17.しかたないだろ!

 色こそ違えど雪がシュレーゼに戻る時のような柔らかな光に包まれたレッドドラゴン。大きな光の塊は空気が抜けた風船のように小さくなり、さほども経たずに人の姿を取ると、纏っていた光が風に流れるように霧散して行く。


 ミカ兄を彷彿させる燃えるような赤い髪は彼の性格を表しているのか、整えられることなく肩まで伸び、癖の強い髪質のようであっちにこっちにと跳ねている。

 胸までの短い黒シャツは鍛えられた胸筋で盛り上がり、これ見よがしに晒されている腹筋もバッキバキに割れ『何か詰め物でも入れてますか?』と聞きたくなるほどの膨らみが少しだけ羨ましくも思う。


 俺より少し高いだけの身長は二メートル近いジェルフォと比べてしまえば可愛いものだが、その肉体的存在感は恐らく引けを取らないどころか目の前の男の方が上のように思えるものの、二人が並んだら見た目が暑くらしいので顔を合わさない事を祈るばかり。

 見目美しい女性ならまだしも、筋肉キャラなどひと処に一人で良いのだ。


「現在この上空に浮かびます獣人王家の飛行要塞が第三十二警戒地域に侵入したのが本日の正午近くの事です。その時はまだ正体不明の飛行物体と索敵班から報告を受けたオレリーズ様は不穏分子は速やかに排除するとおっしゃい、その任を受けられたリュエーヴ中将が第一から第三剣戟隊と我ら第一、第二魔法部隊とを率いて先陣を切りました。


 しかし誠に遺憾ながら我々の砲撃では飛行要塞に傷一つ与えられなかった上に四十八の隊員を相手にたった二人で翻弄された挙句、総司令であられる中将閣下まで黒髪の魔法に落ちて眠らされ、準備の時間まで与えられた虎の子の収束砲まで止められる結果となり、口惜しくありながらも我等の敗北を認めた次第であります」


 ボリボリと頭を掻きながら空を見上た男はそのまま仰向けに倒れるかと思うくらい仰け反ると、サラマンダー達とは色の違う鮮やかな赤色の尻尾を器用に使い、思い出したかのように元の姿勢へと戻った。


「つまり、あれか?戦争しかけたけどけちょんけちょんに負けましたって事だな? 収束砲を止めるとは聞き捨てならないが、本当なのか?」


「痛恨の極みとは正にこの事。現段階で扱える最上級の三×三の第二収束砲を持ってしても黒髪一人が作り出した防御壁を撃ち破ること叶わず、今ものうのうと女を侍らせております。

 しかも気に入らないのが、目上である獣人王家の王女殿下を前にしても遜る事なく己を突き通すという暴虐不尽っぷり。私に力さえあればあのような不躾な男などこの手で叩き伏せて……」


「わーった、わーった。お前の悔しい気持ちは十分分かったからそれ以上言うな。お前は有能な指令官だが戦闘向きでないのは分かっているだろう。人には適材適所という物があるからな、その気持ちの代弁はこの俺がしてやる」


「ハッ!何卒よろしくお願いしますっ!」


 面倒臭さそうに手を振り怒りで拳を震わすマーゴットを黙らせると、不敵な笑みを浮かべて俺を見てくるレッドドラゴンだった男。金色の瞳は既に闘志に燃えており、奴が何を望んでいるのかは一目瞭然。

 見るからにそういう事が好きそうだが、俺としてもご希望にお応えして単純明快な人間関係を築けたら今後のアリシアの交渉もスムーズに行きそうな気がするので望むところだ。



──つまり “俺の方が強いんだから言うことをきけ” だ



「二十何年ぶり……かしら?貴方は変わらないわね、クラウス」


 やる気スイッチが入りかけたのに、降りて来てから沈黙を守っていたアリシアが進み出て俺と男との視線を遮ると親しげに話しかけ始める。


「あぁ?誰だお前?獣人王家に知り合いなんぞいたか?」


 腰に着けた革袋から取り出したのは剣柄に龍の顔が彫刻された剣幅が女性の腰ほどもある特大の両手剣。アルの持つセドニキスの剣より二回りは大きく肉も厚くて重そうだが、小さな宝石を散りばめ細かな装飾の施された金色の鞘は芸術品と言っても過言ではなく、どこかの宮殿に飾ってあってもおかしくない代物。

 これからのお楽しみに水を差したアリシアが気に入らなかったのか ガシャッ と音を立てて手荒く地面を突くと『そこを退け』とばかりに睨みつける。


「あらやだ、忘れちゃったの?『俺は誇り高きレッドドラゴンだからナンパなんてしない』とかなんとか言いながら一週間も付き纏ってたのは何処の誰でしたっけ?」


 レッドドラゴンとサラマンダーは上下関係が決まっているようで彼女達は遠慮したようだが俺達にはそんなものは必要ない。


 ワザとらしく吹き出すモニカに、溜息を吐くサラ。呆れ果ててキレ気味のティナがいれば、痛い子を見るような生温かい目するエレナに、腕を組んで何かに頷くヘルミと乾いた笑いを浮かべる雪。


「っ!!お前、まさかアリシアか!?どうりで綺麗な姉ちゃんだと思ったわけだ。それにしても……獣人のお前が二十年以上経つのに何で歳取ってねぇんだよっ!」


「ざぁ〜んねんながら見た目は変わらずとも歳は取るものよ?ほらぁ、ここに私が二十年の歳月を歩んだ証拠が居るじゃな〜い?」



「ちょっと!お母さん!?」



 頬にキスをしながらエレナの腰を抱き寄せたアリシアは、あろう事か胸へと手を伸ばしポヨンポヨンと揺らして見せた。


「お母さんだとぉっ!?」


「そうよぉ。最愛の夫との愛の結晶、愛する我が娘エレナちゃんでぇ〜〜すっ。ちなみにぃ、この子は売約済みだから、そこんとこよろぴくぅ〜」


 売約済みとか……まぁ確かにオークションで買いました、が!他に言い方ってもんがあるだろうに!


 また酔っ払ってないかと疑う言動に、さっきまで『これが計画』と言わんばかりに黙ったままでいたのでそれはないはずだと自己否定を入れておく。

 ならば、と考えれば何かしらの意図がありワザとという事になるがアリシアは一体何を考えているのだ?


「フンッ!お前に似て大層美人な娘だな。

だが、昔お前に付き纏ったのは俺が惚れたからとかそういうんじゃないっ。この森を統べる獣人王家がどれほどのものかと調査にだな……」


「ふぅ〜〜ん。調査に来た人が、調査対象の幼気な女の子を膝の上に乗せて甘ぁ〜〜い言葉を囁くわけぇ?」


「なにっ!!お前そんな事まで覚えて……クッ!違うっ!!それは獣人王家の王女を手に入れれば我等レッドドラゴンがこの森の支配を……」


「それってぇ〜、理由はどうであれ “ナンパ” よねぇ?あれあれっ?可愛そうだがら百歩譲ってナンパじゃなかったって事にしてもぉ、世界最強種族と名高いレッドドラゴンさんなのに高々こんな森の支配権を奪うのにこっすい手段を使うのねぇ、んん〜〜?」


「そ、それは……だな……力で捩じ伏せるのは簡単だが、弱い者を苛めても外聞が悪いだけでその後の統治に影響が……だから平和的にだな……」


「ふぅ〜〜ん、平和的にぃ?」


「力技だけではなく、平和的な戦略という物も勉強せねばと……」


「二十年以上も経ってるんだから色々勉強出来たはずよねぇ?そんな人がちょ〜っと強そうな人が居たくらいですぐ喧嘩売るってどう言う事かしらねぇ?ほらっ、説明して頂戴?」



──攻めるアリシアとたじたじのクラウス



 二人のやりとりを興味津々に見つめるのは、マーゴットを先頭にして整列したミルドレッドを含む四十八人の巨乳集団とリュエーヴ中将と呼ばれた少女。そこに細身の剣を携えた五十名ほどの部隊が合流した総勢百名近い尻尾の生えた女子の群れは揃いも揃って胸部に立派なモノをお持ちのようだ。


 ソレをゆさゆさと揺らしながら周り同士でヒソヒソと喋る様子に軍隊として鍛えられながらも女の子である事に変わりはないのだとアリシア達のやりとりも上の空に彼女達を眺めていると、いつのまにか向けられていた視線に気が付いてしまった。


「男性とは種族を問わず大きな胸に惹かれるのですね」

「トトさまはおっきい方がお好きなのですか?」

「お兄ちゃんは前からおっきい方が好きだよね?」


 そんな事を言われれば後の二人も俺が何をしていたのか理解して振り向くが、サラとエレナからは『しょうがない人ですね』といった優しい視線だったのに対してティナからは棘のある冷たい視線を感じたので目を合わせる事が出来ずにいた。



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