20.空駆ける馬
取引き先の息女が偶然にも訪れた事はクララにとって驚くべき事だったようだ。
モニカの事を チラチラ 見ていたのはこっちとしても気になったが『真っ直ぐ北に向かえば良い』との情報をくれる彼女の前で何時もよりかなり小さめな二メートル四方の風の絨毯に乗り込んだ。
「兄さん、実は神様だべ?」
「ごく普通の人間だよ。それよりゴーレムのコア、頼んだよ?」
驚きと呆れの混じる笑顔に見送られ太い木の間を縫って進むことに集中していれば、胡座を掻く俺の上に座る雪のすぐ真横、空いている太腿を枕にして丸くなって寝転んだモニカ。
そんな事をすれば「私も〜っ」と真似をして反対側の太腿で横になったエレナの耳が雪の顔をくすぐると、定位置になりつつある背中からサクラが身を乗り出す。
「レイシュア、モテモテだね」
「ありがたい限りです」
クスクス と上品な笑い声が聞こえたかと思ったらアリサの魔力が全員を包み込んだ。
──火、風、水、土と、光に闇
六つの魔力のどれでもない不思議な感じに意識を奪われれば体が凄く軽くなった感じがする。
「うぉっ!?」
「!? 何っ?」
「森の中でこのスピードはスリリングですね〜」
次の瞬間、それまでとは違い何かに背中を押される勢いで加速を始めた風の絨毯だが、俺の込める魔力には変わりがないはずだ。
「この世に存在する全ての物は重力という強大な力に縛られているわ。それから解き放たれた開放感はどうかしら?
エルフは移動を繰り返して生活する種族だと聞くわ。あの娘の教えてくれた場所にエルフの集落が今もあるとは限らない。
この広い森の何処にいるか分からない人達を探すのには四日なんて少な過ぎるわ、わたくしも手伝うから魔法の制御は頑張って頂戴」
アリサのお陰で速度を早めた風の絨毯は、魔導車に近い速度で障害物の多い大森林の中を駆け抜けて行く。
木の上を行く分には速くて楽で良いのだが、肝心のエルフの集落を見落としては元も子もないので、何かのゲームのように木にぶつからないように集中するしかない。
「こっち側は見とくからお兄ちゃんは運転に集中よろろ〜」
お昼寝でもするかの体勢のままにモニカの魔力が空気を侵食し始めれば アッ という間に遥か遠くまでを見通す彼女の目となる。
「うっ……わ、私だって頑張りますよ!全然得意じゃないけど……」
上半身を起こしたエレナだったがモニカの魔力にたじろぎながらも対抗心を剥き出しに再び寝転ぶと、不得意ながらも魔力を練り上げ、反対側を探るべく魔力探知を始めた。
「悪いけど頼む」
アッシュグレーと金の髪を撫で、サラの二の舞にならないように前方に集中を始めれば再びアリサの声が聞こえる。
「レイよりモニカの方が光の魔力の使い方が上手なのね。
光の魔力は単体で使うよりも他の属性の力を増幅させる方が有用だわ。それがキチンと出来るようになれば今とは比べ物にならない程に強くなれると思うんだけど、その辺りの修練もしないといけないわよ?」
「分かってる、けどっ!後にしてもらってもいい!?」
彼女の指摘はなかなか上手く行かずに先送りにしていた事。だが残念ながら今はそれどころではなく、前方を魔力探知で調べつつ物凄い速さで迫る巨木を避ける事だけに集中しなければ、ここに居る全員が木に激突し怪我では済まない事態になりかねない。
「あらあら、良い殿方とは本当に余裕が無くとも顔には出さないのよ?どっしりと構えて周りに安心感を与えるのもレイの役目だわ」
「分かったっ、努力する!努力するからっ、今は勘弁して!」
見かねたコレットさんが出してくれた紅茶のお陰で チクチク と虐めてくるアリサは押し黙った。
俺のためを思って言ってくれているだろうけど『はい、分かりました』で直る簡単なものではないので余裕の無い時に言うのは止めて欲しい。
それも分かった上で俺で遊んでいる感は否めなかったが、それがアリサなりの俺達との付き合い方なのかも知れないと思いつつ、かつて無いほどに神経を使う移動に集中した。
▲▼▲▼
ドワーフの集落を出発して一時間程が経った頃、クララの言っていたエルフの集落に到着した。
俺の体感では半日くらい移動していたような疲労感に包まれつつも速度を落として停まれば、気が抜けたせいか身体が妙に重たく感じる。
「とぉーちゃーっくっぅぅううっっ!?」
俺の膝から雪を奪い去り、一番乗りをするべく風の絨毯から飛び降りようとジャンプすれば、打ち出された砲弾の如く、勢いそのままに上空へと登って行くではないか!
「あらあら、大変」
「お嬢様、どちらへ?」
面白がる雪を抱えるのとは反対の手をバタつかせバランスを取ろうと必死になる姿に、アリサもコレットさんも空を見上げて微笑んでいるだけだ。
仕方なく風の絨毯を降下させると同時に上空へ飛び上がれば嘘のように身体が軽い。
「うぉっと! あっぶね」
勢い余ってモニカ達に激突する寸前で風魔法の制御が間に合い、二人を安全に抱き抱えると地上に降り立つ。
「重力がカットされている状態での移動は慣れてないと難しいのよ」
地に足を付けると同時に身体が重く感じ、先程までかけられていた重力魔法の効果が消えた事がよく分かる。
「貴様等は魔族か!?何故このような場所にいる?返答次第では容赦せぬぞ!」
気怠さを感じる体を回せば『兄弟ですか?』と聞きたくなるような全員似通った顔付きの五人の金髪ロン毛男が弓を引き絞り、今にも撃ってきそうな敵意剥き出しの形相で立っている。
「待って下さい!私達はエルフの族長にお話があって来ました。戦うつもりも、危害を加えるつもりもありませんっ!」
躊躇なく前に進み出たのは、両手を広げて身を挺するエレナだった。
その姿に驚いた男達は、すかさず弓を下ろした真ん中の男の制止で同じように弓を下ろしたものの、警戒心は剥き出しのままで今にも仕掛けて来そうな雰囲気が感じられる。
「族長にお話と申されたが、どのようなお話なのでしょう?我々エルフと獣人との間には長らく交流は無い。関わりを持たない我等の間には話す事など何も無いはずだ。
獣人王家の貴女に免じて手は出さぬ故、速やかにこの場を立ち去って頂きたい」
「私は次期国王となるアリシアの娘エレナです。 この度は母の遣いで貴方がたに会いにやってきました。
大森林フェルニアの未来に関する話がしたいと言う母の要望を聞いて頂く為、どうか族長さんに合わせてください」
「フェルニアの未来……だと?」
凛としたエレナが向かい合う五人のエルフは皆一様に真っ直ぐ伸びる金の髪を肩で切り揃えており、袖の無いゆったりとした麻の服に身を包んでいる。
上下共に深い緑の服がお揃いなのは民族衣装かとも思うし、人間と同じ位置にある耳が倍くらいに伸びて尖っているのも種族の特徴かもしれない。
だが、女の子のように白い肌や、細身の体型まで一緒ともなれば、兄弟どころか五つ子か、もしくは本に描かれる忍者のように分身の術でも使っていはしないかと妄想を掻き立てる。
「貴女からは腹黒さや邪悪なモノといった負の気は一切感じない。
良いでしょう、族長には取り継ぎます。ただし族長がお会いになられるかどうかまでは私には分かりかねます故ご了承を。
それと残念な事に、此処は我々が昔住んでいて破棄した場所だ。今は別の場所に居を構えている故、暫し時間がかかるがよろしいかな?」
良いも悪いも彼等に従うしかなく コクリ と頷いたエレナに頷き返した真ん中の男は口に手を当てると森へと向かい指笛を鳴らす。
良く通る高い音が響き渡れば、数秒後には複数の馬の蹄が聞こえてくる。
森を移動するには最適な乗り物だと思った次の瞬間、意表を突くその姿に動揺する事の少ないコレットさんも含めて俺達の全員の目が丸くなった。
真っ白な馬体は美しい筋肉で飾られ、惚れ惚れするほどにしっかり締まっているのだが、それより目を惹くのは馬体の真ん中より気持ち後ろから生えた大きな鳥の翼だ。
片翼二メートル近い白い羽を広げた姿は感動を誘うほどに美しく、一頭譲って貰えないかなどと考えてしまう程。
でもよくよく考えたら、これってシュテーアに対する浮気になったりするのか?
「なんだ、てっきりコレ目当てに来たのかと思ったが、その様子では違うようだな。こいつ等は《ペガサス》、天馬の異名を持つ文字通り天を駆ける馬ですよ。
族長の返事を聞いて来るとなるとこいつ等の脚でも戻るのは明日の昼ぐらいになってしまう。此処の空き家は使ってもらって構わないので、申し訳ないがしばらくここで待っていてください」
馬の背の高さは、首の付け根付近にある “き甲” という骨までを測るのだが、ペガサスの体高は馬車を引くような大型の馬より更に大きく、目測で二メートルは超えており、そこからさらに首が伸びるため頭までの高さともなれば三メートルを超えるだろう。
そんな高さにも関わらず、慣れた様子で背中に取り付けられた鞍へと一息で上がると、伸ばした二本指を眉尻に当てて『じゃあそう言う事で』と言わんばかりにウインクをして空へと舞い上がる。
その仕草に両手を頬に当てて「カッコいい!」と叫ぶウサギがいるものだから、五人のエルフを乗せた三頭のペガサスが空の彼方に消えゆくのを眉間に皺を寄せて見送る羽目になった。
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