30.圧倒的強者

 場は更に進み、残すところ後二つ、次は目玉商品の《トラの獣人》だ。


 百九十センチを超える身長と、鍛え上げられた ムキムキ の筋肉が見た目だけでも強さを物語る。こちらを威嚇する鋭い眼光は今にも襲いかかって来てもおかしくない迫力で、茶色の髪の間から生える二つの虎耳が ピンッ と立っている。


 首には絶対に千切れないだろう極太の鎖の伸びる太くて黒い首輪が嵌められており、彼が奴隷であることを強く主張している。

 その首輪も拘束の魔導具で、主人の命令一つでいつでも電撃が走るようになっているらし。いくら屈強な獣人とはいえ急所の一つである首にダメージを受けたら堪ったものではない事が分かっているのか、拳を強く握り歯軋りしながらも暴れることなく大人しくしている。


「今回の目玉商品となりますトラの獣人です。大森林より出て来た所を優秀なハンター三人掛かりで苦労して捕らえた屈強なる獣人は必ずや皆様の良い護衛となりましょう。もちろん護衛とするも良し、観賞用にするもよし、兵士の訓練などにも使えることでしょう。使い方は皆様次第でいくらでもございます。

 此方の商品、金貨五百枚からの入札となります、如何でしょうか?」

「六百っ!」

「七百」

「八百!」

「千枚だ」


 司会が言い終わるかどうか微妙な瞬間から待ちきれない様子で早速入札が始まる。しかも、どの人も気合が入っているようでどんどん値が跳ね上がっていく……獣人ってそんなに人気なの!?


「二千二百っ」

「二千五百だ」

「二千七百!」

「二千七百五十!!」

「二千八百っ」

「三千!」


 会場がどよめき入札がピタリと止まる。

そこらが相場なのかな?よくわからないが金貨三千枚とか恐るべし!馬鹿兎は大丈夫なのか心配になってきた。


「三千五十」

「金貨三千五十枚、他にありませんか?」

「……三千二百!!」


「金貨三千二百枚、他にございませんか?……では今回の目玉商品である大森林より出でし屈強なるトラの獣人は金貨三千二百枚でルホニュス氏が落札となりました。ありがとうございます」


 大きな拍手が巻き起こる中、ルホニュスと呼ばれた白髪混じりの初老の男が立ち上がり両手を挙げて誇らしげに観客にアピールする。金貨三千二百枚、一生遊んで暮らせる凄い額だな。


「ランドーアさん、俺達大丈夫ですかね?心配になってきました」


 珍しく挑戦的な笑みを浮かべ「私に任せておきなさい」と頼もしい返事が返ってくる。どうなるにしろ俺には打つ手がない、ランドーアさんに任せておくしかないな。

 他の人に落札されたら攫うか、などと可笑しな考えまで頭を過っていく。泣いても笑っても、どんな結果になるか分からないが、次だな!




「さあさあ、お待たせいたしました。今回のオークション最期の品、目玉中の超目玉商品の登場でございます!

 告知されただけで話題騒然、買わないにしても一目見るだけでこの会場へと足を運んだ事を良かったと思って頂けることでしょう。当然の事ながらこれを目当てに来られた方も大勢いらっしゃるかと存じます。

 今年の大トリを飾る品はこのオークション始まって以来、最高のモノと自信を持ってお勧めいたします。私などが口うるさく説明するよりもご自身の目でご覧になられた方が早いかと思いますので、さっそく登場してもらいましょう!!」


 露出の多い服を着せられ、あからさまにスタイルの良さを見せ付けている。一目でペットだと分かるような黒い首輪に繋がる鎖を引かれ、執事風の男と共に舞台の袖から白ウサギの獣人が連れられてきた。俯き、トボトボと歩くその姿はこれから自分がどうなるのか分かっているようで元気が無い。

 舞台袖からその姿が客席に見えると同時、どよめきと共に大きな歓声が会場を埋め尽くした。


──その姿は紛れもなくあの馬鹿兎。


「ランドーアさん、やはり俺達の知ってる奴です、お願いします!どうか力を貸してください」


 なんだか分からぬ異様な雰囲気に気圧されて焦りを浮かべる俺、それとは対照的にニヤリと不敵な笑みを浮かべたランドーアさんは俺の肩へと力強く手を置いた。


「大丈夫だ、カミーノ家の名に懸けて必ず勝つと約束しよう」


 覇気のある力強い言葉。嬉しくなり無言で頷けば、ランドーアさんもにこやかに頷き返してくれた。


「こちらの獣人は出品の締め切り間際にこのアングヒル周辺で捕らえられ、滑り込みで入荷した初物です。

 ご存知の通り数多いる獣人の中でもウサギの獣人は希少価値が高く、その内でも百年に一度出回るかどうかというほど滅多に姿を見せないのが白ウサギでございます。

 これだけでもコレクターの方にとっては大変に価値のある獣人ではございますが、ご覧頂いて分かる通りまだ若く大変に美しい女。これ程の獣人は他でお目にかかることなどまずもって無い事でしょう!

 使い道はお買いになられた貴方次第。観賞用として檻に入れるのも良し、愛人として侍らすのも良し、また性奴隷として楽しむのも良いのではないでしょうか!?」


 性奴隷の下りで会場のご婦人方から殺気にも似た空気が流れ出し、その空気は二階席の俺にまで飛び火し鳥肌が立った。


 司会者も興奮し過ぎたと分かったのかトーンダウンし、話題を逸らす。


「先程も申し上げましたが、当オークションとしましても殿堂入りするような過去最高の商品と認識し、熱い戦いが繰り広げられるモノだと確信しております!よって、普段は開始上限、金貨五百枚からのスタートではありますが、今回に限り金貨二千枚からのスタートとさせていただきます!

 それでは入札希望の方お願いします!!」


「二千二百っ」

「二千五百!」

「三千!」


 金貨の価値分かってますか?と聞きたくなるくらいの怖いペースで値段が跳ね上がる。

 一体どの位が相場なのだろうか?俺は固唾を飲んで見守ることしか出来ないが、ランドーアさんは涼しげな顔で腕を組み黙って様子を見ているだけでまだ声を挙げていない。


「四千八百!」

「五千百っ!」

「五千百五十」

「五千二百!!」


 上がり幅が少なくなりそろそろ終わりかと思いチラリと横を見ると、ランドーアさんが満を持して動き出した。


「五千三百」

「五千三百五十っ!」

「五千四百」

「五千四百五十!!」

「五千七百」


 いきなりトドメを刺すかのようなランドーアさんの入札にどよめきが起こる、コレで決まるのか!?


「……五千八百っ!」

「六千」


 大勢いた参加者の内、生き残っていた強者達も腰を据え、ランドーアさんと一騎打ちとなったのは、いかにも悪巧みしてそうな業突くな顔をした頭の薄いオッサン。自分の言い値に被せられて悔しそうに歯噛みし、こちらを睨みつけてくる。

 だが、そんなことなど知ったことでは無いかの如く、手摺りに肘を突き、不敵に口角を吊り上げた悪い顔をして相手を見下ろすランドーアさん。あれ?意外と楽しんでる?


「お父様頑張って!コレでレイは借金を返すために家に縛られて……フフッ、フフフフフッ」


 ここに居ながらにしてどこか違う世界を見ているような怪しげ目付きになっているティナの顔と笑い声に背筋が ゾクッ としたが、気のせいだろう。ランドーアさんにも聞こえたらしく呆れた顔をして振り返ったが気のせいったら気のせいだ、ティナはそんな子じゃない……はずだ。


「ティナどうしたの!?戻ってきなさい!!」


 凄く焦った顔をしたクレマリーさんが肩を揺さぶるのに合わせて カックンカックン と人形のように首が揺れるが、その不気味な表情が消える事はなかった。本当にどうしたんだ?後でケアしなくては……でもごめん、今はあの馬鹿兎を助けないと!今を逃したら二度と助けられなくなる。


「六千百っ!!」

「六千五百」


「金貨六千五百枚です。さぁさぁ、今回の大トリの品でございます見目麗しい白兎の獣人、カミーノ伯爵とエルコジモ男爵の一騎打ちとなりましたが他の方の参戦はいかがでございましょうか?」


 青筋を立て、血が出るほどに奥歯を噛み締めているのが此処からでもよくわかる。

 レアな獣人というのはそれほどまでに欲しいものなのだろうか?俺にはその気持ちは分からない──が、それでもアイツを譲るわけにはいかない。ランドーアさん、頑張ってくれ!!


「六千「七千」……何!?」


「金貨七千枚です。

エルコジモ男爵、よろしいですか?…………よろしいようなので今回の超目玉商品 《白兎の獣人》はカミーノ伯爵の落札となります。

 皆さまっ、熱き戦いの勝者に盛大な拍手をお願い致します!」


 広い会場を埋め尽くした割れんばかりの拍手、ランドーアさんも立ち上がり両手を伸ばして声援に応えると、頃合いを見計らい再び司会が喋り出す。


「皆さま、この度は当オークションへのご参加、そして多数のお買い上げ、誠にありがとうございました。次回開催時にも良い品をお届け出来るよう邁進誠意努力いたしますので、来年もまた是非ご参加のほどをお願いいたします。

 それではこれにて今年のオークションを閉会とさせていただきます。長い時間となりましたが、お付き合い頂きありがとうございました」


 再び拍手が起こり、会場を後にし始める人々。


「ランドーアさん、ありがとうございます!金貨七千枚、時間がかかっても必ずお返しします」


「金は要らないよ、言ったろ?ティナの恩人でもあるんだ、その人を助けられるのならそれでいい。それにな、最後まで食いついて来たアイツ。アレは昔から大嫌いでな、一泡吹かせられて満足だよ。ハッハッハッ」


 何かをやり遂げたような朗らかな笑いと共に俺に優しい視線をくれるランドーアさん。気持ち良さげに豪快に笑うその隣では珍しくクレマリーさんが不機嫌そうな顔をしている。


「あなた!?」

「い、いや、待てクレマニー、それはついでだ。言ったろ?ティナの恩人を助ける為だよ、そんなに怒られる謂れは無いぞ」


「あら、そうだったわね」とあっさり納得したけど、俺達が無理を言ったせいで喧嘩などしないでくださいよ?


 何はともあれランドーアさんのおかげで無事、馬鹿兎を買い取ることが出来た。


 さぁ、おたんちんな兎をお仕置きに行こうか。


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