6.TPOって知ってる?

(…………あれ?)


 目の前には金と銀の頭が二つ。


 丸めた背中を襲うはずの痛みが来ないのに疑問を感じていれば イラッ とする話し声が聞こえてくる。


「多勢に無勢とはこのことじゃなぁい?これってば虐めだよイ・ジ・メ。 丸腰相手に何人で寄って集るつもりかなぁ?」


 振り返ってみれば両手を上げて降参のポーズを見せる金髪のチャラ男。

 左耳には七つもの釘のようなピアスが刺さり、黒いTシャツに映える銀のネックレスには逆さになった十字架が付けられている。ジーパンのベルト通しにも銀のチェーンが三本も掛けられており、手首にも銀のブレスレットが幾つも嵌っている。


 何処からどう見ても仕事もせず町で女の子をナンパして遊んで暮らすチャラ男そのもの。つまり、町のはみ出し者 “ゴロツキ” の予備軍だな。


 よし、決めた! 例え奴にどんな名前があろうとも奴の名前は『チャラ男』だっ。



 チャラ男を牽制するように立ち上がっていたのは、見た事もないほどの冷たい目を向ける魔導銃を構えたモニカだ。


 それだけではない。


 両手に嵌めるケイリスフェラシオンから稲妻を走らせ、今にも飛び出そうと腰溜めに構えるティナと、手近にあったテーブルナイフを逆手に今にも飛びかからんとばかりに重心を落としたコレットさんの姿まである。


 宙を舞う透明な剣を八本も浮かべたララは、この場にいる者全てを惨殺するつもりなのだろうか。


 それよりなにより一番驚いたのはアリサだ。


 サラの傍に居たいと我儘を言った俺が、独りぼっちにしてしまう彼女の話し相手を頼んで置いて来た朔羅を抜き放ち、一直線にヤツへと伸ばした黒光りする刀身と共に冷ややかな視線を向けている。


「ちょこぉぉっと噂の人物に挨拶しただけだろ?ほらっ、もう何もしないってぇ〜。

 そうだっ! まだ名乗ってなかったねぇ、自己紹介しよう。ぼかぁ〜故あってこの国に居候してるミュエリック・ハスカス、人間の君達なら聞いた事くらいはある名前じゃぁないかぁい?」


 収まらない怒りに唇を噛みしめながらも即座に腹の傷を塞いでくれたサラに「ありがとう」を告げれば、彼女の表情が幾分か和らぐ。


 しかし自分達の仲間へと敵意を向けた人物への対応は当然のように冷たく『私、知ってるっ』なんて声は一つも上がらない──まぁ、本当に知らないだけかも知れないが……。


「まぁ〜じかよぉぉ……まぁ、良いさ。たまたまラブリヴァへと流れ着いたぼかぁ〜隊長不在の危機を救った、なぁんて話、聞きたくなぁい?」


 誰も何も答えない、反応すらしてくれない事に肩を竦めると、一人寂しくわざとらしい溜息を吐いた。


「あ、そぅ……これでもぼかぁ〜世界に何人かしかいないみんなの憧れSランク冒険者なんだけど!……どうだいっ、驚いたぁ?」


「その娘達は全員レイ君を慕ってここに居る。そのレイ君に牙を剥いた貴方が何を言っても無駄だという事くらい言わなくても分かるわよね?

 貴方がこの国を支えてくれた事は聞いてるし、それについては感謝もするわ。けど、もう十分過ぎる報酬は受け取ったのではないかしら?」


「なんだよなんだよ、用が済めばお払い箱ってぇかぁ?まぁ〜あ〜、田舎過ぎてそろそろ飽きて来たしぃ、あんたの言う通りそれなりの報酬は貰ったかもな。いいぜ、邪魔者は消えてやんよ」


 軽いジャンプで天井に刺さった剣を引き抜くと空中で一回転、華麗に鞘へと仕舞いながら俺達を飛び越えて部屋の入り口に着地する。

 丁度その場に現れたのは騒ぎを聞きつけた騎士団長のアーミオン。この国では国を守る騎士団長が国王を護る近衛隊長を兼任するのが習わしらしい。


 アーミオンは眉間に皺を寄せると何か言いたげな顔をしたが、奴に睨まれ ビクッ とすると、開こうとした口を慌てて噤んだ。


 仲良くなれそうにない奴が自分から出て行くと宣言したのは喜ぶべき事だ。

 だが、いやらしさはあれど敵意も殺意も無かったのは本当に小手調べがしたかっただけなのかもしれないし、串刺しに出来たにも関わらず少し刺しただけで止めたのは奴なりの挨拶だったのかもしれないのだが、一般的に容認されるものではない。


 ただ、物事にはタイミングがあるのは勿論の事、やりようというものがぼんやりと決まっており、かなりの自由度はあれど 、“時” と “場所” と “場合” という人が他人と関わる上で守らなければならない重要な部分を無視すれば爪弾きにされるのは仕方のない事だ。


「っ!何しやがる……」


 すんでで感づき振り返ったチャラ男の目の前には、ヤツ自身の指に挟まれた黒くて長い針。


「貴方からは人間とは違う魔力を感じる……貴方、魔族ね?」


「だったらどうだって言うんだい……アリサ姫殿下? 」


 空いた口を パクパク とする驚きを隠せないアーミオンなど気にも止めず、声をかけたアリサに敵意を現す訳でもなくただただ見返すと、手にした黒針を片手で折って捨てる。


「それだけの強さを持ちながら組織に属するでもなく、一人きりでこんな場所にいる貴方は一体何処を目指すと言うの?」


「はんっ、ぼかぁ〜今が楽しければそれで良いんだ。魔族の未来になんて興味ないねぇ。

 話はそれだけかい?じゃあな、姫様」


 その容姿のように軽い感じで片手を上げて出て行くチャラ男を引き留める者は誰も居なかった。




「この森を抜け出し人間の世界で暮らす獣人が沢山いるように、魔族の世界を捨てて人間達に紛れて暮らす魔族も少なからずいるものなの。

 誰の力も借りず、幸せを掴もうと努力する人々には温かい未来が訪れるといいわね」


 静まりかえった部屋の中、誰に言うでもなく呟いたアリサの声が響いたのを合図に俺の手が引かれる。


「ご飯、食べよう」


「ならコッチおいでよ、私の隣が空いてるわよ?」


 サラに釣られて歩き始めれば、さっきまでとは打って変わって笑顔になったティナが自分の隣の椅子を引いて座れと促す。


「私と一緒に食べましょうよ!椅子なんて一緒に座れば一つでいいですよねっ!」


「エレナぁ〜、そんな危ない男なんて置いといてワシの隣に……」

「こんっジジィ!娘では飽き足らず孫にまで手を出そうって魂胆かぁぁ!成敗してやるからそこに直れぇぇっ!!!」


 何故か対抗心を出してきたエレナが左腕に絡み付けば、彼女の座っていた椅子に引っ張られてしまう。

 だがそれまで縮こまっていたセルジルが立ち上がり、だらしなく涎のはみ出す口を開けて手招きすれば、燃え盛る炎をバックに何処からともなく取り出した大きなハリセンを手にするアリシアが瞬時に般若と化す。


「レイシュアっ!昨晩の事は僕にも非が無かった訳ではないから目を瞑るけど、ようやく、よぉ〜やく実体化した僕を放っぽり出して他の女の子と イチャイチャ するのは許せないよっ!!

 君がそういう態度を示すなら僕にも考えがある、アリサっ!僕を連れてってくれ!」


「え? うふふっ、それもそうね。そうしましょうか。この刀も気に入っちゃった事だし、レイが要らないのならサクラ共々わたくしが戴いちゃうわ。ご機嫌よう〜」


 ウインクと共に抜身の刀身に口付けをすると、サクラの腰に手を回して二人一緒に忽然と姿を消す。


「はぁ!? ちょっ!嘘だろ、待てよ!アリサっ、アリサぁぁっ!!」


 これからはずっと傍に居てくれると思っていたアリサが転移で逃げ出した!

 しかも俺の相棒である朔羅を奪って……。


 まさかの有り得ない展開に愕然としたのも束の間、背中に飛び付く何者かの勢いで顔面から床にダイブするところをどうにか踏ん張り耐え切った。


「な〜〜んてねっ!びっくりした? ねぇねぇ、びっくりしたぁ?」


 アリサの転移した先は俺の背後。


 一緒に飛んだサクラが俺の背中から身を乗り出し、愉しげな表情を浮かべているのを見て心底安心した。

 ほんと、こういうドッキリはマジで勘弁してもらいたい。



──たかが朝食、されど朝食


 奪い合うほどに愛されているのだと実感しながらも、食事くらい普通に食べさせてもらいたいものだと儚い希望を胸に抱いた獣人王国ラブリヴァでの二日目の朝だった。



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