36.猛獣襲来!

 久しぶりに食べたエレナの料理はそこらの食堂で食べる物とは比べものにならないほど、めちゃんこ美味かった。そう感じたのは俺だけではなかったようで初めて食べたサラも美味しそうに頬張っているし、モニカやティナも満足そうにしているようだ。


 だがここで問題が見つかった。


 料理はとても美味い、それはもうあいつが調子に乗るのを分かった上で褒めちぎっても良いくらいに美味いのだが、いかんせん、三日ぶりの寝起きの食事という事で胃が受け付けないのだ。

 それでもリリィは『食べたい!』という欲求が強いのか、はたまた自分のために腕をふるってくれたエレナに感謝してなのかは分からないが強行手段に打って出る。


「サラっ」

「はいはい……」


 目の前を通り過ぎたサラの手がリリィに触れれば淡い魔力光が全身を包み込んだと思いきやすぐに消えてゆく。既に何度目か数えるのもアホらしくなったこの作業、何をしているかと言えば局所的な癒し魔法の行使だ。


 噛み砕いて言うと、ご飯を食べたいリリィにそれが無理だと拒絶するリリィの胃袋。十日以上ぶりの食事に胃袋が悲鳴をあげて痛みという名の信号を出すと、癒しの魔法で胃袋とそれに連なる臓器を回復させてほぼ無理やりの強制労働をさせているのだ。意志のある人間にやったら拷問になりかねない諸行をしてでもエレナの作ったご飯を無理やり平らげていく。


「リ、リリィさん……無理して食べなくてもいいです……よ?残しても明日の朝また温めれば食べれますし……その辺にしておきましょう?」


「うるはいっ」と口に物が入っていて言葉になっていない声を発するものの言いたいことは伝わった。

 だがそれを容認するには些か度が過ぎる……今更か?


「サラっ」

「まだやるの?」


 呆れた顔したサラの手が俺の前を通過するのを掴んで止めると、首を振ってこれ以上のリリィの狂行を止めさせることにした。


「リリィ、食べたい気持ちは分からなくはないが、それではせっかくサラが癒してくれた身体が壊れてしまうぞ。今日はそれくらいにしておけよ」


 わざとらしく眉間に皺を寄せた顔で口をもごつかせながらも俺を睨み、口の中の物を良く噛んでから飲み込んだ──うんうん、よく噛むのは良い事だ。

 元気になったから勢い余って何かおかしな事でも言い出すのかと思ったら、あっさりと「そうね」と引き退ったので拍子抜けする。


 えらく素直に言う事を聞いたなと思っていれば、首に巻いていたナプキンを外して キュキュッ と口を拭き終わると、エレナを見たかと思えばやはりリリィだなと思わせる一言を放った。


「デザートは?」


 まだ食うのか!という全員の視線にも動じず「早く!」と言いたげにテーブルにスプーンを打ち付けて催促するリリィ。

 ルミア特製魔導具『保冷庫』というアイスクリームの屋台が使っていたような冷たさを維持しておける小さな倉庫から出してきた程よく冷えたエレナ特製プリンが置かれると早速とばかりに手に取り口へと放り込んでいる。


 エレナは俺達にも「どぉぞ召し上がれ」と配ってくれたので、一口食べてみると冷たさもあってか控えめな甘さで食べやすく、滑らかな食感でめちゃくちゃ美味しかった。


「美味しいよ」と言おうとしてエレナを見ると、少しショボくれた顔して頬杖を突きみんなが食べるのを黙って見ていたのでピンとくる。


「エレナ、口開けろ」


 スプーン一杯に掬ったプリンを口の前に持って行くと『良いんですか?』と言わんばかりの顔で見てくるので笑顔で頷けば、いつもの太陽のような笑顔に戻り大きな口でパクリとかぶりつくと「んふ〜っ!」と嬉しそうにしていた。


「ちょっとレイ、私にはないわけ?」


 チラリとプリンの容器を見ると自分のは既に空になっており、俺のまで食べようと企むリリィ。いくら久々の食事とはいえ食い意地張り過ぎだろ、お前……。


「エレナの分が無かったから俺のをあげたんだ、お前は自分のを食べたくせに人のまで食べる気なのか?今日はもうお預けだっ」

「えぇぇぇっ、そんなぁ……私の事嫌いなの?」


 そういう問題じゃないだろと言おうとしたら、両手を組み涙を浮かべて俺を見てくる……それってズルくね?と思いつつもそれ以上騒がれても面倒なので仕方なくスプーンに掬うと口の前に持っていった。

 するとどうだろう……コロッと笑顔になり大きな口を開けてプリンの到着を待つリリィ。


「これで最後だぞ?」


 喉の奥まで見えそうな勢いで口を開いたままコクコクと頷くのでスプーンを口に入れてやると、俺の手まで食うつもりか!というほどの勢いでパクリとしやがる。

 至福の顔で食べ終わると視線が俺のプリンの容器に釘付けになったので、腹ペコ怪獣に襲われる前にさっさと口に掻き込んだ。





「ルミア、そろそろ話を聞かせてくれよ。お前は一体何者なのか……それに、聞きたいこともいくつかあるんだ」


 ワインの入ったグラスに口を付けていたルミアは俺に視線を向けると、彼女のスタンダードの表情、つまり感情無き顔のままでしばらく見つめられる。

 だがその視線が不意に俺の頭より少し上に移り違和感を感じた直後、背後からガバッと誰かに抱きつかれた。


「せっかちな男は嫌われるわよ。でも焦らし過ぎる男もまた、愛想を尽かされるわ。ただでさえ貴方は多くの花を手中に納めた、上手く立ち回る術を身に付けることね」


 背中に感じるのは柔らかなお胸様の感触。背後から伸びた細長い腕には透明な石と赤い石とが交互に並べられたブレスレットが着けられており、その腕が折れ曲がると這うような微妙な力加減で頬を撫でてくる。

 俺のすぐ横で白い髪が揺れたかと思えば、目を細め、思わず身震いするような怪しくも淫靡な視線を携えた女性が覗き込んでくる。


「コ、コレット……さん?」


 俺の呼びかけなど露知らず、横を向いた俺に即座に顔を近付けると唇が触れ、すぐさま舌が侵入して来て俺を責めてたてる。


「「きゃーーっ!」」

「ちょっと!アンタ何してるの!?」

「ねぇモニカ、アレ……いいの?」

「アハ、アハハハ……ご、ごめんね。ほらコレットも女なんだし、たまにはそういう時も、あるじゃない?」


──そうだった……


  “明日” と約束をしたにも関わらず俺はリリィの心の中に入り込み、意識が戻ったのはつい先程。仕方がなかったとはいえ三日も約束をすっぽかした形になってしまったのだ。


「レイ様の “明日” は随分と遠いのですねぇ。私、そろそろ限界ですよってお伝えした筈。そろそろイジメるのも終わりにしていただけると助かりますわ……そらそろ、ねぇ?」


「約束を違えたのは謝るけど、それは不可抗力ってやつで……その……ほら俺まだ起きたばかりだし身体が本調子じゃな……」


 視界に入ってきたコレットさんの長い指には一本の紐が輪のように掛かり、その先には見覚えのある小さな皮袋がぶら下がっていた。

 こ、これはもしや……。


「コレ、凄いわね。良い物を貰ったわ」


 ルミアの声に視線を向けると指でクルクルと何かを回している。

 音を立てて受け止められたソレ。これ見よがしに開かれた手のひらにはコレットさんが持っているのと同じ皮袋が収まっている。


 まさかと思い至れば不敵な笑いを浮かべて俺の思考を首肯しやがる……どうやらルミアは買収済のようだ。その隣に居る師匠の顔が若干苦笑いなのは使用済みという事だろう。


「お疲れだと仰るなら夜のオヤツでも召し上がりますか?」


 言葉が出なかった……だがそれはあまりにも凶悪な劇物、アレを食わされるくらいなら身体に鞭を打ち気合いで頑張る方が数段マシだ。

 恐怖に固まり動かない首を ギギギギッ と音が立っているのではないかと錯覚するくらいに頑張って横に振り “勘弁してください” とアピールするとソレは視界から消えて行く。


「じゃあ、レイ様のお部屋に参りましょう。皆さま、おやすみなさいませ」


 みんなが見守る中、後ろ襟を掴まれ否応無しにズルズルと引き摺られて行く。

 モニカが引き攣った笑いを浮かべながらも力無く手を振ってくれているのが見え、藁にもすがる思いでそれへと手を伸ばしたところでみんなの姿が視界から消えた……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る