7.波乱の昼
朝食を終えた俺達は、衝撃に揺れるジェルフォを目の当たりにする事となった。
「陛下……今、なんと?」
力無く垂れ下がった尻尾と見開かれた目、小刻みに震える身体は理解と共に湧き上がる怒り故だろうか?
「ワシは止めたぞ?そりゃぁ〜何度も何度も。でも聞かなかったのはお前だからなジェルフォ、ワシは悪くないっ」
国王セルジルの突然のカミングアウトは、後継者争いの勃発するきっかけとなった “先が長くない” という国王の体調をサラが診ようとした事に始まる。
「病気など嘘だっ、ワシはどこも悪くない!」
アリシアを自分の娘だとは思わずナンパし始めた事実を聞いてしまえば、見る限りただの元気ジジィにしか思えない。
六十歳目前にしてシモの方が未だ現役である彼の主張を紐解けば、国王なんて面倒臭い仕事は放り出し、身近なお姉ちゃんとイチャラブするだけの自堕落な生活を送ろうという魂胆のようだ。
後継者候補である二人が頼りなく思えて自分の家庭を犠牲に森を飛び出し、自らが人間に捕まるという苦渋を味わいながらも見事アリシアの連れ戻しという任務を達成して帰って来たジェルフォがそんな事を聞かされれば、落胆どころか怒り、もしくは殺意を覚えたとしても責めたりしない。
「こぉんのぉぉジジィ、人の人生弄びやがって……今日という日はもぉ許せやしねぇ!お天道様が見逃しても、この私の耳に入った以上生かしちゃおけねぇ!!覚悟してその男根出しやがれぇぇっ!!!!」
「待てっ、馬鹿!落ち着けっ!落ち着くんだ!! そんな事したら本当に死んじまうっ!」
妻の暴走を止めようと羽交い締めにするライナーツさんが普段とは違う言葉使いになっているが、たぶんあれが包み隠さないあの人なのだろう。
一方、首も跳ねられるような大きなハサミを何処からともなく取り出しセルジルに襲い掛かろうとするアリシア。その顔は怒りで鬼のような形相となっており、とてもじゃないがライナーツさんのように止める気にはならず、近付くのを忌避したくなるほどだ。
だがセルジルの言い分としては『止めたのに押し切った』であり、それが本当なら母国を思って動いたジェルフォではあるが自己責任だと言われても反論は難しく、話を聞いていたアーミオンも何か言いたげに頭を抱えていた。
そもそもだ、何を基準に決めたかは想像がつくが、アリシアが出て行くきっかけとなった結婚相手とてセルジル自身が決めたのだ。
それが原因でジェルフォが容認出来る後継者候補が居なくなったという事は、近衛隊長という職に在りながら逃げ出したという汚名を着せられたのも、現在進行形で彼の家庭が壊れかけているのも、隊長不在を魔物の群れに襲われ食客を雇う羽目になったのも、全部全部、元を正せば全てセルジルの招いた結果なのだ。
ちなみに食客とは今朝湧いて出たチャラ男の事で、無理だと訴えるアーミオンの意思を無視して団長に任命して少し経った頃、不定期で起こる魔物の氾濫が起こったそうだ。
統率の取れない獣王騎士団が苦戦する中、颯爽と現れたチャラ男が次から次へとまるで湧くように現れる魔物の大群をバッタバッタと切り殺し、勝利への足掛かりを作ったのだという話をアーミオンから聞かされた。
それ以来、今朝までの半年余りを王宮で用意される豪華な食事を食っては町で女の子をナンパし食べ散らかすという、さながらこの国の王様のような自堕落な生活を送っていたのだと言う。
ちなみに、俺の自慢の風壁を切り裂いた奴の剣は王都サルグレッドでも指折りの鍛冶師が作った魔導剣で《スペルブレーカー》と言うらしい。その名の通り魔法を容赦無く叩き斬る事の出来る武器だとのこと。
見た感じ普通の剣だったが、なんでも見た目で判断してはいけないという事だな。
「言いたい事は山ほどあるから後で覚えてなさいっ!」
未だ殺し屋のように殺気立つ目をセルジルに向けてはいるが、ライナーツさんの必死の声にようやく話が出来るほどに怒りを鎮火させたアリシア。
「書類にざっくり目を通して分かったけど、ラブリヴァはこのクズ供が好き勝手するためだけに存在しているようなものね。よくもまぁ、こんなにも好き放題にされて国民も黙っていないもんだと関心するわ。
この国、放っておけば一年持たずに潰れるわよ、間違いなく。
だから、ジェルフォの望み通り私が女王となる事にしたの。まぁ、根回しはしてきたから予定通りと言えばそれまでね。
ってなワケでぇっ、使えるものは使うから強力よろしく!」
アリシア曰く、国王の我儘政治は国民の税を搾り取り、限られたごく一部の者だけが贅沢な暮らしをするという典型的な独裁スタイル。
自分だけが良ければ他は知らぬと、君主としては最低な理念に乗っ取り行って来た最早政治とは言えぬ国の舵取りは、守らねばならぬ筈の国民を害し、不満を募らせるだけのものだった。
「で!早速で悪いけど、この後覇権争いをしてるアルミロとフラルツに宣戦布告しに行くから付いて来てっ!」
▲▼▲▼
義理母であるアリシアの頼みだ、聞ける頼みであれば多少の無理くらいならば引き受けよう。
だが疑問は残る。何故俺達はこの国の議会になど呼ばれたのか……ただの冒険者である俺の理解が及ぶ事はなかった。
「皆、噂では聞いているとは思うが二十数年前にこの国を去ったアリシアが戻り、連れ帰った強力な手下をもって我が国に侵攻する魔族共を退けるという輝かしい功績を挙げた。
そこで昔からある “出戻り許すなかれ” という鉄の掟は免除し、特別にこの国に戻る事を許そうと思う。
意義のある者はおらぬな?」
国王セルジルの座る一際豪華な席から見渡せるよう半円状に造られた議員席は五層の雛壇になっている。
その一番下の段、国王の目の前にある席は二つしか無く、その一方には他の議員の二倍は有りそうなデブい男が、もう一方には何処か幸薄そうな線の細い男が座っている。
両名の頭には白くて長いウサギの耳が付いている事から、この二人が国王の後継者と噂のアルミロとフラルツなのだろう。
「陛下、恐れながら言わせてもらいましょう。
此度の魔族の襲撃とその引き際の良さ、そしてあまりにもタイミングの良過ぎるアリシア姫の帰還と魔族撃退の功績。ここまで完璧に揃い過ぎていると如何に寛容な私と言えども、これがただの芝居ではないかと疑わざるを得ません。
その証拠に、アリシア姫の連れて来た男の隣にいる美しい女性は襲撃してきた魔族の最高幹部だという噂ではありませんか。
更に言えば、我々獣人が人間界に出れば捕縛されて二度と戻れないのが常。
しかしそれでも命辛々戻ってきた者はおれど、自身の手下として人間を連れ帰ったなどという話は聞いたことがない。
アリシア姫。二十年以上経った今、貴女は何故平然と戻って来られたのですか?貴女の真意をお聞きしたい」
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