42.お遊戯会

 一メートル程の小さめの水蛇を操り、四人を相手に奮闘するモニカ。潰されても潰されても次から次へと新しい水蛇を生み出し攻撃を続けるが、手数ならリリィだって負けてはいない。


「こんなろぉっ!」


 デルゥシュヴェルトを三枚も使い水蛇を一匹ずつ確実に潰しながら、更にリリィ自身の両手に握られた二つのダガーに風を纏わせ他の水蛇を切り裂く。

 こうして見ていると四人の中ではやはりリリィが一番強いように感じる。結界魔法メジナキアという汎用性に優れた魔法に加え、あまり使いはしないが火水風の魔法もお手の物。剣速の早い二本の長めのダガーを自由自在に使いこなす姿に隙は見当たらない。


 次は冒険者歴から言ってもアルだ。向かい来る水蛇を一撃で霧散させるパワーと的確な剣捌きは一般冒険者の追随を許さず、見ていて気持ちの良いほど。しかし減ってもすぐ増える水蛇に翻弄されモニカに近付くことが出来ないでいる。

 ヤツはパワーファイターなので複数の敵をちまちまと片付けるのはどちらかと言うと不得意だ。それでも戦いともなればそんな事は言っていられないので、もう少し小手先の技術や魔法の方にも力を入れればもっと良くなるのになぁと他人事のように観察しておく。


 エレナは帰ってきた時に戦った通りまだまだ未熟ではあるものの、よく二ヶ月足らずの間にあれだけの技量を手に入れたものだと逆に褒めてやりたくなる思いだ。

 風の魔法とも上手く馴染んでおり、白い耳を靡かせて空中を飛び回り、同じく空中を飛び回る水蛇に合わせて変幻自在な攻撃を繰り出す姿は見ていて華麗だと見惚れるほどだ。


 一方ティナも冒険者ランクBと豪語するだけの事はあり、火と風の二属性同時の身体強化が施されている。自分の技量が正確に分かっているようで、複数の水蛇を一度に相手にすることなく立ち位置を考えながら身軽に移動し、一匹ずつ確実に消し去っている。

 冒険者としては既に上級と言っても良いくらいの腕前はあるものの、攻撃力という点においては今一つ飛び抜けたところが無いので苦労している感じだ。


 それにしてもモニカだ。水蛇だけでこの四人相手に一人でこれ程までに立ち回れるとは我が妻ながら末恐ろしい。これでほぼ水魔法しか使っていないというのだから、他属性を織り交ぜた時どうなるのか想像もつかない。


 だが、現段階では年季の差もあってリリィに軍配が挙がるようだ。加減をしなければ確実にリリィの方が強い。それほどまでに彼女の得意とする結界魔法メジナキアは攻守共に優れた魔法なのだ。

 手数で推し進め、徐々にモニカに迫るリリィ。そうだなぁ、モニカも水蛇以外にも攻撃の方法があると良いなと、今後の課題を見出したところでみんなの観察を止めた。




 リリィの双剣が水蛇を霧散させると、次なる水蛇が立ちはだかりモニカへの道を塞ぐ。だがそんな事は想定済みとばかりに三枚のデルゥシュヴェルトが水蛇を押し潰したところに俺が滑り込む。


「ちょっ!?」


 驚いた顔で二本のダガーを交差させ白結氣を受け止めたリリィの顔に『そんな顔するなよ』と豆粒程の小さな水玉をぶつけてやった。


「一対四とは少しばかりズルくねぇか?俺も混ぜてくれよ。行くぞモニカっ」

「まっかせて〜っ」


 長い白結氣を振り回せばダガーとデルゥシュヴェルトとを巧みに使い俺と水蛇との同時攻撃にも対応して見せる姿に「やるなぁ」と思わず呟きが漏れる。それに対して口の端を吊り上げ応えるリリィ、病み上がりだからと少し手を抜いてみたがもう少しキツ目に行きますか。


「なっ!?」


 サマンサに流し込まれた魔力の影響で昂ぶる俺の火の魔力。火の身体強化を強め、護りに入ったデルゥシュヴェルトへと白結氣を叩きつけた。

 するとガラスが割れるような甲高い音を立てて砕け散る透明な板。途端にその欠片は薄くなり地面に着く前に消えてなくなってしまう。


 唖然とするリリィに容赦なく白結氣を振り下ろすが、そこは流石リリィ。すぐにやるべき事を見出すとダガーを当てて軌道を逸らし、間髪入れずに別のデルゥシュヴェルトを飛ばしてくる。

 だが、少々気合いを込めて白結氣を叩き込めば、先程の再現とばかりに残り二枚のデルゥシュヴェルトも音を立てて割れてしまった。


 だがその隙に距離を取ったリリィは新しいデルゥシュヴェルトを用意している。むぅ、流石だな。


 さっきのより硬いんだろうなと身体強化を更に強めると勝負とばかりにリリィへ飛び込む。すると三枚を重ねて結界魔法メジナキア本来の使い方だろう身を護る盾としてしてくるが、それこそ望むところだ!


「うぉぉっ!」


 透明な板の向こうに見える口を横一文字に噤んだリリィ、その顔は真剣そのもの。そんなモノを目にすれば飛躍的に強くなった今の俺を見せたくなり、白結氣を握る手により一層の力が篭る。


 大上段からの渾身の振り下ろし、手に伝わるは半端なく硬い物に弾かれる反動。しかしその衝撃は三枚のデルゥシュヴェルトにも伝わり、三枚が三枚とも勢いよくヒビを走らせたかと思えば間髪入れずに砕け散る。


「うそ……」


 更に踏み込みリリィへ接近すれば目を見開き驚いた表情浮かべながらも俺に対応すべく双剣が動き始めたのが目に入る。白結氣を手放しその両手を握ってダガーを封じると、勢いそのままに顔を寄せて口付けをした。


「はい、お前の負けぇ」


 すぐに離れれば顔を赤く染めて固まるリリィ。ちょっと悪戯が過ぎたかもしれないがそこはご愛嬌、地面に刺さる白結氣を握ると今度はアルの元に向かった。



 五匹に増えた水蛇に翻弄されあからさまな苛立ちを見せていたアル。奴には身体強化を教えてもらった借りがあるので仕方なく対処法の一つを教えてやる事にした。


「あ、ちょっと、お兄ちゃん!?」


 俺の接近に気が付いたところで白結氣に風を纏わせると、うちわ・・・のような形に平たく展開させて三匹の水蛇を纏めて押し潰してやった。モニカからの文句が聞こえてくるが最終的に俺達が勝てば問題ない……でも後で謝るとしよう。


 状況を理解出来ず驚くアルにベーッと舌を出してやる。そこでようやく意図が分かったらしく握っていたセドニキスの剣が赤から緑に変わると、襲いかかった残りの二匹を俺の真似をして平たく展開した風魔法で消し飛ばして見せた。


「やれば出来るじゃねぇか、お前の得意な一対一と行こうかっ!」

「ハッ!ちょっと出来るようになったからって調子コクんじゃねぇよ!!」


 再び赤く染まったアルの剣が俺へと向けられ風を纏ってすごい速さで迫って来る。二属性の付与に加えて二属性の身体強化、そこいらの冒険者じゃちょっと真似出来ない芸当でも剣聖の弟子である俺達ならば至極当然の技術。



──だがそれくらいでは俺は倒せないぞ?



 剣を受け止めた瞬間、背筋を走る嫌な予感。咄嗟にこの間閃いた氷の壁を展開した。

 すると透明な氷越しに見えたのは、受け止めたはずのアルの剣から炎だけが白結氣をすり抜け氷の壁を焼いているではないか!


「てめぇ!殺す気かっ!!」

「はっ!ついでに死んどけ!」


 何の恨みかは分からんかったが、喧嘩を売られた以上黙っているなどあり得ない。


「お前が死ねよっ!」


 白結氣を振り上げるとアルの剣と打つかり激しい金属音が鳴り響く。そのまま怒りに任せて何度も打ち合えば多少なりとも鬱憤は晴れて一旦距離を取る。

 危うく虚無の魔力ニヒリティ・シーラまで使うところだったが、流石にそれをすると本気でアルが死ぬ……と言うか消えて無くなる。怒りはしたがキレるまでは行かなかった事に感謝してもらいたいものだ。


 じゃあ逆に覚えたての光魔法なんてどうだろうと、ちょっと冷えてきた頭での閃きを早速形にする。

 白結氣に光の魔力を纏わせれば、これまた綺麗に輝いてくれる。そこまで眩しくはないのに力強い輝き、濃い光のオーラを纏っていると言ったらいいだろうか。


「綺麗ですねぇ」

「本当だね〜」


 エレナとモニカののほほんとした声が聞こえてきたが、そっちの戦いは終わったのかい?


 これをどうしようかと少し考え、水弾のように光の玉でも打ち出すことにイメージを固め、アルに向けて白結氣を振る。

 するとイメージ通り、纏う光の一部が水滴が滴るかのように小さな雫となって切り離されたかと思いきや、一瞬の後には剣を正面にかざしたアルが『演技?』と疑問に思うほど派手に弾かれ吹っ飛んで行く。


「「アル!?」」


「あ、死んだか?」


 目を見開くサマンサとクロエさんを他所に希望的観測が思わず口から溢れ出たのだが、目はちゃんとアルの動きを捉えたままで残念ながら生きていることを確認してはいた。


「糞野郎!本気で殺すつもりだったなっ!!」

「わりぃわりぃ、何せ思いつきで初めてやったからさ。ついでに死ねば良かったのに」

「おおぉおぉいっ!!!!」


 尻餅を突きながら怒るアルなど放っておき白結氣に目をやれば、まだ光の魔力が刀身に纏わりついている。

 物は試しにと近くにある木に切っ先を向けてイメージを膨らませば、視界に留めるのも難しい速度で駆け抜けた一筋の光。一メートル近い太い幹にはぽっかりと風穴が空いていた。


 近くに寄って観察すれば、よく斬れるナイフでくり抜いたかのような綺麗な切り口。空洞と化した木の内部はささくれ立ちの全く無い造られた家具のように滑らかな壁面となっており、凄まじいばかりの威力に大いに驚かされてしまった。


 アルがよく生きてたなと顔を向けると、訝しげな表情でコッチを見ているのでニコッと笑ってやる。「てめぇっ!何か言うことないのか!」とか聞こえたがシレッと無視してやった。


 大体、アルが先にやってきたんだし、大丈夫。サラ様に頼めばアルの一人や二人や三人、復活出来るって、と勝手な言い訳をしておいた。



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