46.指導という名の……

「おはよ、お兄ちゃん」


 薄明るくなった窓から朝を告げる光が入り込み始めたいつもの起床時間。目を開くとすぐ横では、俺を見つめるモニカが機嫌良さげに足を パタパタ させていた。


「ああ、モニカ、おはよう」


 おはようのキスをすると ニコニコ のモニカの顔にほんの少しだけ違和感を感じ、何か妙な胸騒ぎを感じる。


「お兄ちゃん、朔羅に会ってたでしょ?」


 一瞬 ドキッ としたが朔羅の事はモニカに話してある。そりゃあ自分を抱いて眠っている時に、夢の中でとはいえ他の女の所に行ってしまっていると知れたら気分の良いものではないだろう。


「ごめんな、実はそうなんだ。あそこに行くのもコントロール出来ればいいんだけど、まだそうもいかなくて……本当にごめんな」


「なんで謝るの?いいよいいよ、気にしてないし。お兄ちゃんは私の事を好きでいてくれるんでしょ?」


 ニコニコとした態度を崩さないモニカ、本当に気にしていない……のか?


「勿論だよ。それは昨日の夜にいっぱい伝えたと思ったけど、伝わらなかったか?

 それならもう一度よく伝えないといけないな」


 指を絡めた両手をベッドに押し付けると上から青い瞳を覗き込む。微笑んだままで真っ直ぐに見返してくる瞳に朝の光が煌き、サファイアのように キラキラ としていてとても綺麗だ。


「今からするの?」

「駄目か?」

「お兄ちゃんってエッチだよね。いいよ、私はお兄ちゃんのモノ。いつでも好きな時に、して」


 目を瞑り俺を待つモニカへとたっぷりと愛情を込めたキスをした。

 昨晩もモニカを抱き、夢の中では朔羅を抱き、起きたらまたモニカを抱こうとしている。俺の欲望は際限がないのだろうか?


 でも仕方ない、これも愛を体現する行動の一つなのだ。


 そう、愛するが故なのだ。



▲▼▲▼



「随分とゆっくりじゃのぉ、いつからそんな身分になったんじゃ?お主、ちと、たるみ過ぎじゃのぉ。さっさと飯を食い、準備せいっ。

 少しばかり強くなったからといって鍛錬を怠るとはけしからんな。その根性、叩き直してくれるぞ」


 台所へ着くなり師匠から死刑宣告が行われた。みんな既に朝食は終わり、食後の団欒の時間になっている。

 確かに師匠の言う通りたるんでいたのは間違いないだろう。けど、俺にだって愛する妻との貴重な時間だったのだ。少しぐらい大目に見て……もらえないか。



 その後はもう、酷いものだった。ストレスでも溜まってましたか?と聞きたくなるほどにめっためたにされ、危うく消化される前の朝食が飛び出して行きそうだった。

 みんな痛いモノを見る目で見ていたが他人事ではないはず……だと思っていたら、キツイのは俺だけでみんなには優しい師匠。男女差別かよ!とも思ったが、アルに対しても普通に接しているので完全に俺だけ……何か気に障る事でもしましたっけ!?



 少しの休憩を言い渡されて木陰で寝転んでいると、近付いて来る二人分の足音。その二人はよく似た歩き方をし、足音を消そうと努力している。

 そんな感じがしたのに完全に消す気が無いのか、はたまた俺が敏感なだけなのかは分からないが、とにかく俺に向かって歩いて来ているのは分かった。


 一人が頭付近で立ち止まると座り込み、俺の頭の下に手を入れ持ち上げたかと思えば柔らかな感触を感じるようになる。

 もう一人は少し離れて木に寄りかかり座り込んだようだ。


「う〜ん、太腿気持ちいい。膝枕って落ち着くね」


「あら、起きてらしたのですか?お嬢様じゃなくてすみません。私などの膝枕でもよろしかったですか?」


「コレットさんってさ、なんでそんなに自分に自信がないの?それともメイドの心得か何かで自分を卑下しなさいとかあるの?

 容姿も抜群、性格も良いし、家事やらせたって超一流、恋人に欲しいと思う人なんて星の数ほどだと思うけどな」


「そうですか?肉欲の対象にとは思えど、私を恋人になどと思われる方はいないでしょう?」


「まぁいいけどさ。この間も言ったけど、俺はコレットさんの事をメイドとしては見てないからね?

 その話は一先ず置いておいて、クロエさんはどうしたの?」


 疲れた様子でぐったりと木にもたれ掛かり座り込んでいるし、服もあちらこちら破れてボロボロなうえに焼け焦げた跡まである。一体何してたんだ?


「お断りしたんですけどね、あんまりしつこいんで相手をしてあげたのです。もちろん忠告もしましたよ?結果は見ての通りですけどね」


「そ、そう……」


 何故クロエさんが対抗心を燃やしたのかは知らないが、弱くはない彼女がここまで一方的にやられるのはコレットさんがそれだけ強いというなによりの証拠。そういえばコレットさんが戦ってるのを見たのって、この間のレッドドラゴンで牽制してくれてる姿しかないな。本気でやったらやっぱり強いのかな?


「レイ様、変な考えはおやめください。レイ様は私の主人であるモニカお嬢様の旦那様。つまり私の御主人様でもあるのです。主人に手をあげるメイドなどいはしませんよ」


 一人の女性としてってのは受け入れてもらえないのかと少しばかり寂しく思ったが、コレットさんからしたらこれが普通なのだろう。主人とメイドという上下の関係よりも、仲間同士、同じ人間同士という対等な関係に見てもらえる日は……来るのかなぁ。


「レイ……休めとは言ったが、なんで膝枕なぞしてもらっとるんだ?お主、やはり鍛錬を舐めとるのぉ。それだけ回復していれば休憩も終わりでいいな?さっさとこっちに来い!」


 一昨日の晩の如く、今度は師匠に襟首を掴まれて引きずられて行く。

 コレットさんがにっこり微笑んで小さく手を振ってくれるので苦笑いで手を振り返すと、それに気が付いた師匠に拳骨を食らった……なんで殴られなきゃならなかったんだ?



 その後は “二刀流の指導” という名の虐待が始まり、夕食前にはボロ雑巾のようになっていた。

 エレナの用意してくれた愛情たっぷりの美味しいご飯を食べ終わると、ルミアがみんなに魔法の講義と指導を少しだけしてくれる。


 朝から晩まで師匠にイジメられ、夜はルミアの魔法の勉強。その後に婚約者達との触れ合いというハードスケジュールをこなしていると、あっと言う間に二週間と言う修練の時間は終わりを告げた。

 師匠のイジメ……じゃなくて熱心な指導のお陰で二刀流はどうにか形にはなった。まだまだ鍛錬を重ねないと実践で使えるレベルにはならないが、それはこれからの課題。


 その副産物として得たのは剣の技術、本気とは到底思えないが、そこそこ気合の入った師匠の剣に付いていけるくらいには上達することが出来たのだ。

 今まで遥か雲の上の人だと思っていた師匠と剣で語り合える、俺にとってはこの上なく嬉しい成長だった。いつの日か、本気の師匠に挑める日が来たらと胸が膨らむ。



 俺の中の枷であった封印が解かれ、本来の力が馴染んで来たところにタイミング良く指導してもらえた。ググっと成長したのは恐らくそういう事なのだろう。

 最初の勢いこそ無いがまだ湧き出す力の泉は枯れておらず、未だに力が増している感覚がある。それに加えてサマンサに流し込まれた火竜の魔力のおかげで俺の火の魔力までもが活性化されているらしく以前より力が増している感じもある。


 本来の力が完全に馴染み、六属性の竜の力が俺の身体に流された時、一体どれほどの力を得ることになるのだろうか?

 その上で鍛錬を重ねれば、師匠にも匹敵する強さを得ることが出来たりする……って、それは流石に甘い考えだよな。



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