21.高級宿
「初めて来られるってことは泊まるところは決まってませんよね?私達はこの町の者なのです。よろしければ助けていただいたお礼もしたいので家に泊まりませんか?」
声をかけられようやくまともに顔を見たけど、助けた二人のお姉さんは同じ顔をしていた。最初は目を疑ったが双子の姉妹らしく、同じ人が二人居るかと思ったくらい本当にそっくりだ。
歳の頃は多分二十歳を少し過ぎたくらいかな?肩にかかるストレートの金髪と茶色の瞳はもちろんの事で、ユリアーネ級に豊かな胸までそっくりな美人姉妹だ。
少し控えめな性格の姉がラン、遠慮なさげにグイグイくる妹がリンだ。外見的に見分けるポイントは口元のホクロの位置しか俺には分からなかった。
お姉さん達の気持ちを無下にするわけにも行かず、時間も遅目だった事もあり一晩お世話になる事にした。
案内をしてもらった先は繁華街の外れ、海沿いの一等地であろう場所に建つ高そうな宿の前に馬車を止めさせられた。あれ?自分家って言ってた筈だけどな……。
「父さんっ!母さんっ!ただいま戻りました!」
ランとリンが宿に入ると従業員さんが慌てて主人を呼びに行ったようで、これまた慌てて出てきた宿の主人とおぼしき身なりの良い夫婦と涙ながらにヒシと抱き合い互いの存在を確かめ合っていた。
何日も帰らない娘達を心配に思い捜索願を出した所に俺達が連れて来たということらしい。
一先ず中へと通された先は、外に拡がる海が一望できるほどの特大のガラスが嵌め込まれた窓のある素敵な応接室だった。
「うわぁっ!すっごい綺麗!ひろ〜〜いっっ」
窓一杯に広がる赤のコントラスト。その中心にある太陽はオレンジに染まった海へと身を隠す寸前であった。
湖より遥かに広い水平線、初めて見る光景に感動し、皆で並んで見惚れていた。
「海は初めてですかな?この宿は全てのお部屋の窓から、海に沈み行く太陽がご覧になれます。一日の終わりを告げる神秘的なイベント、私もこの景色が好きで毎日のように見ています。
あ、いや、すみません。自己紹介がまだでしたね。私はこの町で商人協会の長を務めておりますロンと申します。娘から話しを聞いて驚きました。まさかあのブラックパンサーに捕まっていたとは……。娘を助けていただき心から感謝致します。本当にありがとうございました。
貴方方は娘の恩人だ、この宿一番の部屋をご用意致します。どうぞ好きなだけ滞在なさってください」
ロンと名乗った二人の父親である背の低い丸々としたいかにも中年のおじさん。後ろからポンって蹴ったらゴロゴロと面白いくらい転がって行くだろうなと想像したのは咎めないでほしい。
『なぜこの人からあの姉妹が!?』と疑問の声を上げてしまうほど似ていないのだが、ランとリンと喋っている女の人、ロンさんの奥さんは姉妹と同じでスタイルも良く、若くて綺麗で『なぜこの人と?』と別の疑問が湧き上がるが心にしまっておいた。
「偶然助けられただけですのでそれほど気を遣わないでください。泊めていただけるのは嬉しいのですがキチンとお代は支払います。感謝してくださるのならお気持ちだけで結構ですよ」
「いえいえそれは……」「いえいえこちらは……」と押し問答を何度かした後、結局商人さんに口で敵うはずもなく押し切られてしまった。
案内されたのは最上階である四階、部屋と言うより家と言った方がいいくらいに広い客室だった。八部屋もの個室に加えて広いリビングに専用のキッチン、リビングと同じぐらい広いと思われるベランダからは夜闇に染まりかけた紫の海が遠くまでよく見える。心地の良い海風が頬を叩き潮の香りが鼻をくすぐる。
「ここに泊まっていいの?こんな素敵なお部屋、帰れなくなっちゃうよぉ?」
両手を頬に当てて海を眺めるモニカ、肩を抱き「ここに住んじゃう?」などと冗談を言ってみると キラキラ しとた目を向けられ満更でもなさそうな顔をしていた。モニカが望むなら宿ごと買い取るか?などと邪な考えが湧いてくるので慌てて首を振り頭から追い出す。宿の買取は無理でもこの部屋を永遠に借りられるくらいの資金は、あの盗賊団が置き土産として残してくれたんだ。
「気に入ってもらえましたか?」
双子の姉ランさんが俺に並びベランダの手すりにもたれかかる。丁度豊かなお胸様が乗っかりそのまま下に落ちてしまわないかハラハラしてみれば、その視線に気付かれ頬を赤く染められた。
「あ、いや、ごめん。その……つい……」
「お兄ちゃんのエッチ」
気が付いたモニカが不機嫌そうな顔で腕を抓る。その痛みで彼女達双子が昨日まで晒されていた状況が脳裏に思い出された。
「本当にごめん、気を付けます」
なるべく見ないようにしようと後ろ髪を惹かれながらも無理矢理海に視線を戻すと少し沖に船が浮かんでいるのが見えた。こんな時間まで魚を獲っているのだろうか、漁師さんも大変だな。
「あの……そんなに気にしないでください。そういうのには慣れています。
もう少ししたら食事の時間ですので、また声をおかけしますね」
立ち去る後ろ姿を見やれば、着替えを済ませたタイトなワンピースのお尻が姿勢良く歩く姿に合わせプリプリと揺れている。
本当にスタイルがいいんだななどと思っていればまたしても腕に走る痛み。恐る恐る顔を向けると目一杯頬を膨らませたモニカが睨みを効かせていた。
「どうせオッパイありませんよぉだっ!」
そんな事はない。モニカだって少し寄せるだけで谷間が出来るほどのモノがある。ごめんなさいと心の中で謝りつつ背後からそっと抱きしめると、お腹に回した俺の手にモニカの手が添えられる。
そのまましばらく二人で夕焼けから夜の闇へと沈んでいく海を眺めていた。
「今は陽が沈んだから黒く見えるけど、昼間は碧いらしいよ。明日が楽しみだね」
身体を預けたまま首だけで振り返るモニカ。顔を近付ければ思いなどいとも簡単に伝わり、唇を重ねればロマンチックな雰囲気と相まって彼女の全てを求めたくなる。
海を見ながらお外でというのもなかなか良いなぁなんて思ってると背後から人の気配がする。
「あらあら、お邪魔かしらね?」
そう言いつつも遠慮もなしに俺達の隣に立つサラ。通り過ぎる微風が海を眺める彼女を優しく撫でれば、それに誘われるように銀の髪が揺れた。軽やかに広がった銀糸に手を当て軽く抑える、宵闇に映える絵になる仕草に目が奪われた。
腕の中には愛するモニカがいるというのにさっきはランさんに、そして今度はサラだ。コレットさんを含めて俺の周りには綺麗な人が多過ぎるとはいえ、ゼロ距離にモニカが居てもなお他所に気が行くっていうのもどうなんだろう……俺って駄目な奴じゃない?
モニカを抱く力を少しだけ強め、彼女をもっと感じることで邪念を追い出そうと試みる。そんな俺を不思議そうに見上げるモニカに再びキスをすれば隣からは消え入るような溜息が漏れ聞こえる。
「明日は海に行きませんか?せっかくだし、泳ぎたいわ」
言葉を漏らしたくせに返事も聞かずに戻って行くサラ。入れ違いにトトトトッと軽い足音が聞こえたかと思いきや ドンッ と軽い衝撃が訪れた。
「トトさまカカさま、ご飯を食べに行きましょう。リン姉さまが呼びに来てくださいましたよ」
太陽のような笑みを浮かべて見上げてくる小さな天使、軽い雪を片手で抱き上げるとモニカと手を繋いで部屋へと戻った。
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