46.企画外の凄技
満腹になった俺達はまたしても靴屋に連れて来られた。
興味のない俺とアルは例のごとく店先に用意されたベンチ。きっと似たような客が多いのだろう、店の配慮に頭が下がる。
食後の胃を休めながら ボーッ と街行く人を眺めていると、一人の可愛い女の子に目が止まる。
歩く姿を目で追っていれば、視線に気付き笑顔で手を振ってくれるので俺もそれに笑顔で答えて手を振り返してみる。
「今の子可愛いな。そう言えばアルってどんな女が好みなんだ?」
熱心に魔晶石を握るアル 、「あぁ?」と少し不機嫌そうに答えたにも関わらず、街行くお姉さんを物色し始める。
「あんな感じだな、あそこの赤色の服着た背の低いヤツ」
バレないように顎で指すのは、綺麗と言うよりは可愛い系の細身で胸の大きな娘だった。
「おっぱいにこだわり有り?」
「まぁでかい方が好きだが、別にどっちでもいいな。真っ平らはちょっと悲しいがな、それでも好きになった女ならなんでも構わんよ。 そういうお前はどうなんだよ」
んんっ、俺?どうなんだろう……人に聞いといてアレだけどあんまり考えたことなかったな。
行き交う人の中、若い女の子を探してみるが可愛いなと思う子は沢山いるけど、その子が好みなのかと言われたらそうでもない?俺の好みってなんだ?
「胸はでかいの?ちっさいの?」
「ん〜どっちでもいいけど大きい方がいいかな」
「背は高いの?低いの?」
「ん〜デカ過ぎなければなんでもいいよ」
「スタイルはスレンダー?ぽっちゃり?」
「ん〜細い方がいいけど太すぎなければいいよ」
「はぁ……顔は?綺麗系?可愛い系?」
「どちらかと言えば可愛い系かな、どっちでもいいよ」
「お前さぁ、女に興味あるのか?それともストライクゾーンが広すぎんのか?」
「んなこと知らねぇよっ」
好きになったらそれが好み、でいいのかな?こういう娘じゃないと駄目!とかは全然無いんだな、俺。
物思いに耽っていれば背後から伸びてくる手、勢い良く抱きつくと白い耳を揺らした美少女の顔がすぐ横に生えてくる。
「びっくりした?ねぇねぇ、びっくりしたでしょ?」
満面の笑みで俺を見るエレナ、コイツってこういう自然な行動得意だよな。何も考えてない、そのとき自分のやりたいと思った事をやる。でもそれは嫌味がなく、心地良いとさえ感じる。
「お前はほんと可愛いよな」
呟きと一緒に頭をわしわし撫でてやる。だがせっかく褒めてやったというのに喜ぶどころか、驚きをあわらに一歩退き、目を丸くしたまま口元に手を当ててやがる。
「どっ、どうしたんですか!?レイさんがそんな事言うなんて……そう、とうとう私の愛に気が付いたのねっ!私の愛を受け入れる気になったのね!!
じゃあっ、ほら、はいっ、まず!熱い口付けをぶちゅっと、ほらっ、ぶちゅぅぅぅっと!あっ、いはいよれいひゃん、ほっへつはふとしゃへれはいっては!
もぉっ!いくら可愛いからってほっぺ摘まないでくださいよぉ。そんな愛着表現よりもぉ、ん〜っ」
背後から身を乗り出して目を瞑り尖らせた口を近付けてくるので、そのまま前へと引きずり出してやる。
「わわわわわっ、きゃっ!」
華麗に決まった空中前転、お尻での着地は見事なもので最初からそこに座っていたかのようにブレがない──って、尻から落ちれば当たり前か。
「いったーーいっ!お尻っ、お尻がぁぁぁぁぁっ……レイさんの馬鹿ぁ!」
不貞腐れたらしくそのまま俺の足の間に陣取り、余計な肉のない長い足を投げ出して座り込んだ……俺が悪かったから人前で膝を ガシガシ 噛むのはやめてくれ、恥ずかしい。
翌日、昼飯を終えた足でシャーロットさんの家にお邪魔すると見知らぬ老人が居た。シャーロットさんと同じで背が低く子供みたいな身長、その人は俺達を見ると孫を見るような優しい感じで目を細める。
「ルミア嬢のお気に入りというからどんな子かと思ったが、なかなかに可愛い子達だのぉ」
「彼はヴィクシス、腕の良い細工師よ。今日はリリィの剣の細工をしてもらおうと思って呼んだの。そうね……兎の子、昨日先生から貰った指輪をちょっとだけ貸してくれる?大丈夫よ、ちゃんと返すわ。そこに座って頂戴」
ルミアに貰った指輪を受け取ると身を乗り出してエレナを観察することしばし、座り直したかと思えば指輪を手のひらの上に置いて集中を始める。
「よく見ておきなさい」
シャーロットさんの言葉通り指輪へと注目が集まる中、薄い茶色の光が指輪を包む。少しすれば模様のようなモノが浮かび上がり、そうかと思えば光が収まる。
そこにあったのはまるで別物の指輪。丁寧に造られてはいたものの、ただの味気ない金属の輪だったモノが、細い蔦を編み込んだとても金属で出来ているとは思えない精巧な姿へと変貌を遂げている。嵌め込まれていた三つの石に絡みつくようなデザイン、人工的な印象の指輪から自然的なモノに変わることにより、自由気ままな性格のエレナにお似合いの物になったと思う。
「わぁ可愛いですっ!ありがとぅおじぃちゃんっ」
嵌め直し、手をかざして見る新たな指輪に満面の笑みを浮かべると、相当気に入ったらしく喜びのあまりヴィクシスさんへと飛びついた。
「ほっほっほっ、気に入ってもらえて良かったよ。儂は細工師として生活をする為に物に細工を施し売っておる。だがな、本当は今みたいに使う者の顔を見てその者に合った細工をしたいんじゃよ。
お嬢ちゃんは儂から見たら蔦だったのじゃ、蔦は自分の思うがままに手足を伸ばす。お嬢ちゃんも自由に、自分の好きなように生きなさい」
「分かったわ、ありがとう」
お礼のキスをほっぺに受けて驚きのあまり目を見開いたヴィクシスさんだったが、すぐに頬を緩ませ微笑んだ。
「こりゃまた嬉しいお礼を貰ってしまったのぉ。また何かあれば持ってきなさい、いつでもやってあげるからのぉ」
天井へと手をかざし、指輪を眺めながら クルクル と回り始めたエレナ。嬉しいのは分かったが、転ぶなよ?
「リリィ、貴方のはこれよ」
渡されたのは二本の細身のダガー、受け取り抜いてみせると今まで使っていたものと違いが無いように思えるが、強いて言えば少しばかり短めだ。
「あと五センチ長かったら良かったのに」
少し離れた安全な場所で何度か振って感触を確かめたリリィ、その横までトコトコと行くと「貸して」とダガーを受け取ったシャーロットさんは刀身に手をかざして目を閉じた。
するとヴィクシスさんが見せたように茶色の光がダガーを包み込む。 撫でるような手の動きに合わせて長さを伸ばした剣身。目を丸くして見つめる俺達を他所に「これくらい?」とダガーを返す。
空いた口が塞がらず固まるリリィにダガーを持たせると、もう一本も奪い取り同じように長さを調節するが、まだリリィの意識が帰って来ない。「何の遊び?」と不思議そうに首を傾けながら調整の終わったダガーを差し出すシャーロットさん。
「今の何?どうして長くなったんだ?」
酸っぱいモノでも食べたかのように口を尖らせこちらを見るので、聞いちゃダメな事だったのかと口にした事を少しばかり後悔したのだが、予想だにしない言葉が返ってくる。
「シャロって呼んでくれたら教えてあげる」
そこっ、こだわるとこ!?
「シ、シャロ……教えて」
「あれが私の鍛冶スタイルなのよ。まぁ平たく言うとね、土属性の魔法よ」
ニコッと笑顔になると「それはね」と指を立てて教えてくれたのだが、一般的に知られる土魔法とあまりにかけ離れ過ぎててユリ姉ですら驚く中、得意げに話しを続ける。
「一般的な土魔法って畑を耕したり、大規模なもので川の流れを変えたりと、主に地形の変化だよね?つまり大地に変化を与える魔法なのよね。土もそうだけど石もそう、鉱物だって同じだわ。
剣って基本、鉄で出来てるよね?つまり鉱物なのよ、変化させられる。ただ火や水みたいに魔力から産み出したり量を増やしたりすることは私には出来ないけどね……それで長さはどうなの?」
思い出したかのように一通り振り回して満足するリリィ。
「いいわね」
ヴィクシスさんの前に座ると机にダガーを置いて頬杖を突き、ジトッとした目で彼を見据える。
「私はキスなんてしないわよ?」
「ほっほっほっ、それは残念じゃのぉ」
朗らかに笑いながらもしばらくの見つめ合いを終えると、ポケットから小さな宝石をいくつも取り出しダガーの横に置いて魔力を込め始める。
茶色の光に包まれるダガーと宝石、シャロの話しからすればコレも土魔法なのだろう。
浮かび上がった宝石達がダガーの各所に降りたつと、簡素だった鍔の形が変化して儀礼用と言って良いほどの キラキラ とした綺麗な様相になる。滑らかな曲線に合わせた細やかな模様、そこに色を足す細かな宝石、柄頭には少し大きめの紅い石が埋め込まれ腰に差しているだけで見栄えが良さそうだ。
「こんな感じでどうじゃろか?お嬢ちゃんの薔薇のような美しさと華やかさを形にしてみたよ。気に入ってもらえるかな?」
手に取り全貌を確かめるとヴィクシスさんへと視線を戻す。
「いいじゃない、気に入ったわ。でもチュウはしないわよ」
「そうなのかい?頑張ったんだがのぉ、残念じゃ。まぁ、ワシはお嬢ちゃんが気に入ってくれればそれでえぇ」
ニコニコと微笑むヴィクシスさん、言葉とは裏腹にちっとも残念そうではない。孫に喜んでもらえて満足みたいな感じなのかな?良いおじいちゃんだ。
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