24.特別な力

──俺の特技?なんだろう……全然分からん。


 馬車の心地よい揺れに身を任せがらアルの言葉を思い出してぼんやりと外を眺める……と言ってもベルカイム周辺は森に囲まれているため、いくら外見の窓があっても目に映るのは木、木、木だ、空すらこの角度では見ることが出来ないという悲しき状態。時折吹き込む風により俺の肩に垂れるオレンジ色の髪が頬を撫でて癒しを与えてくれる。

 モヤモヤした気持ちを持て余す俺とは真逆に人の肩を枕に幸せそうな寝顔を晒すティナがちょっとだけ羨ましくなり悪戯をしたくなるが……我慢した。


「ふぁぁ、寝てしまっていました」

「ありゃ起きちゃった?もっと寝てればよかったのに」


 そんなにすぐ起きるなら悪戯してもよかったか?などとイケナイ考えが湧いてくるが、それは結果論というやつなので窓の外へサヨナラする。


「じゃあ、もう少しこのままレイの肩を占拠することにしましょう」


 再び肩に預けられた頭を優しく撫でてやると嬉しそうに目を細める。


 ティナが起きたのなら自分の中のモヤモヤを解消しようと後ろを振り返れば プクリ と頬を膨らますユリ姉と目が合いとてもビックリ。その途端に窓の外へと視線を向けられてしまったが……俺、なんかやらかした?


 きっと大丈夫と根拠のない適当な言い訳を自分自身に言い聞かせてアルを見れば、隣に座るクロエさんがいつもの眠たげな目で『邪魔するな!』と言わんばかりの鋭い視線を突き刺してくる。

 一瞬の動揺、だがそれにもめげず思わず飲み込みかけた言葉を思い切って吐き出した。


「なぁアル。考えてても分かんないんだけどさ、俺の特技ってなんの事だ?」


 気怠そうに俺を見るなり深いため息を吐く──やっぱり分かってないのか、みたいな顔しやがって……分かんないから聞いてるっつうのっ!


 鞄から水の入った皮袋を取り出すと俺に見せ、指で コンコン と突つく。


「この水を増やせるか?」


 は?どういう事?皮袋の水を増やすには水を足せばいいんじゃないのか?


「ただの水を増やすには他から持って来て足すしかない。だが、魔法で作り出した水を増やすには魔力を注げばいい」


 右手の上に浮かんだ飴玉サイズの水玉が注がれる魔力を吸ってどんどん大きくなっていくが、パチンッ と鳴らされた指音と共に跡形もなく消て無くなる。


「リリィ、水玉作ってくれ」


「なんで私が……」と文句を言うリリィの隣、アルの意図を察したユリ姉が俺に向かい指を出せば、そこに小さな水玉が浮かぶ。


「レイ、その水を増やせるか?」


 そんなの簡単だろ?

アルに言われるがままにユリ姉の作り出した水玉を宙に浮いたままに受け取り魔力を注いで顔の大きさ位まで膨らませれば、それを見ていたカミーノ家の面々が驚きの表情を浮かべる。


「じゃあティナ、その水玉をもっと大きく出来るか?」


 まだ大きくするのか?どうするのよコレ。


「私が!?」


 いきなり振られて驚いていたが、それでも「やってみる」と言って俺の手に浮かぶ水玉に向けて両手をかざし、目を閉じて集中を始める。

 しばらくしたが水玉は一向に変化する感じはなく、そのままの形でただ浮かんでいる。


 ティナを待っている間に水玉の形を変えて遊んでみる。箱型、星型、最後は渾身の力作、猫ちゃんだ!それを見ていたカミーノ家の面々は一様に目を丸くし、ヒソヒソと隣同士で何やら話している。

 唯一集中のあまり見ていなかったティナは、とうとう魔力を流すのを諦めて腕を降ろすと深い溜息を吐き出した。


「私には無理ですね、どうやってやるんですか?」



──あれ?出来ないとか……嘘だよね?



「自分が何をしてるのか分かったか?」


 さっぱりわかんねー。なんでティナは出来なかった?魔法が使えない俺ですら簡単に出来るんだぞ?魔法が使える人に出来ない訳ないだろ。


「他人が作り出した魔法を乗っ取り自分の物として操作する、お前がやっているのはそう言う事だ。

 レイは子供の頃から一切の魔法が使えなかった。だが何がきっかけかは知らんが、他人の作り出した魔法を操作する術を身につけた。だから、誰かが火を着けてくれさえすればそれをコントロールして料理が出来てたんだぞ?

 それは別にお前以外に出来ない訳じゃないが、そんなに自然に、まるで手渡しで物を貰うように出来る奴なんてまずいないだろうな。それがどういう事だか分かるか?

 例えば、俺が火球を作り出しお前に向けて放つとしよう。どう対処する?」


「避ける!」


「……馬鹿なのか?それとも人の話を聞いていないのか?一回死んでこいよ」


 真面目に答えたのに本気で呆れやがった!いや、普通に考えたら避けるのが一番手っ取り早い……叩き斬るのもあり?


「アンタさぁ、人が作り出した魔法を自分の物としてコントロール出来るんじゃないの?さっきの水玉みたいにさ。

 ちなみに猫ちゃんなんて私には出来ないわよ?そんなに器用に魔法をコントロール出来るなんて異常だわ」


 腕を組んだリリィまで呆れた顔をするがちゃんとヒント……というか答えを教えてくれた。つまりそういうことか?


「飛んで来た火の玉を自分の物にして投げ返す?」


「それでいいんじゃないか?もちろんそれだけじゃなく、剣に纏わせたり、自身に取り込み身体能力を向上させるなど、使い道なんていくらでもあるだろ。

 つまりお前は火の魔法が使える状態になるってことだよ、もちろんその場限りの一回限定だがな。複数の火の玉が飛んでくれば複数回の魔法が使えるチャンスだという事、ただし、処理が間に合えばの話だがな」


 マジか!考えもしなかったぞ!相手が魔法を主体にする奴なら俺って最強じゃね?

 それとも、戦う前に誰かから魔法をもらえば俺でも強くなれたりするのか?


「これはぁ私の仮説なんだけどぉ、相手の魔法を乗っ取るにはぁその魔法の発動と同じだけの魔力が必要だと思うのよねぇ。

 魔法を使うにはぁ体内で魔力を練り上げ、それを体外で魔法として発動させる、その二段になってるわぁ。魔法に慣れてない子だとぉ、まず魔力を練るのに時間が掛かってしまいぃ魔法の発動が遅いのねぇ。

 レイは “魔力を練るのが凄く早い” のよぉ。小さい頃からぁ生活の中で自然に鍛錬してきた “人の魔法を操る” センス、それに加えて最近更に “大きくなってきた魔力”、この三つが合わさって初めてぇ魔法の乗っ取りなんて荒技は成功するんだと思うわぁ。

 戦闘中に魔法が生成されて着弾するまでの時間なんてぇほんの僅かな時間だけどぉ、その間に魔法を乗っ取る魔力を練るなんてぇレイ以外ではよっぽど魔法が得意な人しか出来ないんじゃないかなぁ」


 師匠のところに転がり込んでからというもの魔法が使えないのに魔力を扱う訓練はずっとやらされていた。

 最近では特に魔力の集積時間短縮と魔力量を増やす為の訓練を始めたのだが、ルミアから渡された魔晶石は、もしかしたらこの為の訓練をさせるのが目的だったのかもしれない。



「はい、皆さん注目っ。ちょっとしたお遊びをしましょう」


 俺は魔晶石を取り出しみんなに見えるように掲げると、そこに魔力を込める。殆ど間をおかずに現れる六センチのオレンジ色の炎。


「これはルミアから借りてる魔力を測る魔導具だ。この魔晶石に魔力を込めると中に在る炎が変化する。

 炎が現れるまでの時間で魔力を練る速さが、炎の大きさで魔力の量が、炎の色で魔力の質が判るんだ。色は魔石と同じで青が一番弱く、青から黄色を経て赤の順に変わる。魔法の得意な人で三センチの緑色の炎らしいよ」


「貸しなさいよ!」とリリィが俺の手から引っ手繰り真剣な顔付きで魔力を込め始めると、二十秒くらいすれば五センチの俺よりやや黄色が強いオレンジの炎が現れる。


「あんたより下とか納得いかないわ?」


 不機嫌丸出しにむくれるリリィだが、俺にどれほどの魔力が有ったとしても魔法自体が使えないって事を忘れてないかい?お前の方が十分凄いって。


 その後は暇を持て余したみんなが一人ずつ順番に回して魔力を測ってみた。メイドさんも含めて全員普通より魔法が出来るようだ、流石上流階級の人達と言ったところか。

 しかし群を抜いて凄かったのはユリ姉だ。リリィより早く炎が現れると俺より大きな赤みのかかったオレンジ色をしていた。流石です、姉御!


 アルはどうかというと三十秒を少し超えた所で三センチちょっとの黄色の炎。


「俺は肉弾戦派だからいいんだよ」


 本人が納得してるなら別にいいんだが、口で何と言おうともやはり俺より劣るのが悔しいようで、魔晶石を握り締めて何度も何度も炎を出していたが結界などそうそう変わるはずもない。

 それでも平均は軽く超えているから十分凄いんだけどな、まぁ頑張れ!


 俺もお前のお陰で希望が見えた、俺は俺で鍛錬頑張るぞっ!


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