俺の上に座る形でちょこんと着地する。
「あははははははははははははっ」
ルミアのバカ笑いが部屋を埋め尽くし、空中を漂いながら腹を抱えて転げ回る。
てめぇルミア!俺を押しやがって!!
そう、俺は衝撃を緩和させるために背後に重心を傾け飛んでくるエレナを受け止めようとしていたにも関わらず、それを見越したルミアの悪戯で逆に後ろから押され、タイミングをズラされた。
綺麗に鳩尾に入ったカウンター、エレナ砲の威力は想像より強烈で俺は地に伏せる羽目になったのだ!
「なに?」
そんな中で戻ってきたシャーロットさんが悶絶するルミアを見て不思議そうに首を傾げていた。
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