16.デカイ奴

 闇魔法を受けたという事は総司令官であるにも関わらず最前線へと出ていた事に他ならないと呆れて言葉が出て来なかったのだが、マーゴットの言うリュエーヴがどの人なのか分からない。

 戦う気が無いのならと眠らせた全員を起こそうと指を鳴らして闇魔法を解除すると、それを悟ったミルドレッドが栗色の髪を振り乱し慌てて駆け出して行く。


 彼女の背中を視線で追うと、くるくると螺旋を描きながらゆっくりと落下してくるモノが視界に入って来た。


「なんだ?」


 見上げる俺に釣られて空を見たエレナが一言「ノンちゃんですね」と言うので目を凝らしていると、地上二十メートルからの自由落下ですら楽しむように風を纏ってゆらりゆらりとダンスを踊るようにゆっくり落ちて来て俺の肩に降り立ち、両手を上げてポーズを決めた。


「でっかいのが来るよ」


「でっかいの?」


 ノンニーナにしては行動も言動も変だと思ったらヘルミと入れ替わっているようだ。

 同じ体で違う意識が入れ替わり立ち代りとは対応する方はややこしくて若干疲れてしまうが “一粒で二度美味しい” と考え方を変える事にした。


「うわっほーーいっ!おにぃ〜ちゃぁ〜ん!!」

「ぃやぁぁあぁぁぁぁああぁぁああっ!?!?!?」

「あはははははははははっ」


 賑やかな声に再び見上げると、右手にはこの世の終わりを見たような青い顔をするサラと、左手にはそれとは真逆の珍しく声まで上げる満面の笑顔の雪を抱えたモニカが三人仲良く空を飛んでこちらに向かって来ていた。



「は!?」



 俺の気持ちは思わず漏れた一言に集約されており、恐らく隣に居るティナも、そしてすぐ傍に居るエレナも同じ気持ちになったに違いない。


 空を飛ぶ術を持たない者が二十メートル上空から降ってくる、普通から考えたらただの飛び降り自殺としか思えないだろう。

 自分を殺す、それは最もやってはいけない行為の一つで、生を受けた以上どれだけ苦しかろうとも前を向き生きていく義務がある。

 例え深い森に一人きりで取り残されたとしても、泥水を啜って……違うっ!今はそんな話をしている場合じゃない!受け止めねば!!!!


 慌てて風の魔力を練ると、すぐそこまで来ていた三人を包み込んだのだが、目標地点を俺に定め弾丸のように真っ直ぐ向かってくる姿を改めて見ると自然と溜息が漏れる。


「きゃ〜〜〜っ!」

「あははははははははっ」

「…………………」


 なるべく衝撃が無いようにと配慮し、緩やかに、かつ急速に速度を落とすと、水のクッションでも作れば問題ない高さだったろうに完全に俺任せにしたお仕置きにと地面に顔が着く三センチ手前で止めてやった。


「パンツ見えてるぞ」


 俺を信頼してくれているのは良いがわざわざそんな演出をしたのに期待した効果などまるで無く、最後まで楽しんだ様子のモニカに追撃を加えたのだがそれすら効果を発揮する事も無いままに「だから何?」とキョトンとしているだけで隠そうともしない。


「いやーーっ!!早く降ろしてぇ〜」


 どう見ても無理矢理連れて来られたサラの方が慌てふためいて重力に従い捲れ上がったスカートを必死に手で繰り寄せ、丸見えになっている淡いピンク色のパンツを隠そうとしているが、悲しいかな、無駄な努力とはこの事で残念ながら逆立ち状態のままでは隠しきれるはずもない。


 モニカのお仕置きにサラと雪を付き合わせるのも可哀想なので半回転させて降ろしてやると、真っ赤な顔を両手で隠して蹲ってしまったサラとは対照的でそこが定位置とばかりに俺の左腕を取ったモニカ。


「ララさんから伝言よ。もうすぐデッカいのが来るからよろしくって〜」


 先程ヘルミの言った「でかい奴」とはモニカ達の事かと思ったが、どうやらそうではないらしい。




 すぐに戻ったミルドレッドが手を引いて来たのは鮮やかな朱色の髪が目を惹く十歳にも満たない少女。

 闇魔法は完全に解かれたはずなのにまだ眠そうに目を擦る姿に『何故ここに?』と疑問にも思ったが、わざわざ連れて来られたという事はこの子がここにいるサラマンダー達の中で一番位の高い《リュエーヴ中将》なのだろう。


「あれ?この者は先程戦っていた……白ウサギとは特別な獣人なのではなかったのか?何故このような場所に……マーゴット、現状を説明してください」


 少し面長な印象のある輪郭のはっきりした顔には、少し低めの可愛い鼻とぱっちりと開かれた大きな瞳。エレナと同じタイプなのか雰囲気の変わった彼女からは先程感じた幼さなど微塵もなく、ミルドレッドから手を離してピシッと立つ姿は少女でありながら “中将” という人の上に立つ者の風格があるように思える。


「ハッ!中将がこの男の魔法により……」



「来た」



 自分の居場所だと勝手に決めて俺の右肩に腰を降ろして他人の耳を手摺にしてぼーっと空を見上げていたヘルミ。

 彼女が小さく呟いた声は上官の要請で喋り始めたマーゴットですら口を噤むほどにその場に響き、視線に釣られてその場にいた者が空を仰ぐと同時に太陽を遮る黒い影が現れる。



「えぇぇぇぇっ!?!?」

「うそ……でしょ!?」



 初めて目にするエレナとティナが震える指で指す “モノ” は片翼だけでも十メートルはありそうな巨大な翼をゆったりと羽ばたかせて俺達へ近付くと、全長二十五メートルはありそうな巨体にも関わらず音も無く地上へと降り立つ。


「戦闘の気配を感じたのに何故お前達は仲良く立ち話をしているのだ?マーゴット、この現状を説明しろ」


 人間など一飲みに出来そうなほど大きな口には何でも噛み砕けそうな鋭い歯が並び、嗄れ、腹に響く低い声が似合いそうだと勝手なイメージを持っていたのに、発された声が妙に若々しく聞こえて人間味が有り過ぎるなという印象を受けた。


「ハッ!」


 マーゴットが敬意を表し、踵を打ち鳴らして改めて姿勢を正した相手は全身を覆い尽くす鮮やかな赤色の鱗を纏った翼の生えた巨大なトカゲ。

 それを世間一般では世界最強の種族レッドドラゴンと呼んでいる。



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