12.休日の過ごし方

 シャンブール家の長女であるクリスチン、通称クリスの趣味は料理だそうだ。

 幼い頃に始めたお菓子作りにハマり、貴族の娘だと言うのに五歳で包丁を握って調理場でお手伝いをしていたらしい。十三歳となった今では両親も諦め自分の家だというのに副料理長を任されるにまでなり、度々こうしてオーキュスト家や、トンプソン家の厨房にまで入り込む “困ったちゃん” なのだと言う。


「とっても美味しかったです、ご馳走さまでした。クリスさん、クリスさんっ、魚のムニエルにかかってたソースなんですけど、少し変わった味の隠し味がありましたがアレは何ですか?」

「あぁっ、わかるんだっ!凄いね〜。アレはね……」


 すっかり料理好きになったエレナとは話が合うようですぐに意気投合して料理の話に花が咲いているようなのだが、それには口を出さず黙って聞き耳を立てている様子のコレットさんもメイドという立場を度外視したとて料理上手には変わりがなく興味がある話題なのだろう。せっかくだから会話に加わればいいのにとは思うのに、まだ自分の立ち位置を気にしている様子だ。


「まさかレイ君達がそんな凄い生い立ちを持っていたとは驚きだよ」


「国王陛下も知っている事とはいえ世間に広めるべきでは無い事です。サラの友人家族という事でお話ししましたがサルグレッド王家の為、ひいては今ある世界の平和を乱さない為に他言無用でお願いします」


 アンシェル王家は元々スピサ王家から分裂した家系、つまり分家らしい。そういう事情もあって長い二国の歴史の中でもスピサ王国とは争いも無い友好関係を保ち続けていたそうだ。

 そんなスピサ王家特有の結界魔法を俺が行使したように見えて皆が驚き説明を求められるに至った。サラの親友家族という事もあり、フランシス家の二人にも話した内容をここに来て再び話す事となったのだ。


「勿論秘密は守ると約束するよ、皆、良いな?」


 ラスティンさんの問いかけにトンプソン夫妻も、シャンブール夫妻も深々と頷いてくれたので多分大丈夫だろう。


「家の者達は信用ある者しか居ないから大丈夫だとは思うが、念のため今一度キツク言っておくよ」


 その言葉に部屋にいたメイド長以下、メイドさん、執事さん達も頷いて賛同の意を示してくれる。


「貴様という存在は理解したが、それとサラ達との婚約の話は別問題だ。サラ達三人どころかリリィ嬢やエレナとまで婚約しているとは一体どういうつもりなのだ?非常識にもほどがあるだろう」


 スピサ王家の正当後継者であるリリィには敬服の念を抱くようで、彼女からすれば年下だと言うのに目上の人のような扱いをされているので違和感が満載だ。


「非常識だとは弁えてるし、勿論理解しろと強要するつもりもない。けどな、常識とは誰が作ったものだ?俺か?イオネか?それともこの世界の覇者であるサルグレッド王家か?

 他の人と比べてどうなんだと比較するのは悪い事じゃないと思う。けど、人と違う事をしたからと言ってそれが全て “おかしい・間違ってる” ということ自体が間違ってるよ。


 例えばイオネが暴力が支配する町に行ったとしよう。力こそ全て、力こそが常識の町で腹が減ったが食べる物が無い状況に陥った時、力の無いいたいけな子供の持つパンを力ずくで奪うのか?


 周りの人々に惑わされるな、自分の行いは自分自身の信じる倫理によって判断すれば良い。

 俺は自分の心に従いサラを、モニカを、ティナを愛している。勿論リリィやエレナだって等しく真剣に愛しているし、彼女達もこんな俺を理解しつつ愛してくれている。


 獣人達の世界では一人の男に多くの妻が居るのはなんらおかしい事では無いらしい。人間の常識を外れたからと言って、それのどこに悪があると言うのだ?

 今を幸せに生きる俺達に間違いがあると言うのであれば、何処が間違っているのか教えてくれ」


 俺の言っている意味が理解できるイオネは賛同出来ずとも反論も出来ずに何か言いたげにするものの言葉にならず、憤りを拳に握りしめて俯くと唇を噛み締めて悔しそうな顔をした。別に論破したかった訳でもなければ賛同を得たかった訳でもない。ただ俺達の在り方を否定しないで欲しかっただけなのだが、常識という概念はなかなかにして強固なようだ。


「サラも最初は怖い顔してたよな?」

「そりゃあ……ねぇ」

「今はどうなんだ?」

「そんな事を聞いてくる人には “おはなし” が必要なんじゃないですか?」


 冗談だと分かっているのに ジトッ とした目を向けてくるサラに両手を挙げて降参の意を示すと、サラとは俺を挟んで反対側に座っていたモニカが身を乗り出して腕に絡んできた。


「大丈夫よ、サラ。 “おはなし” なら私がかわりにしっかりしておいてあげるわっ。今夜は寝れると思わないでね、お兄ちゃん?」


 ニコニコしたモニカの言う “おはなし” とは一体どんなものかと楽しみに思うが、いつもはモニカの方が先に疲れて寝てしまうくせに “寝かさない” などとどの口が言うのやら……。


「まぁ、それはモニカに任せるとしてさぁ、しばらくここにいるんでしょ?その間、私達の事を見ていれば特に間違った事をしてる訳じゃないって事くらいは分かるんじゃない?

 心配してくれるのは嬉しいけど、レイはそんな不真面目な人じゃないし、心配し過ぎはどうなのって感じよ?

 そ〜れ〜でぇ、話変わるけどさっ、明日は何するの?海行く?うみっ!」


 ティナの提案にどうする?と視線を振ると、俺達の会話に参加してなかったエレナとクリスを中心にコレットさんも輪に入り、リリィとエマとアル達も参加してデザートの話で盛り上がっていた。みんな楽しそうで何よりだがちょっとだけ許せなかったのが、奴等七人の前にはそれぞれ美味しそうなケーキが置かれていたという事だ。何故俺達には無いんだっ!ズルい!


「おーい、明日どうするって話なんだけど、何かやりたいことある?」


 俺の呼びかけでようやく気が付いたズルっ子達、皆で顔を見合わせるとエレナが代表で口を開いた。


「美味しいご飯屋さんと、美味しいケーキ屋さんがあるそうなので、そちらに行ってみませんか?」


「それも捨てがたいけど、せっかく海に来たんだし泳ぎに行かないの?」

「そうよっ、ウェーバーよっ、ウェーバー!」


 どうやら意見が分かれるようだ。そりゃあ俺達十人に加えてアンシェルの三人で総勢十三人、色んな意見が出て当然だろう。


「人数も多い事だし、どうせなら別行動にするか?丁度こっちはみんな水着持ってる組だし、そっちは観光ついでに水着も買えるしな。リリィがそっちにいるから何かあれば連絡してくれれば良いし、そうするか?」


 俺が水着を選ぶと言う同意してないはずの約束が反故にされる事に対する不満が顔に現れている奴も何人かいたが、全ての要望を完璧に満たすには体の数が足りてない。

 それでもさしたる文句も出ないままに満場一致で明日は二手に別れて行動する事が決定された。



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