48.こんなはずじゃ……

 飛んで来る火弾を奪い取る為の火の魔力。


 空を飛ぶのに加え、アリサの重力魔法により重い身体を無理矢理動かす為の風の魔力。


 万が一の為にと準備してある防御の為の水の魔力。


 更に、身体強化に使っている火竜の魔力を制御する為に割いている魔力まで含めれば、魔法を使用する為の精神容量はいっぱいいっぱいだ。


 若干の目眩すら感じながらも、強制労働を強いる身体に引き続きパンクしそうな程にフル回転している脳に鞭を打てば、ブレスレットから流れ込む茶色い魔力が俺のイメージを具現化してくれる。


「あらあら??」


 センスの問題が大きいようにも思えるが、許容量オーバーな上にぶっつけ本番だった事も影響してアリサのようにカッコ良くとはいかず、空中に浮かび上がったのは何の変哲もないたただの棒切れだった。


 だが、見てくれは頼りなくとも流石は地竜の魔力から造られし茶色の棒。宙を切る黒剣を迎え撃てば、鈍い音を立てて黒い剣身がいとも簡単に二つに分かれて塵と成り果てる。


「はぁ……まいっちゃうわね。まだそんな力が残ってるの?」


 赤い紅の引かれた艶やかな唇の端に人差し指を当てたアリサは、言葉とは裏腹に余裕の笑みを崩さない。


 だが、変化した事もある。


 壊しても壊してもすぐに再生され、常に十本を維持してきた黒剣の数が九本に減ったままなのだ。



──チャンス……なのか?



 火弾すら無くなった空中でこれ幸いと、新しい黒剣が造られる前に数を減らしにかかる。


 飛び回る黒剣は九本に数を減らそうとも相も変わらず高速で動いている。


 しかし、土竜の魔力から生まれた棒切れが思いのほか強靭だった事と、黒剣に対抗し得る手数が増えたのが幸いしたのだろう。

 朔羅が弾いた黒剣を間髪入れずに横から棒切れがぶっ叩けば、武器の弱点である剣身の腹に加えられた力により意図も簡単に折れてしまう。


 襲い来る黒剣を白結氣が弾けば棒切れが叩く、朔羅が弾けばまた棒切れが横から叩きに来る。


 右に左にと忙しそうに飛び回るただの棒切れの活躍により、ものの数秒で残り二本まで叩き折った。

 だが九本目の黒剣は朔羅に弾かれた直後に刃を返すと、反動を利用して八本の黒剣を塵に返した棒切れへと打ち込んで行く。


 残り一本というところで相打ちとなり、黒い塵と共に茶色の塵と化す。

 空へと溶け込んでいった地竜の魔力から造られた棒切れ。目覚ましい活躍に感謝しつつも後は二本の愛刀で何とかなるだろうと、自分の周りに張り巡らせた魔力探知で最後の一本を探すものの見付けることができなかった。



──は? 何で!?



 襲ってくる気配も感じられず、慌ててもう一度魔力探知で探るもののやはり見当たらない。

 焦燥感が背中を這い上がり、その場で グルグル と回転しながら気配なく襲い掛かるかも知れない黒剣を警戒したのだが、その実、俺の予感とはかけ離れたものだったとアリサへと視線を向けた後で気付く。




 笑みの消えた感情の乗らない顔で目を瞑る彼女はよく出来た彫刻のようで美しいとしか表現する言葉が無いほどに美しく、物語に出てくる眠り姫のようだと思える。


 上空からゆっくりと降りて来る最後まで残った一振りの黒剣。目を開く事もなくゆっくりと伸ばした左手で掴み取った次の瞬間、手放した林檎が落下するように、長い髪を逆立て地面へと吸い込まれて行く。



「アリサ!!!」



 思考が止まったのは一瞬。変わらず地面に引きずり寄せようと働く重力魔法に乗っかり自身の風魔法で更に加速しながら、大樹の影へと消えたアリサを追って急降下する。


 こんな場所には不釣り合いな赤いミュールを履いた白くて細い足が地面に激突する少し手前で落下の勢いが急激に弱まれば、不思議と開く事のなかったスカートの裾を飾る紫のレースが少しだけ フワリ と揺れたのが目に入る。


 無事降り立った事に ホッ としながらも俺自身は勢い余って彼女の一歩手前の地面に膝を突けば、顔を上げた時には眼前に黒剣の切先が突き付けられていた。


「チェックメイト。相手がわたくしで良かったわね。貴方……今ので死んでたわよ?

 せっかく空で勝てたのに、これでチャラね。退がりなさい」


 小さな溜息と共に下げられる黒剣。


 如何なる理由があろうとも、戦いの最中に隙を見せれば未来が無くなるのは当然の理。見逃してくれると言うならば素直に従うべきだと判断し、一足で十メートル程背後に飛ぶと気怠い身体を圧して戦う姿勢を取った。


「戦い始めてから今に至るまで、君からは殺気というものがまるで感じられない。口ではああ言ったが、本当は俺を殺す気なんて無いんじゃないのか?」


 四元帥の名は伊達では無いと言えるほどの嵐のような攻撃であったにも関わらず、戦う前から満身創痍であった俺がこうして無事に立っていられるのは、彼女が手心を加えていたとしか考えられない。


 絶えず十本もあった黒剣は俺の愛刀と違い、手という制約が無い為に全てが同時に攻撃に出るという選択肢もあったはずなのに、アリサは常に一本ずつしか打つけて来なかった。


 それに、未だ解除されていない重力魔法。これも多分、やろうと思えば身動きの取れない程の重圧をかける事も可能だと俺は踏んでいる。


「貴方がどう思おうと貴方の勝手。けど、それでわたくしの真実が変わる訳ではない事くらい理解出来るわよね?

 それだけの魔力を使い続けて平気な顔をしている貴方と違って、人には魔力の限界があるの。人間より優れた存在である魔族の中でも才気溢れるわたくしとて、あれだけの魔力を使えばしんどいのよ?」


 両手を広げて呆れた風体で吐いた溜息は本物だろうが、魔力が底をついた訳ではないだろう。


「貴方に壊された城の結界には魔法陣を敷いて尚、大量の魔力が必要だった。ボキボキと気安く折ってくれた黒剣も、一本作るのにどれだけの魔力を込めてると思ってるの?

 それに、貴方の力を削ぐ為の重力魔法アトラツィオーネだって、ずっと魔力を吸い続けているわ」


「重力魔法はどうだか知らないが、城の結界ってあの黒い六本柱のやつだろ?どんな強力な結界だって虚無の魔力の前じゃ無意味だって知ってるはずだ。それに黒剣だって……」


「レイ、わたくしが貴方を殺すと言った以上負けるという選択肢は存在しないわ。想像だけでモノを言うのも良いけど、それはお友達とやってもらえるかしら?

 王族であるわたくしがわざわざこんな所に出向いている以上、暇を持て余してる訳では無くってよ?時間稼ぎの御託は良いから、さっさとかかってらっしゃい」


 細い眉を寄せて少しばかり目を細めると、左手の黒剣を俺に向けて絵になるようなポーズで構えを取った。


「剣で俺に勝てるとでも?」


「何度も言わせないで、勝てる見込みがあるからこうしてるのよ?

 それとも、何?わたくしが勝てる要素を並べて懇々と説明しなければ戦う事も出来ないような甘ちゃんなのかしら?」


 言葉では止まる気の無いアリサには戦って勝つしか道が無いのだろう。

 どんな策があるのかは知らないが、俺の得意とする分野で勝負を挑んで来た以上、俺とて負ける気はない。


「分かった……じゃあ、行くよっ」


 重力魔法により枷をかけられたまま、ほぼほぼ限界の身体がどうにかでも動く内にと愛刀を構えてアリサへと飛び掛かる。


「!?」


 二人の間など離れていないに等しい距離。

動き出した瞬間に目標である黒剣目掛けて宙を滑り始めた白結氣だったが、突如、反対の手に握られた朔羅が何者かに引っ張られた感覚を覚えた瞬間、身体のバランスが崩れて込められた力が霧散してしまう。



「くぅっ……」



 一流の剣士並に鋭く突き出された黒剣を白結氣で逸らすのが精一杯。


「はぁぁっ、たぁっ!」


 直ぐに来る第二撃を受けようと立てた朔羅が黒剣と打つかり合う寸前、まだ当たってもいない朔羅が黒剣に弾かれたかのように俺の意に反して反対方向へと動き始めれば、その後押しをするように金属の手応えが伝わってくる。


「え?」


 そんな状況で黒剣に打ち勝てる筈もなく、弾かれた朔羅を利用して身体を捻り反対の手に握る白結氣を振ろうとしたのだが、先程まで感じていたより更に重くなった愛刀が地面にキスをしたいと我儘をぬかして言う事を聞いてくれない。


「せいっ!」


 水平に振られた黒剣に合わせて重い白結氣を中心に一回転し、遠心力も利用して朔羅を打つけようと試みるものの、四分の三ほど回転したところで肝心の白結氣が急に軽くなり軸がブレてしまった。



「ふ、くっ!」



 バランスを崩しながらもなんとか身体を回して黒剣へと朔羅を合わせるが、力の篭っていない刃など無いに等しく、簡単に弾かれてしまい益々バランスが崩れゆく。


「!!!」


 すぐさま右足を踏ん張り体勢を整えようとするものの、その時には既に間近に迫る黒い剣身。達人ですら考えられない速さの手返しに目を丸くしたが、惚けている時間などあるはずもない。



「くぅぅっ」



 無我夢中で軽くなった白結氣を振れば、黒剣と打つかり合う寸前、今度は身体ごと持っていかれる勢いで吸い寄せられる感覚。白結氣が更に加速した直後、痺れすら感じる強烈な感触が伝わって来る。


「うわぁぁっ!」


 激しい金属音を上げて折れるアリサの黒剣。


 次の瞬間、弾かれた反動で切先を翻し、先程より更に速い、常識では考えられない様な猛烈な勢いで背後に飛んで行こうとする白結氣を必死になって握り締めれば、身体ごと引っ張られて宙を舞う羽目となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る