13.海って最高の癒しだよね?
そろそろ無くても良いんじゃないのかとは思うが、残念ながらいつも通りのバスタオル姿で膝を曲げて俺の上に寝そべるモニカ。広いバスタブとはいえそんな体勢をしていては肩や背中がお湯に浸かれていない。
俺の胸に肘を突き、ご機嫌な様子で何かの歌を口ずさみながらユリアーネとの結婚指輪を弄んでいる。お湯から生えた二本の足はリズムを取るようにクルクルと動き、時折お湯が跳ねる音を立てていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。イオネの事どう思った?」
「どうって……どう言う意味でだよ」
「ちょっと勝気が過ぎるとこもあるけど、可愛いでしょ?」
それはつまり『異性としてどう見たか』ということか……どうと言われても『綺麗な人』程度にしか思ってない。まさか魔導車の中で行った “また増える” というのは本気で言っていたのではあるまいな。
「じゃあ、ユリアーネさんの事はまだ好き?」
鎖の繋がった指輪を人差し指に嵌め、指をクネクネと動かして “コレ” と見せつけてくる。俺の気持ちが変わるわけはないのに、今日のモニカはどうしたというのだろう。
「勿論ユリアーネの事は今でも愛してると言い切れる。それと同時にモニカ達五人の事も同じだけ愛してるよ、それはずっと変わらない想いだ。
そこにイオネが加わるのかと聞かれたら分からないとしか答えられない。けど、これ以上人数が増えたら、モニカとの時間も更に減ってしまう。だからなるべくそうならないように祈っておくよ」
「ふぅぅんっ」と素っ気なく答えたモニカは指輪を外して髪が濡れるのも気にせずに俺の肩に頬を置くと、手のひらで胸を撫で回し始めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。今日は激しいのがいい。お兄ちゃんをいっぱい感じたいの、お兄ちゃんの事以外何も考えられないくらいにして欲しい……だめ?」
お湯の暖かみを得て上気した顔は、それとは別の意味で少しばかりの赤味を帯びている。上目遣いに見上げてくる青色の瞳、この状況下でそんなものを見せられては断る事のできる男など居はしない。
それに相手は愛すべき妻。モニカが望むのならそれくらいお安い御用なのだが、いつものモニカらしくなくどこか情緒不安さを感じる。何か悩んでいるのなら打ち明けて欲しいものだが、おそらく聞いても答えてはくれないだろう。
ならばせめてモニカの望んだ要求くらいは満足に満たしてやろうと心に決め、返事の代わりに顔を寄せると唇を重ねた。
▲▼▲▼
サラを中心としたモニカ、ティナ、イオネに俺と雪の六人は、街の散策に出かけたエレナ組とは別にオーキュスト家の建つ岬から直接下りられる秘密チックなビーチにやって来た。ココは一般の立ち入りは禁止になっているらしく、だだっ広い綺麗な砂浜が拡がるのに人がまったく居ないので、何処かの孤島にでも来た感じがしてくる。
見渡す限りの蒼海は見ているだけで心地良いのだが、サラのたっての希望により四台しかなかったウェーバーを借りて乗り回していたら、あっと言う間にお昼となった。
オーキュスト家の建っている崖をくり抜いたちょっとした部屋のような場所が作られており机まで用意されている。
その場所で若いメイドさんがわざわざ運んでくれた昼食を食べ終わると「勝負はこれからよ!」と意気込むサラの先導に従い再びウェーバーに向かって行った娘達を見送る。
「ねぇ、浮き輪ってある?」
「はい、ございます。すぐにお持ちしますね」
オーキュスト家の屋敷までは切り立った崖を登らなければならないのだが、四本のロープで吊られたゴンドラに付いている魔石に魔力を流せば自動でゴンドラが上下してくれるので苦もなく行き来が出来るようになっている。
「ゆっくりでいいよ」と声をかけたのに急ぎ足で戻って行くメイドさん。俺達が乗ってきたのとは別のこじんまりとしたゴンドラに乗り込むと スーッ と音もなく屋敷へと昇って行く。
「麦わら帽子もあったらお願いっ」
「かしこまりましたっ」
落ちないか心配になる程に身を乗り出し、にこやかに手を振る様子に『メイドとしてはその対応は駄目じゃね?』とか思いながら手を振り返し見送っていると、なんだかんだと貴族としての生活に馴染んでしまっている自分に気が付いてしまった。
別にそれが悪い事では無いし、メイドさん達に無理難題をふっかけて困らせているわけではないのだが、フォルテア村という田舎に産まれ育った俺がこんな生活をしていて良いのかと少しだけ疑問に思ったりもする。
そんな事を考えいたら、すぐに浮き輪のはみ出す小さなゴンドラが戻って来た。
「おまたせいたしました。どうぞお使い下さい」
俺の前に来た笑顔の素敵なメイドさんは両肩にカラフルで大きな浮き輪を担ぎ、メイド服には似合わない麦わら帽子を頭に乗っけていたのだが半分ズリ落ちてしまっている。両手が塞がり持てなかったので麦わら帽子は被って来たのだろう。
お客様に貸し出す物をメイドが使用している、効率を考えれば至極当然だがメイドとしては怒られるだろう素行。しかし俺としては、これくらい人間としてありのままで接してくれる人の方が好感が持てる。
「ありがと、君も一緒にやらない?」
顔半分を隠してしまっていた今にも落ちそうな麦わら帽子を取ると、目を丸くして驚く顔がよく見える。
「えっと、あの……お気持ちは有り難いのですが……その……とても魅力的なお誘い……いや、何言ってるの、私っ。仕事中ですので……その、すみませんっ!」
「だよね〜、困らせてゴメンね」
客にそんな事を言われれば断ろうにも断り辛いかと言ってから気が付くお間抜けブリ。それでも揺れる心が垣間見える自分に素直なメイドさんの頭を ポンポン と叩くと、浮き輪の一つ受け取り海へと向かった。
緩やかな波が俺の嵌る浮き輪を優しく揺らしてくれる。真ん中に空いた穴に尻を突っ込み手足を投げ出し海に浮かぶ、これ以上無いのではないかと言うほどの至福のひととき。揺りかごに揺られるような心地良さを顔に被せた麦わら帽子の下で目を瞑り思う存分満喫していると、忍び込んだ睡魔の悪戯でうつらうつらとしてくる。その微睡みがまた格別で、この浮き輪と言うアイテムがとても気に入っていた。
だが、そんな時に限って邪魔者は現れる。
「おいっ」
ポムッ と柔らかな物同士が打つかり反発する感触と共にかけられた声に『快く思ってないのなら近付かなければいいのに』と心の中で反論しつつも麦わら帽子をズラして視線を合わせれば、浮き輪の上に寝そべるイオネが眉間にシワを寄せていた。
「お前はサラ達だけでは飽き足らず、家のメイドにまで手を出そうとはどれだけ好色なのだ?」
「そんなつもりは無かったよ、単に浮き輪を二つも持って来てくれたから誘っただけだ。仕事中って頭が無かったのは配慮にかけたよ。だいたい、なんでイオネがその事を知っているんだ?」
その体勢も気持ち良さそうだなと、黒いビキニに包まれた浮き輪に乗っかるお胸様に見惚れていると、流石は女性、すぐに俺の視線に気が付きアタフタと手で覆い隠してしまう。
「き、貴様っ!どこを見てる!」
「どこって、おっぱいだけど?そんな見てくださいみたいな格好されれば見なきゃ失礼だろ?」
「馬鹿を言うなっ!そんなつもりはサラサラないっ!大体、貴様など魅せても仕方ないだろうっ」
見られて文句が出るなら水着姿になどなるなと言う話し。しかもこれ見よがしに見せておいて見るなとか、俺のイメージするままの貴族の娘らしく “我儘ちゃん” だな。
顔を真っ赤にしてそっぽを向くイオネは一体何しに来たんだ?大した用がないのなら今は一人にしてもらいたいのだが、そんなことは気付いてくれるわけがない。
「その文句を言いにわざわざここまで来たのか?それなら謝るから、今はせっかく来たこの綺麗な海を楽しませてくれない?」
まだ少し赤味の残る顔を戻し何か言いたげに唇を噛んでいたが、俺の真似をして仰向けになりお尻をはめ込むと眩しそうに目を瞑り浮き輪に身を委ねた。
「少し、話したかっただけだ……」
消え入りそうなほど小さな呟きにお姫様は気難しいなと思いつつ麦わら帽子を顔に被せてやる。
「眩しくないだろ?」
返事は無かったが嫌がりもしなかったので放っておくと、俺はさっきのイオネの真似をして浮き輪の上にうつ伏せになってみた。
弾力のある枕、それを通して聞こえる波の音、日差しが背中をじわじわと焼くものの、仄かに吹き付ける風がそれを中和してくれているようだ。手足は先程より多く海に浸かり程良い冷たさが心地良い。これはこれでまた違った愉しみ方が出来るんだな。
二人が逸れないようにと水魔法で紐を作り浮き輪同士を繋いでおくと、波の心地良さに身を委ね、なすがまま、されるがままに海を満喫した。
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