35.対抗意識
三日ぶりに地下室から出ると、その足で台所へ向かった。
そこに居たのはエレナ。竃に向かい鼻歌を歌いながら楽しげに夕食の用意をしている後ろ姿を見ると、帰ってきたんだなぁとしみじみ感じる。
「アンタには迷惑かけたわね」
振り向いたエレナは目を丸くし、持っていたオタマが床に落ちるのも気にせず物凄い勢いでリリィに向かい突撃して来た。
「リリィさーーーんっ!!!」
二人が嬉しそうに抱き合うのをすぐ隣で見ているとサラに癒される前のリリィの姿が目に浮かぶ。エレナに任せきりにしてしまっていた事に申し訳なく思うと同時に、一人で世話を続けてくれていた事に心から感謝した。
「良かったぁ、本当に良かった〜。起きなくなってしまった時は本当にもうどうしようかと思いましたよ!本当に、本当に……ズビッ、こんなに元気になって、スビビッ、元のリリィさんに戻ってくれてよがっだぁ……ズズズズズッ」
涙と鼻水でくしゃくしゃの顔でリリィの存在を確かめるようにギュッと抱きしめている様子にはグッとくるものがあり、目頭が熱くなるのを感じた。
だがそのとき……
ぐ〜〜〜ぎゅるるるるるるるるるっ
盛大に腹の虫が泣き喚き、俺の目に溜まり始めた涙がスーッと引いていけばリリィが顔を赤くした。
そして再び……
ぐるぐるぐるぎゅるるるるるるるるるる〜〜〜っ
静まり返た台所、お鍋の コトコト という音だけが聞こえる中、その空気に耐えきれなくなったのかとうとう張本人が口を開いた。
「エレナ」
「はい、リリィさん」
「お腹空いた……」
感動の再会を蹴り飛ばしたリリィの腹の虫、だがまぁ仕方あるまい。リリィは俺達が来る一週間前から昏睡状態に陥り、俺達はリリィの心の中に三日居た。つまり少なくとも十日は何も食べていない計算になるのだ。ご飯の香り漂うこの場所で腹の虫が『飯はまだか!』と腹を立てるのも無理のない事。そういう俺もリリィの腹の虫に刺激されたのか急に腹が減っている感じがしてきた。
「す、すぐに作りますねっ!もうすぐ出来上がるところだったんです、座って待ってて下さい。リリィさんいっぱい食べますよね?すぐ次のも作りますねっ!よぉし、頑張っちゃうぞぉっ」
腕まくりをすると張り切って竃に向かうエレナ。それとは入れ違いに トトトトッ と軽快な足音が聞こえて来たかと思うと背後からドンッと軽い衝撃がやって来る。
「トトさま!やっとお目覚めですねっ。待ち侘びてました!」
振り向けば両手を上げて抱っこしてのポーズをとる雪の姿がある。珍しく積極的なおねだりに何かあったのかとも思ったが、三日ぶりだからかと勝手に納得してすぐに抱き上げてやると首に抱き付き、ぷにぷにの頬を グリグリ 擦り寄せるという激しい愛情表現を受けた。
「トトさまが不足していました」
一頻りくっ付いて満足したのか、顔を離すとにこやかにそう告げてくる。俺がモニカと離れているとなるように、雪まで同じように俺不足になっちまったのかと心の中で苦笑いした。
「アンタいつの間に子供なんて作ったのよ!あ、まさかこの子がモニカとか言うんじゃないでしょうね!?アンタそう言う趣味があったの?信じらんない……」
いやいや待て待て、反論する隙くらいくれよ!
「はじめましてリリィお姉さま、私は雪と申します。モニカは私のカカさまですよ」
リリィに振り返り丁寧にお辞儀と挨拶をする雪は見た目が六歳児なのにとてもしっかりしている。お父さんは雪が良い子に育ってくれて嬉しいよ……雪は出会った時から良い子だったけど。
「カカさまって……お母さんってこと!?アンタみたいな大きな子供がいる人なの?」
「雪ちゃんは水の精霊様なんです。初めましてリリィさん、私がモニカです。お兄ちゃんのお嫁さんやってます、どうぞよろしくお願いします」
「お兄ちゃん?」と首を傾げながらも差し出されたモニカの手を握り挨拶を交わしたリリィ。そりゃそうだよな、俺に妹など居ない事くらいリリィやアルは百も承知なのだ。
「えっと、お兄ちゃんが私の事が妹みたいだと言ったので、そこからずっと呼び方がお兄ちゃんで定着してるだけです。特に意味はありませんよ?」
「ふ〜〜ん」と聞いてるのか聞いてないのか分からないくらいの返事をするリリィは放って置いて久しぶりのモニカに近寄り、サラとリリィが見てたけど気にせずキスをした。
「三日も寝てたらしいな、心配かけてごめん」
「あ、その、えっと、大丈夫よ?みんなと一緒に居たからそこまで苦じゃなかったし。お兄ちゃんこそ大変だったでしょ?お疲れ様でした」
いつも通りにこやかに雪を抱っこするのと反対の腕に抱き付くと、人に見られているから恥ずかしいのか口ではなく頬にキスをしてきた。
リリィとサラがジト目でニュッと近付いてくるので思わず一歩引いてしまった。何事かと思うと、二人して頬を膨らませている。
「私にはキスしないの?」
「モニカだけズルい……」
二人して顔を赤く染めながらそんなことを言い出すので嬉しく思え、それならばとご期待に応える。
熱を帯びて真っ赤になった頬に手を当ててキスをすると、いつものリリィからは想像も付かないようなデレっとした顔になった。
次はサラの番だと頬に手を当てるが、大丈夫なのかと心配になるほどリリィに負けず劣らずの赤い色に染まっている。まぁ恥ずかしいだけならいいかとゆっくり顔を近付けご希望通りのキスをすると、手で顔を押さえて隠れるので、そこまで恥ずかしいなら対抗して言わなきゃ良いのになどと思いもする。
「トトさま、私には無いのですか?」
抱っこされたままで三人の女性にキスをするのを極間近で見ていた雪までおねだりしてくるので、オデコにチュッとすると雪スマイルでニコリと笑ってくれた。
「あぁーっ!何してるのよ!私にはっ!?私にもしてよぉっ」
外から帰って来たティナも状況が飲み込めたようで催促の声が上がった──なぁ、やっと復活したリリィには挨拶無しなのか?
一緒に帰ってきたアルとクロエさんは呆れた顔してティナを見ていたが、当の彼女はそんなことは御構い無しに俺に走り寄ってくる。
「フォッフォッフォッ、若いとはいい事じゃのぉ、儂ももう少し若ければ参加するのにのぉ」
「あら、私じゃ不満なのかしら?」
「いや、お前以上など無いぞ。じゃあ儂にもチュウしてくれるかの?」
何故か触発されて師匠達までチュッチュしてる始末、そんなことをしていれば当然ご飯を作っているエレナとて気が付く。
「あぁーっ!ちょっと、みなさんズルいですよぉっ!レイさん、私には!?私にもチュウしてくださいよぉっ、ねぇ誰かこれ代わってください!ちょっとだけでいいですからぁ、あぁ〜ん、レイさーーんっ!私にもぉっ!」
鍋にオタマをトントン叩きつけキスをしに来いと呼び付けるので「わかったわかった」と返事をして先にティナにキスをすると、一回じゃ足りなかったのか首に手を回して来て逆にティナからもキスをされた。
それを見ていたリリィが顔が真っ赤なくせに「なんでティナは二回なのよ」などと呟くのが聞こえるが不味い予感がするので聞こえないフリをしてスルー。
エレナの元に向かいキスをしてやると頬に手を当ててデレッとしていた。
「レイっ!次は私にしなさいよ」
っとはリリィの言。別に構わないんだが、それをやりだすと際限が無くなるので「また後でゆっくりな」と頭を撫でると少し不満げにしていたが、突然顔がニヤケだすとご機嫌で席に着く──お前、何の妄想したんだ!?っか病み上がりのくせにやけに元気!
「お兄ちゃん、お嫁さんが沢山だと大変ね」
キス騒動が終わった事を見届けたモニカが俺の腕にくっ付いて来たので「そうだな」と返事すると、みんなが見てないのを確かめモニカにもう一度キスをすれば嬉しそうに笑ってくれた。
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