34.二人の姫

「あら、やっとお目覚めね。女の心の中はどうだった?」


 目を開くと上から覗き込むルミアの顔がある。脳が回転し始めるとルミアの奇妙な態勢が気になり、視線をズラせば空中を漂う絨毯の上に寝転び、そこからヒョコッと顔を出しているのが見て取れた。


「あぁ、これ?いいでしょ。名付けて『空飛ぶ絨毯』波に揺られるように気持ちが良いわよ?」


 まんまじゃねーかっ!と心の中で突っ込みを入れてると目の前の細い眉がピクッと動く──しまったこの人はリアルに俺の心を詠むんだった……ごめんなさい。

 俺が謝りを入れると少しだけ力の入った眉間はいつもの通りに戻ってくれた。


「ん……」


 聞こえてきたリリィの声に今しなくてはならない事を思い出し、覗き込んでいたルミアの顔を掠めて飛び起きる。

 隣に転がるリリィの顔を覗き込めば、それが合図だったかのように瞼が ピクピク と動き始め、やがて薔薇色の瞳が姿を現した。


「リリィ、リリィっ!聞こえるか?」


「レ……イ……わた……し……」


 掠れた声を発して何かを喋ろうとするリリィの手を取ると、横からルミアも覗き込んで来きたと思ったらサラも一緒に覗き込んでくる。


「おかえり。体調が戻るまで無理しないでいいわ。大丈夫、貴女のレイはここにいるわよ」

「リリィさん、さっきの借りを今返すわ。二時間だけそのまま我慢してて。

 ルミアさん、魔法陣を描くためのインク、それから部屋を貸してもらえませんか?」

「サルグレッドの癒しの魔法かぁ。いいわね、興味あるわ。隣の部屋に行きましょう」


「乗りなさい」と言われて「ええっ!?」って驚くサラに拒否権などはなく、余程新作の魔導具を人で試したかったのか有無を言わせぬオーラを醸し出せば、恐々としながらも空飛ぶ絨毯に乗り込む他に選択肢など存在しなかった。



 二人仲良く出て行くと部屋には俺とリリィの二人だけ。リリィの隣に寝転び頬に手を当てると先程までのぷっくりもちもちの吸い付くような気持ちの良い肌ではなく、やせ細り、頬骨が出てしまっている姿に痛々しさを感じてしまう。


「リリィ、こらからはずっと一緒だぞ?」


 こんな姿になってしまったのは俺自身が招いた結果。罪悪感に胸を痛めながらもそれを焼き付けるかの如く見つめていれば、薔薇色の瞳だけは光を失う事なくしっかりと俺を見返してくる。

 可哀想なほど荒れてしまったリリィの唇に口付けをし、指と指を絡めれば嬉しそうに目だけで笑いかけてくるので俺も微笑みを返した。



 そうこうしてリリィの体を気遣いながらもイチャイチャしているとあっと言う間に時間が過ぎたらしく、魔法の絨毯が出て行ったときと同じ様相で戻ってくる。


「準備出来たからリリィさんを連れて来てくれる?弱ってるからそっとよ?」


 言われなくてもわかってらいっと心の中で返事をすると立ち上がり、言われた通りに慎重にリリィを抱き上げると思った以上に軽くて驚いてしまう。そんな俺に気付いたリリィは苦笑いをしていた。


「魔法陣の中心に寝かせてあげてもらえる?終わったらレイは魔法陣から出てね」


 青白く優しい光を放つ魔法陣の中心に布が引いてあるのでここに寝かせろという事だろう。そっとリリィを降ろすと不安そうな顔をしていたので「サラに任せれば大丈夫だよ」とキスをして魔法陣の外側に立つサラの隣に並んだ。


「リリィさん、さっき見た元の元気な身体に戻してあげる。少しだけくすぐったいかも知れないけどそこは我慢してね。じゃあ、始めるわね」


 言い終わるや否や両手を突き出し目を瞑る。すると魔力が腕を伝い一気に魔法陣へと注がれて行くのが感じられた。

 魔力は魔法陣の中で柔らかな光に変わり、コップに水を注ぐように目に見える形で溜まっていく。やがて光の半球体となると、一瞬強い光を放ったかと思った次の瞬間には光と共に魔法陣まで消え去っており、後に残ったのは布の上に寝かされているリリィのみだった。


「リリィっ!」


 魔法が終わったと感じてリリィに駆け寄ると、サラの言った通り プニプニ ほっぺのいつもの健康なリリィに戻っていた。

 リリィも自分の身体がさっきまでと違うと認識しているらしく、ゆっくりと上体を起こすと腕を伸ばし、見つめる手を閉じては開いてを繰り返し調子を確かめている。


「レイ!!」


 思い通りに動けるようになったのが余程嬉しいようで俺を見て笑う姿がとても可愛く笑い返すと、前触れも加減もなしに飛び込んでくるので押し倒される形で尻餅をついてしまった。


 存在を確かめるように、自分の居場所を確かめるように俺の首へと抱き付くリリィ。

 彼女の本心を見て自分の心も知った今はそれだけで確かな愛を感じ、それに応えようとしっかりと抱きしめた。


「見事なものね。でも、あんな魔法陣でここまでの効果を発揮するのは驚きよ?やっぱり癒しの王家の血かしらね」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


 ゴロゴロと猫のようにじゃれつくリリィにされるがままになっていると、疲労の見える顔をしたサラが俺達の隣にしゃがみ込んで来た。


「満足してもらえたかしら?」


 今忙しいのよ!と言わんばかりに俺にへばりつきながらもキッとサラを見たリリィだったが、仕方がないとばかりに上体を起こして俺の上に馬乗りに座ると改めてサラを見た。

 まっすぐ見つめ合う二人は一歩間違えば喧嘩でも始めそうなほど真剣に見つめ合い動かずにいるので、間近で見ている俺の方が ドキドキ してきた。


「まぁ、あれでチャラにしてあげようかしら……でもなぁ、あんなのを覗かれたしな……やっぱりアンタの時も見に行くわっ!」

「えっ!?無理っ!やだやだやだっ!!絶対にやだ!」


「ぷっ、人のは散々見たのに自分は嫌とか酷くない?」

「えっとそれは……出来心と言うか……不可抗力よ!」


「そんな言い訳無理ですぅ〜。覗きに行くから覚悟なさいっ!あぁ楽しみねぇ、この小鳥ちゃんはどんな声で歌うのかしら、ねぇ?」

「ご、ごめんってば……その辺にしといて」


「仕方ないから許してあげるわ。治療ありがと、これからよろしくねっ、サラ」


 にっこりと笑い、手を差し出すリリィ。それに笑顔で返し、リリィの手をしっかりと握り返すサラ。


「えぇ、貴女には負けないわよ?リリィ」


「何よそれ、勝ち負けとかあんの?」

「ん〜、何となくぅ?」


 二人で笑い合う姿を見てると安心する。

俺は二人が好きだ、でも彼女達同士はそうではない。それでも俺が愛する人同士が仲良くしてくれるということは俺にとってこの上ない喜びとなる。


 俺達みんながずっとこのまま仲良くしていけるよう努力をしていかなければならないのだと心に刻み込んだ。



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