43.王都の鍛冶屋

 小首を傾げたエレナが半目になりねっとりとした視線で俺を見据える──なんだよ言い訳でもあるのか?馬鹿兎がっ!


「ティナさんとはしてましたー、私としてもいいじゃないですか」


 プクッと膨れるエレナに呆れ果て、文句を言う気が失せたので、深く深く溜息を吐き出すと起きる事にした。


「キスくらい良いじゃないですか、減るもんでもないしぃ。私ともしてくださいよぉっ。ねぇってばぁ、レイさん?」


 人のベッドの上で何やらブーたれているが無視だ無視。同意もなしに勝手にキスしておいて何を言っているんだ、この馬鹿兎は。女の子に襲われるとは思わなかったぞ。俺の純情返せよ!



 さっさと着替えを済ませば、待ってましたとばかりにエレナが腕に抱きついてくる……もうなんでもいいや。


「何も無い!」


 部屋から出たところでばったり合ったリリィ、嫌らしく顔が歪んだところで何か言い出す前に先制して口を封じてやると キョトン とした可愛い顔に早変わりしたが「つまんない」と口を尖らせ俺達の横に並んで歩き出す。


 食堂に着くと既にみんな揃ってた。馬鹿兎のせいで最後かよ、ったく。

 席の前でようやくエレナが離れたのでメイドさんが引いてくれた椅子へと座ると、驚くべきことに執事服に身を包んだライナーツさんが食事を持って来てくれた。


「カミーノ家で執事として正式に雇って頂く事になりました、お見知り置きを。私は旦那様の元で働いて暮らすことにしましたので娘を宜しくお願いします」


 驚きランドーアさんを見ればうむと頷く……いやライナーツさんの件は有難いんですけどその後ですよ。娘を宜しくってなんですか!?エレナもカミーノ家で暮らすんでしょ?そうでしょっ!?


「レイ君達と一緒ならエレナ嬢も大丈夫だろう、ライナーツの了承も出たことだし本人の希望通り連れて行ってやったらどうだね?」


 俺の意思は?ねぇ、俺の意思はそこに含まれないの?別に嫌と言うわけではないけど、俺の意見とか聞いてもらえないんですかね?トホホ……


「エレナ、お父さんの許可が降りてよかったわね。これで公認イチャラブ出来るわね」


 朝から平気な顔してサラリと爆弾を投げつけるリリィに、この野郎!と視線を送ってやるが何食わぬ顔でサラダをパリパリ食べている。さっきの仕返しのつもりか?まぁ……いいか。もう疲れたよ。


「お父様……私には許可は降りませんか?」


 真剣な顔でランドーアさんに食いつくティナ。だが彼女自身もその答えは分かっているようで、気分が駄々下がりなのが目に見えて分かる。


「ティナそれは……」

「お父様のケチ」


 いや……ティナさん、そろそろ自分の立場を弁えてもらわないと。愛娘の無茶振りで朝から凹んだ様子のランドーアさんが可愛そうだぞ?


「き、昨日は良い物が見つかったそうだね、今日は何処に行くんだい?王都は広いから一週間かけても回りきれないぞ?今回は馬車だからあまり長居は出来ない、見たいところだけに絞って回ってくるといい」


「その件なんだけどぉ……」


 急なランドーアさんの話題転換に右手を顔の横に挙げるという可愛らしい仕草でユリ姉がみんなの視線を集める。エレナもこういうお淑やかさをだな……まぁいいか。それぞれ個性があった方が賑やかで楽しくもなる。


「先生に連絡取ったらねぇ、お使い頼まれたのよぉ。工房の方へ行きたいんだけどぉレイ達はどぉするぅ?なんならぁ私一人で行ってくるよぉ?」


「ユリ姉を一人で行かせたら迷子になるだろ?俺達も行こうぜ、なぁ?」

「ちょっとぉどぉゆぅ意味よ、アルっ。私ぃそんなにトロくないわよぉ」

「へいへい、そういうことにしておいてやるよ。んでどうするんだ?」


 リリィを見てもどうでもいいのか、気にせずモグモグと目玉焼きを食べている。それならみんな一緒でいいんじゃないかなって事で、全員で工房に行くことにした。




 王城を囲うように立ち並ぶ貴族の屋敷群。その貴族街の西側にカミーノ邸はあるのだが、工房は王城から見て北の貴族街の外側にあるらしい。

 歩いて行くには少しばかり遠いが気にせず閑静な貴族街を散歩して行くと、道沿いにある柵の向こうに広い庭がずずいっと広がっていてなんだか公園の外側を散歩しているような気分になった。


 朝の清々しい空気の中、俺達は貴族の屋敷の前をぞろぞろと歩いて行く。すると行く先々の門番さんが物珍しげに ジーッ と見てくる。すみません、怪しい者ではありません。ただの散歩です。

 エレナが門番さんに手を振ると、厳つい顔の門番さんも表情を崩し笑顔で手を振り返してくる。白兎の美少女パワー、すっげぇな。



 工房街は大きな工場が立ち並び煙がモクモクの騒がしいイメージが有ったのだが、特にそういうわけでもなく、下町の武器屋さんが立ち並ぶ場所みたいな人通りのそこそこ多い場所だった。そのせいか冒険者っぽい人が多く、さっきの貴族街とは違い親しみが持てる。カミーノ家にお世話になってはいるが、やはり俺はこちら側の人間らしい。


 王族の家系とか言われてもピンと来なかったし、特に財力や権力がある訳でもない。育ってきた環境も、田舎の村から出たと思ったら、人里離れた山暮らしの冒険者なので上流階級の豪華な暮らしより下町暮らしの方が肌に合う。

 たまに遊びに行くカミーノ家は俺達に頑張ればこういう暮らしも出来るんだと夢を与えてくれている、そんな感じだけど、だからといって貴族になりたいと思うわけでもない。


 メモを見ながらユリ姉が先導する後ろを付いて行く俺にエレナがべったりとくっ付いている。それに対抗してか反対側にはティナがへばり付いているので両手に美少女で嬉しいんだが……とにかく歩き辛い。


 着いたのは小さな工房、と言うよりごく普通の家が建ち並ぶ内の一軒の扉の前に立ち、ドアノッカーを掴んだユリ姉が トントントン と三回ノックする。


 しばらく待ってみるが返事が無いのでもう一度ノックしてみたのだが、待てど暮らせど返事がない。

 留守か?と思ったらようやく扉が開き、色黒で背が低く、丸い大きな眼鏡がよく似合う少女が顔を覗かせた。


「どちら様?こんなところに何の用?」


 不審そうに警戒する女の子だが、ここって工房だよな?まるで人に来て欲しくなさそうな態度に違和感があったが、職人とは人に会いたがらないものなのかもしれないな。


「ルミアの使いで来ましたぁ。鉱石の買い付けを頼まれたのですがぁ、鍛冶師のシャーロットさんは居ますかぁ?」


 ゆっくりと俺達を見回す少女、フゥッと溜息を吐きつつドアを開けてくれた。


「入りなさい。お茶ぐらい用意してあげるわ」



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