5.命名、森の調査大作戦
ギルドマスターの執務室でお茶と共にペレットさんが用意してくれた焼き菓子を頬張る……ちょうど小腹が空いてたんだ。しかもちょっと良い物なのかメチャ美味い。結構たくさんあったのだが、三人でパクパク食べたらあっという間に無くなっていた。
アルとウィリックさんは呆れ顔でお茶を飲んでおり、俺達が手を止めるのを黙って待っていた。
「お気に召して何よりだよ。それにしても、さっきは災難だったね」
と、話を切り出して来たので程よく満たされたお腹と心をお茶で潤しながら話を聞くことにする。
「ああいうのがいままで居なかったのが奇跡なんじゃないですか?冒険者なんて荒くれ者ばっかりなんでしょう?ウィリックさんが来てくれて助かりましたよ。もう少し遅かったらぶっ飛ばしてました」
コクコクと頷く俺の両隣の女性二人を尻目にウィリックさんが苦い笑顔を向けて来る。だって仕方ないじゃない?こっちから吹っかけることはまず無いけど、流石に喧嘩を売られて黙っている程お人好しではない。
「彼はアーロルフ・ルベルクスと言ってね、最近この町に来たんだが……貴族の三男坊でね。家督の可能性が低いから冒険者になったみたいでさ。それはまぁそこそこよくある話なんだけどね、ほら、貴族さん達って常識が異なるから扱いが難しいんだよねぇ」
ギルドマスターも色々大変みたいだ。知らない仲でもないので愚痴くらいなら聞いてあげてもいいけど、たぶん言えない事もたくさんあるんだろうな。
「まぁ、それはさておき一つ、依頼を受けて欲しくて丁度信頼出来るパーティーを探していんだ。渡りに船って所だね」
ウィリックさんが本題に入る為に真面目な顔付きになったので、俺達もお茶のカップを置くと聞く姿勢を正す。信頼性を求めるってことは厄介ごとかな?
「そんなに気張らなくてもいいよ、君達にとってはそんなに難しい仕事じゃないから。ちょっと森の調査をして来て欲しいんだ。
と言うのはね、ここ半年間のモンスターや害獣の討伐状況、目撃情報からすると、森に何かしらの変化が起きている可能性があるんだよ。だから森の生態系をね、調べて来て欲しいんだ。結構な範囲になるからそれなりに時間がかかるだろうし、何より森の奥にまで入るんだ。極力、事故が起こりにくい人を選ばないとね」
森の異変……か。この間リリィがたまたま見つけたドードー鶏も、もしかしたらそれと関係あるのかな?そう思うと気になってきた。師匠の家や、俺達の故郷の村も無関係でないのだとしたら、調べて見たほうが安心できるな。
「分かりました、その依頼引き受けます。出発は明日でいいですか?」
「ありがとう、お願いするよ。調査日程はまかせるけど早い方が嬉しいね。君達が調査する範囲はここら辺ね。出来る限りで構わないからなるべく森の奥の方も調べてくれると助かるけど、くれぐれも無理だけはしないでくれよ?まだまだ僕の為に働いてもらいたいからね」
悪戯っぽく言うが半分以上本気だろう。「気が向いたらねっ!」と心の中で言いつつ手渡された地図を四人で確認する。
「ここが今居るベルカイムだよね?」
リリィが指差す場所は広大な森の真ん中付近の一部分を少しだけ切り開いた場所だ。北、西、南へと三本の街道が伸びており、その中で俺達の担当となるのは北へと向かう街道の右側、つまりベルカイムの北東部分の森だ。
「ココが北の町アングヒルだな。確かこの町までは馬車で六日だったから、森の端までは四日くらいか?」
「アル君、正解だよ。街道付近は一般の冒険者で調査出来るから君達はなるべく奥の方を頼みたい」
「結構広いわよぉ?手分けしてもぉ十日以上かかるねぇ。買い貯めしないとだわっ」
ユリ姉、顔がニヤついてるぞ。何を買うつもりだ……おやつは程々にしてくれよ?
「あと、これは僕個人のカンなんだけどね」
言葉を切り俺達を見回すウィリックさんの顔に真剣味が増した。
「ここに居るんじゃないかと思うんだよね」
「居る?」
「あぁ、何かしら強力な魔物が居るような気がしてならないんだよね。だから、さっきも言ったけど無理だけはしないでくれよ?万が一そんなのが居ても迷わず帰還してくれればいい。討伐より君達の命の方が何倍も大事だと肝に命じてくれ」
ウィリックさんは一枚の紙を取り出すとペンと共に俺に手渡す、仕事の受諾書だ。本来は受付でパーティーのリーダーが書くのだが、俺はお世辞にも字が綺麗ではないのでいつも通りリリィに丸投げする。
「それもリーダーの仕事だと思うんだけどなぁ」と、渋い顔でウィリックさんが言うので「そんな決まりは知らない」と何食わぬ顔をしておく。
リリィは『何故そんなに上手い?』と言いたくなるような綺麗な字で サラサラ と書類を埋めて行く。その様子を眺めていると仕事の出来る女っぽくてカッコいい。あっという間に書き終わりウィリックさんに渡すと、俺達のギルドカードと書類を持って部屋から出て行った。
「リリィの字っていつ見ても綺麗だよな。なんでそんなに上手いんだ?」
「そぉ?褒められるほど綺麗じゃないわ。レイが下手過ぎるだけじゃないの?」
「それは否定しないけど……リリィがいつも側に居るから俺が下手でもいいんだよ」
「私、一生レイのお守りなんて嫌よ?」
──ちょっと真顔で言われた。
リリィとアルと俺、三人は同じフォルテア村の出身で幼馴染、というか赤ン坊の頃からずっと一緒に育ってきた。今まで何でも一緒にやってきたたし、いつでも三人一緒だった。
今まで考えたことなかったけど、リリィもいつか好きになった男と結婚するんだよな。いつかは分からないけど、三人一緒では居られなくなる日もやって来る。
「ちょっとちょっとぉ。なんて顔してるのよぉ、今は仕事の話しでしょ?」
頬っぺを抓るユリ姉のお陰で変な思考が吹き飛ぶ。流石、頼りになりますお姉様。
「ごめんごめん、で?どうしようか?」
気持ちを切り替え地図を見れば、アルが指を指して自分の考えを聞けと俺達を見回す。
「二手に別れて調査し、森の中心に向かう前に合流しよう。レイとユリ姉は乗合馬車で街道を北に向かい、三日目の宿場から森に入ってまっすぐ東へと向かう。街道からなら四日で川まで着けるだろう。川に出たら川沿いを三日間南下する。
それで俺とリリィは二日ズラして出発する。一日目の宿場から同じく東に四日進み、川に出たら川沿いを北に三日進めば四人が合流出来るはずだから、合流したらそのまま森を西に突っ切って街道に戻る。こんなとこでどうだ?」
「良さそうね。私とアルは二日間ここで待機?」
「そうなるが、その間に買い出しして一旦戻らないか?師匠達に連絡も必要だろう」
「じゃあそれで行こうぜ」
「さんせぇ〜」
満場一致で作戦が決まった。これなら森の広範囲を万遍なく探れる。流石アルだぜ!
「でも俺はユリ姉がいるからいいけど、お前ら大丈夫か?」
「誰に言っている。普通に考えて一番強いのと、一番弱いのでペアだろ。これ以上の分け方はない」
お前馬鹿なのか?って聞こえた……この中で一番強いのは文句なしにユリ姉だ。じゃあアルの言った一番弱いのは……俺か!この野郎っ!
「誰が弱いって?あぁ?」
喧嘩を売ってきたアルを強く睨むと自分のコメカミに青筋が立つのが分かった。この間の決着も負けたわけではないのに、なんで俺がアルより弱いと言い切られなければならないのだ?勿論リリィにだって負けるつもりもない。
「お前しかいないだろ……普通に」
困った奴だなぁと両手を広げお手上げポーズをするアル。
「てめぇ……上等じゃないか。この間の決着、今ここで着けてやろうかっ!」
立ち上がり左手で刀の鞘を触りながらアルを見下ろせば、アルもゆっくり立ち上がる。
「負けずに済んでいたのにそれを蒸し返すとは愚かだな。昔の俺ならお前に勝てなかったさ、でも今は負けんよ。それくらいお前でも分かるだろう?」
静かに睨み返すアルの触る剣柄が一瞬だけパリッと稲妻を発する。
雷魔法を使えるようになったから俺には負けないだって?冗談じゃない!剣の腕なら俺の方が上なんだよっ!それくらいのハンデがあっても俺は勝つんだよ!!
「はいはい、二人共ぉ喧嘩は駄目でしょぅ〜?落ち着いて座りなさい」
俺達二人の間に座っているユリ姉が、パンと可愛く手を叩きながらにこやかな笑顔で言うが、頭に血が上り過ぎてしまい最早耳に入ってこない。
一触即発の状態で尚も睨み合う俺とアル。
「座りなさい」
聞いたこと無いくらい低くドスの効いた声、看過出来ずに視線を向ければ蜜柑色の髪が静電気で持ち上げられるかのようにフワリと浮き始めていた。肩、腕、全身にパリパリと稲妻を纏わせながら先ほどの笑顔でこっちを見てるユリ姉、アルの魔法とは桁違いの魔力だ。
「この間叱ってあげたの、もぉ忘れちゃたのかなぁ?」
二人同時に即座に座ると、背筋をシャキーンと伸ばしたまま固まった。顔にはダラダラと脂汗が噴き出てきて背中にも冷や汗が流れて行く。
ほどなくしてウィリックさんが戻ってきたが、扉を開けた瞬間に空気を察したようで苦笑いを浮かべた。
「今度は何したんだい?と、言うかね、僕が部屋に居なかったのって十分くらいだよね?それだけの短時間でコレって……君達もルベルクス氏と同類かい?」
皮肉を言われても身動ぎも出来ないくらい固まった俺とアル。隣でリリィが声を殺してクスクス笑っていた。
「仕事の方は頼むよ」とギルドカードを返されたのでユリ姉が笑顔でまとめて受け取るとそのまま執務室を退散したのだった。
▲▼▲▼
ギルドから出た俺達は早速二手に別れた。
アルとリリィは町に来たもう一つの目的である生活用品の買い出しをしてからギルドの仕事の事を師匠達に伝える為に一旦家に帰るのだ。
俺とユリ姉は乗合馬車の手配と、明日からの食料の調達だ。
「らっしゃい!」
二人で乗合馬車の受付を済まして雑貨屋に行くと、人の良さそうなおっちゃんが景気良く出迎えてくれる。
二週間分の水と日持ちする野菜類、乾燥野菜に乾燥肉、結構な量だが多めに買っておくと安心が出来る。お会計を済ませて魔導具である鞄にどんどん詰め込んだ。どんなに沢山入れても嵩張らないし重くもならないので遠出する冒険者には必須アイテムだな、クソ高いらしいが……魔導具様々である。
「兄ちゃん、良いもん持ってるね〜。あんな美人さん連れてるし、有名な冒険者なのかい?」
興味津々で俺と鞄を見てくる店のおっちゃん。美人さんだって〜ユリ姉、褒められたぜ?俺が褒められたんじゃ無いけど、俺が嬉しくなってしまった。
「いや、そうでもないよ。この鞄はたまたま縁があって譲って貰えただけなんだ。運が良かっただけだよ」
「そうなのかい?そんな良いもん貰える兄ちゃんの運に俺もあやかりたいねぇ。よっしゃ!これも何かの縁だ!また来てくれよっ」
商売人向きの人当たりの良さそうな爽やかな笑顔で干し肉のオマケをくれるおっちゃん。そんな顔されるとまた来たくなってしまう、商売上手だな。うん、また来よう。
で、飛びきり美人ユリ姉はというと……熱心にオヤツを物色してた。なんか買い物カゴ一杯に入ってるけど明日から同じ場所に行くはずなんだが……俺、目的地を勘違いしてるのかな?ちょっと不安になった。
「ユリ姉、どんなけ買うの?そんなに食べるの?」
「あれぇ?嫌いじゃないよねぇ?気分転換には良いのよぉ。余ったらぁ師匠達のお土産になるからいいのいいの」
確かにひたすら森の散歩だから気分転換は必要だな。流石ユリ姉、美人な上に出来る女だ。
オヤツの買い出し……じゃなかった、食料の調達が終わったところで宿に泊まるため手配をする。今日は二人っきりの甘い夜!にはならないが二人一室の宿泊だ。ただの経費削減だけど……。
部屋の手続きが終わってから、そのまま宿の食堂で二人楽しくご飯を食べた。その後はしばらく入れないだろうお風呂をしっかり堪能してから早めに就寝する事にした。
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