47.重力魔法

 見えない程速いわけでもなければ、防ぎ切れない程に重いわけでもない。

 だが、大した考えも無いまま、ちっぽけな見栄だけの為に空へと上がったのは些か軽率過ぎた。


 大森林が大森林たるべく生え揃う高い木の更に上。縦横無尽に宙を舞う十の黒剣、その内の一つが俺の股を裂こうと真下から斬り上がって来る。

 地に足を着けていれば無かった攻撃に舌打ちしながらも纏った風の魔力を操り身体の向きを変えて朔羅で弾くが、一瞬の後には次に迫る剣の気配を背後に感じる。


「クッ……」


 振り向き様に白結氣を伸ばせば体力をすり減らしたボロボロの身体へと振動が響き、そこかしこから悲鳴が聞こえてくる。

 だが残念な事に、もう一踏ん張りしてもらわなくては今までの頑張りが水の泡と化してしまうので、今、歩みを止める訳にはいかない。


 更に言えば良くない事は重なるもので、微弱に調整しているとはいえ既に火竜の魔力も使い続けている俺には “奥の手” と言えるカードも二つしか残ってない。



「諦めて大人しく帰ると言うのなら見逃してあげてもよろしくてよ?」


 好転しない状況に追い討ちをかけるように反抗心に火をつけられ、苛立ちを載せて朔羅を振れば黒剣の一つが真っ二つに折れた。

 斬り裂かれた箇所から塵に変わり風に流され消えて無くなるアリサの剣。何処から取り出したのかと不思議には思ったが、彼女の操る黒剣は土魔法で造られた簡易的な物のようだ。


「あら? 頑張るじゃない」


 そうと分かればと手にする愛刀に風の魔力を纏わせ二本目を塵に還すが、その直後を狙って飛んで来ていた小さな火魔力の塊に気付く。

 当然のように白結氣で斬り裂けば、その小ささからは想像も出来ないほどの爆炎が拡がり視界を塞いだ。


「くっ……」


 時間を置くことなく、それを突き抜け生える黒い剣。

 風を纏った朔羅がそれをへし折れば、また火魔法が撃ち込まれており、火魔法を斬れば炎の中から黒剣が襲いかかる。間髪入れずに迫る火魔法と黒剣、来るものを捌く事にしか手が回らず空中でクルクルと方向を変えるのみでアリサに近付く事すら出来ていない。


「アゼルに言った言葉は嘘だったのか!?」


 苦し紛れに言葉を投げかけるものの、優位にあるアリサの表情が崩れる事はなかった。


「わたくしの……信じるモノの話かしら?

何も変わってなどいないわ、わたくしはわたくしの感じた運命に従うだけよ」


 だが変化が無かった訳ではない。


 それ以上言葉を交わしたくないという意思表示なのか、火魔法と黒剣の動きがワンテンポ以上速さを増し俺の身体が更なる悲鳴を上げ始める。

 これ以上は持たないと、なけなしの切り札を使う事を決断し、黒剣を叩き折った直後に飛んで来た火魔法を “乗っ取り” 自分の魔法とすると、あらぬ方向へと投げ捨てた。


「あらあら?」


 ルミアの封印が解けてからというもの、魔力の底が見えないという人並外れた身体へと進化した俺の強みの一つ。実際のところはどうだか分からないが、無尽蔵の魔力と人の魔法を奪い取る特技があれば、魔法の得意な相手には無敵だと言えよう。



 速過ぎて手が足りないほどの黒剣と火魔法の波状攻撃も、その一方を無力化すればかなり楽になる。


「そんな事が出来るのね。すごいすごい」


 その事に気付いたアリサだったが、吐き出した言葉とは裏腹に大して感情が篭っていなかった。

 隠していた奥の手を見せたのでもう少し驚いて欲しかったというのが本音なのだが、彼女が友好的ではない以上文句を言う事も出来やしない。


「じゃあ、これはどうかしら?」


 無駄だと分かりながらも勢いの衰えない火魔法を乗っ取り、何度砕いても次から次へと襲いかかる黒剣を処理ながらようやく前進し始めた時だ。


「ふっ!くぅっ……こ、これは、あの時の!?」


 街のカフェで雑談でもしているかの如く柔らかく微笑むアリサの手が向けられた次の瞬間、鉄の塊でも背負わされたような感覚が全身にのし掛かかり、三十メートル下の地面へと吸い寄せられる。


「くっ……このぉっ!!」


 襲いかかる黒剣へと振るう腕も水中にいるかのように思うような速さでは動かず、全身に纏う風の魔力を強めて姿勢を維持しながらどうにか退けはしたものの服を掠めて行く始末……。


「そう、それこそがエードルンド家に伝わる特別な魔法、わたくしがもっとも得意とする《重力魔法アトラツィオーネ》よ。

 単純な効果ではあるけれど、誰に対してもそれなりの効果を発揮するわ。貴方は二度目だけれど、その威力、じっくりと味わいなさい」



 重さを意識した事などなかった……と言えば多少の語弊があるかも知れない。


 俺が知る中で重量を殆ど感じないような羽のように軽い剣と言えば〈セドニキス〉という透明な金属で出来たアルの愛剣だ。

 更に、同じ素材で造られたアレクの持つ二本のグラディウスは剣身が短い上に純度が極めて高いからか、持っているのを自分自身で疑いたくなるほどしか重さを感じなかったのは衝撃的だった。


 その一方、柄糸を始め鍔もそうなのだが、刀身までもが黒に統一された俺の愛刀 〈朔羅さくら〉はと言うと、他所様の刀剣に比べたらかなり軽い方ではあるものの所詮は金属の塊。セドニキス同様、特殊な金属で出来ているとはいえそれなりに重量はある。


 朔羅とは対象的に柄糸と鍔の白い〈白結氣しらゆき〉は、抜くのにもコツがいるような長い刀身が特徴的な太刀に分類される刀であるが為に一般的な刀剣よりは重さを感じるのだが、戦っている最中に気になる事などあろうはずもない。



──だが今、振るっている二本の愛刀の重いこと、重いこと……



 ただでさえ思うように動かなくなってしまった身体へと両手に握る刀の重さがずっしりとのし掛かり、前後、左右、上下と縦横無尽に襲いかかる黒剣への対処が徐々に遅れていく。



「くそっ……はぁぁぁっ!!」


──そう、アリサの扱う重力魔法の威力は絶大だった



 限界だと叫び続ける身体に左手のブレスレットから引き出す火竜の魔力を強めて動かぬ身体を無理矢理動かし、見えない糸でも付いているかのように地面へ引き寄せられていく愛刀と身体に普段からは考えられない程の大量の風の魔力を纏わせ、彼女のいる大森林フェルニア上空にどうにかこうにか留まっている。


 容赦無い黒剣の襲撃に身体を回転させ、腕を鞭のように振るって弾き返すのが精一杯。先程までのように砕く事など到底無理な話だ。


 その隙間を縫い、叩き込まれる小さな火弾も奪い取っては投げ捨てる作業まで無理強いされれば、魔力は尽きなくとも、何も出来ないまま身体の方が限界を迎えるのは時間の問題だろう。



「そんなに頑張らなくても、下に降りればもっと楽に戦えるのではなくって?」



 暖かな午後の陽を浴びながら吹き抜ける微風に薄紫の長い髪を靡かせたアリサは、戦いが始まってからも優しい笑みを絶やすことなく二十メートル先の空中に立っている。

 その微笑みが単に戦いを楽しんでいるだけなのか、それとも俺を殺すと言った彼女の目標が一押しすればいつでも叶うからなのかは分からないが、少なくとも後者ではない事を祈りたい。


 彼女の言う通り地面に降りれば、下からの攻撃が無くなるので楽にはなるかもしれない。



──だが、それだけだ



 攻撃を凌ぐだけでは負けは無いにしろ彼女を止めるという勝ちも無くなる。

 その後、二度と彼女の居る上空には戻って来られず、敗北を記するか撤退を余儀なくされる事だろう。


 もしかしたらそれこそが、感情も殺気もないままに “殺す” と告げた彼女の真の狙いなのかもしれないが “封印石のある場所” という決められた出会いの場は大森林フェルニアで三箇所目、俺達の求める封印石は三つしか存在せず、次の邂逅など無い可能性の方が高い。


「アリサがっ!」


 朔羅で弾き返した黒剣からの振動が身体へと響き、気を抜けば涙が出そうになるのを歯を食いしばって耐えた。


「攻撃を止めればっ!」


 白結氣を握る手に力を込めるだけで筋肉の繊維が ブチブチ と音を立てて千切れるのが耳へと伝わって来るのだが、そんなものにかまっている暇などは無く、背後から斬り掛かってきた黒剣を弾き飛ばした。


「楽になるよっ!!」


 三つ一編に飛んで来ていた火弾を奪い取ると森に被害が出ないように空の彼方へと放り投げたが、またすぐ次の黒剣が視界に入って来ている。


「ふふふっ、それもそうね……けど、そんな甘えでわたくしに勝てても、この先で貴方の障害となる他の四元帥達を退けられるかしら?

 あぁもしかして、その布石として、貴方の盾とする為にわたくしを欲したのかしら?」



「ちがぁぁぁうっっ!!!!」



 苛立ちを載せて朔羅を振れば、思った以上に力が篭っていたようで、久方ぶりに黒剣が真っ二つに折れて消えゆく。

 その代償として右腕から響く痛みに奥歯を噛み締めると、状況を打破すべく左手のブレスレットに更なる力を寄越せと働きかけた。



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