37.浮き彫りになる女性問題

 朝日が目に滲みるとはこの事か……。


 窓から差し込む陽の光に頬を叩かれ目を開けば、白い髪の女が俺の肩に顔を預けて スヤスヤ と夢の世界に浸っている。その寝顔はなんだか幸せそうで可愛い。

 普段のピシッとした態度から見る彼女はとても美人で美しい女性だとは常々感じていたが、可愛いと思ったのは初めてのことだった。


 初めてと言えば彼女の寝顔。一緒に夜を過ごしても俺が起きる頃には既に身支度を整えた後で、何食わぬ顔で「おはようございます」と告げるのが常だった。

 今は屋敷を離れ、ヒルヴォネン家からもモニカと共に出た事により肩の荷が少しは降りたのかもしれない。モニカの専属のメイドとしてあるべき彼女だが、そんなに気張らず自分の人生を楽しんで欲しいと俺は思っている。



 コレットさんの寝顔を見ながら一人、物思いに耽っていると、弾かれたように赤味がかった茶色の瞳が姿を現す。目が開いた瞬間から頭が回っているようで、すぐに状況を把握するとほんのりと頬が赤く染まった。


「も、申し訳ありません。すぐに身支度を……」


 ベッドから飛び起きようとする彼女の腕を掴み引き寄せれば背後から抱きしめる形となった。

 再び布団に引き込まれ呆気に取られている事など気にもせず、その存在を確かめるようにギュッと抱きしめていると、聡明な彼女にしては珍しくどうして良いのか分からないのか戸惑いを見せる。


「あ、あの……朝食のじゅ……」

「コレットさんってさぁ、美人なだけじゃなくて寝顔は可愛いんだね」

「レイ様!?」

「何回も一緒に寝てるのに寝顔を見たのは初めてなんだよね、今日は朝から良いもの見れたよ」


 抱きしめていると彼女の鼓動が伝わってくる。それはまるで激しい運動した後のようにとても早く、彼女が動揺しているのが手に取るように分かる。

 寝顔を見られるのが恥ずかしいのだろうか?それともメイドという職業は寝顔を見せてはいけないルールでもあるのだろうか?


「か、からかわないでくださいっ。私はレイ様に肉欲を求めます。レイ様も私の体だけを楽しんでくださればそれで良いのです」


「コレットさんがそう望むのならそれでも良いけど、それだったら尚のこと可愛いほうがいいじゃないか。可愛いモノを可愛いと褒められたんだから素直に喜べばいいんじゃないの?」


「……そうですね、ありがとうございます。さぁそろそろ離してください。皆さんの朝食が遅くなってしまいますよ」


 なんだか適当にあしらわれた感が有りちょっと気に入らない。

 少しばかりの好奇心と悪戯心がニョキニョキと育ち、顔がニヤケるのが自分でもよく分かった。


「やだっ」

「えっ!?やだって……朝食を……」

「そんなのこの家に居るときはエレナがやってくれるよ。それより昨日の夜は半ば無理やり連れ込んだ癖に、今日は逃げて行こうとする。この違いはなんなの?さぁ、正直に話してもらおうか?」


「……私にだって気分というのがあります。それでは納得いただけませんか?」

「ふ〜〜ん、そぉいうもの?」


 筋は通っているが上手い言い訳にしか聞こえない。身動ぎ一つせずに俺の腕に収まるコレットさん、一体何を考えてるんだろう。彼女の本心が聞きたい……じゃあと、もう一歩踏み込んでみる事にして彼女の耳元に口を寄せた。


「俺がコレットの事を好きだと言ったらどうする?」


「そういう言葉はお嬢様にあげると喜びますよ。もういいですよね?」


 コレットさんは小さく溜息を吐くとそう言い残し、俺の腕からスルリと逃れると背を向けてベッドの脇に立った。


 昨晩散々触った スベスベ の背中が揺れ動き、身支度を整えて行く様子をベッドの中で頬杖を突いて眺める。だがそんな背中もすぐに服で見えなくなり残念に思いつつも、俺の予想とは違う反応を見せたコレットさんの事をただ漠然と考える。

 身体だけとは言う彼女だが、もしかしたらモニカに気を遣って言わないだけで気持ちも有るのではと思ったけど、俺の勘違いだったのだろうか?


 身支度が終わり、振り向いたコレットさんはいつもの顔だった。寝起きに少しだけ見せた照れたような顔を期待していたのだが、思い通りには行かないらしい。


「朝食はすぐに出来ますから、レイ様も少ししたら来て下さいね」


 無言で頷くとコレットさんは部屋を出て行き一人きりになった。

 絶対俺に気があると思ってたのに溜息を吐かれた、その事は少なからず俺の心に衝撃を与えた。別に嫌いだと言われた訳ではないが好きではないと言われたように思えて、少しばかり寂しく思えたのだ。


 だがまぁ、身体の方は好いてもらえてるようなので一先ずはそれだけでも良しとしておきますか。

 そういうことで納得し、ベッドから起き上がると大きく伸びをする。今回も殆ど明け方まで二人の時を過ごしたのだ、けっこう眠い。だからと言って自分勝手に寝ている訳にもいかず、身支度を整えると台所へと向かった。



▲▼▲▼



「お兄ちゃん、おはよう……眠そうだね」

「おはようモニカ、ちょっとだけな」


「アンタまさか、朝までヤッてたとか言わないでしょうね?」

「女の子がヤッてたとか言うなよ。もうちょっと違う言葉ってもんがあるだろ?」

「じゃあなんて言えばいいのよ」

「…………分かんねぇっ!」

「何よそれ……」


「私とはいつしてくれるんですかぁ?」


 横から朝食の皿を置いてくれたエレナが ニコニコ しながら顔を覗き込んでくる。いつって言われてもなぁ……そう言うのって予約が要ることなのか?


 いや待てよ、俺にとっては実は深刻な問題だったりするのか?


 モニカに、ティナ、エレナにサラ、リリィまで加わって、コレットさんも混じる。それに対して俺は一人、当然身体も一つしかない訳だが……この状況になるまでそんなこと考えもしなかったけど、これってどうしたらいいんだ?


「そんなに困った顔しないでください。いっぱいお嫁さんが居るとレイさんも大変ですもんね。私はレイさんが側に居てくれれば満足ですから、レイさんがしたくなったらでいいですよ。んふふっ、楽しみに待ってますね」


 朝からご機嫌の様子で俺にキスをすると、またみんなの朝食のお世話に戻って行った。エレナはああ言うがいつまでも待たせるわけには行かないだろう、これはちょっと本気で考えないといけない問題じゃないだろうか……。


「レイ」

「はいっ!」

「私とはいつしてくれるんですかぁ?」


 自分の席で朝食をとっていたはずのティナが俺の背後から抱き付き、身を乗り出して横から覗き込むと、先ほどのエレナを真似てきたがなんだか似ていない。


 柔らかくほんわかな雰囲気のエレナ、ティナはどちらかと言うと尖っているような、自分の気持ちをガンガン押し付けてくるタイプ。

 だからと言ってティナが嫌とか言うのではないのだが、まるで正反対のような二人だなとちょっと思った。


「お嬢様、はしたないのです。カミーノ家のご息女として、もっと気品のある振る舞いをお願いするのです」


「クロエはアルと一緒だからいいけど、私はやっと一緒に居られると思ったら肝心の人は三日もグーグーと寝てたのよ?少しくらい甘えても良いじゃないっ」


 ちゃっかりアルの隣に座り朝食を食べるクロエさんだが、ティナの言う事など聞く耳持たずと言った感じで口を動かしてる。もう、アルとの関係を隠すのは止めたのか?

 だが、そのアルの反対側に居る女性が目に入り『何故ここに?』と疑問が湧き上がる。


「サマンサ、久しぶりだな。元気だったか?」


 真っ赤な髪の少女は軽く手を挙げて応えると口に入っていた物を飲み込んだ。


「アルのお陰で元気元気っ。ソッチも元気そうだね」


 ニヤリと笑う様子から “ソッチ” が何を指しての事なのかよく分かった。お前だって毎日アルが通ってるって聞いてるのになぁとは口に出さずにいると、クロエさんがムッとした顔で八つ当たり気味にパンを千切るのが目に入る。ようやく会えたと思ったらその人には別の女が……って、修羅場ってヤツなのか?


「余計な妄想はいらないのです。貴方は貴方の問題を解決したらいいのです」


 棘という凶器が多分に含まれた言葉を放つ桃色髪の乙女だが、それは八つ当たりも混じってないですかね?まぁティナを冒険者に仕立て上げるなど散々努力してカミーノ家を出たのに、結果がこれじゃ可哀想と言えば可哀想だとは思うけど……がんばれ!


「サマンサは自身の力が禍いして自分の住処から離れること叶わないわ。旅に出てしまえば貴女が独占出来るんだから、ココにいる間くらい許してあげなさい」


 ルミアの援護射撃を受け、苦笑いするアルの腕にこれ見よがしにくっ付きクロエさんを挑発するようベーっと小さく舌を出すサマンサ。言われてみればそういう説明だったけど、それこそ何でココにいるんだ?


「私が呼んだのよ、文句ある?全てを話す、そういう約束だったでしょ。自分の女の事で頭いっぱいで、もう忘れちゃったのかしら?」


「あ、じゃあお茶の用意しますねぇ」


 エレナが言い終わる前にサッとコレットさんが立ち上がった。二人で仲良さげに朝食の片付けをしてくれるが、クロエさんはサマンサの牽制に忙しいようだ。

 別にメイドだからやれとか思うわけではないが、いつもそういことをしてくれていた姿を見て来たのでなんだか違和感がある。彼女もまた恋する乙女なのだと微笑ましくも思えた。



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