11.愛のかたち

「それでね、お兄ちゃんったらサラと二人でビューーンッて飛び出して行ったかと思ったらアッという間に見えなくなっちゃうくらい遠くまで行っちゃってね……あ、お兄ちゃん、お話終わったの?」


 楽しげな笑い声のする食堂へ入るとランドーアさんも、クレマニーさんも、そしてテーヴァルさんまでもが席に座り、にこやかな顔でモニカの話に耳を傾けていた。


「ああ、待たせてゴメンよ。 こんな時間に押しかけてすみません、ランドーアさん。本当は明日にしようと思っていたのですが……」


 言いかけて、それ以上言うと事実とはいえティナが悪者になると思い留まったのだが、そんなことはお見通しの様子だった。


「ティナが食事中に押しかけたそうだね、本当にこの子は君の事となると歯止めが効かなくなるから困ったものだよ。どうだい?君も貴族の仲間入りを果たしたそうだし、ティナを嫁にでもしてみるかい?」


 娘命!みたいなランドーアさんから出た言葉とは思えない事を言い出し驚いてしまう。

 どこまで本気なのか。はたまた、どこまで知っていて言っているのかサッパリ分からないが、最初から全てを説明した方が早いだろう。幸いな事にここにはエレナの父親ライナーツさんとクロエさんもおり、話すべきだと思っていた人が全て揃っている。


「実はその事についてお話があって来ました。どこまでご存知か分かりませんが俺の事について聞いてもらいたい。お時間を貰ってもよろしいですか?」


 いつもとは違う雰囲気を感じ取ってくれたのか、ランドーアさんもクレマニーさんも、そして血の繋がった家族ではないテーヴァルさんまでもが椅子に座り直すと、さっきまでの和やかな雰囲気とはうって変わり真剣な眼差しを投げかけてくる。

 少し長くなるのでライナーツさんもクロエさんも席に座ってもらった所で紅茶を一口飲むとこれまでの事を話し始めた。




 前回カミーノ家を訪れた後のフォルテア村での事。ユリアーネと結ばれ結婚した事。ゾルタイン襲撃でユリアーネと死別した事。プリッツェレに転移しモニカと出会った事。王都に行き騎士伯と成った事。コロッセオでの戦いの後モニカと婚約した事。晩餐会の後に陛下達に話した歴史の真実と俺の素性、最後にサラと婚約した経緯と魔族の娘アリサについての説明をすると流石に俺も疲れた。


 体感で二時間くらい話し続けただろうか、夜もかなり更けてきたはずだ。それでも何も言わずに真剣に聞いてくれるみんなに感謝すると共に、俺がここに来た最大の理由であるティナの事を話すと決めた。


「ティナとは先程話し了承を得ていますが、それだけでは駄目な事くらい心得ていますので、俺の素性と考えを知った上でお聞きします。俺とティナが一緒になるのを認めていただけませんか?

 普通から考えたら可笑しい事だと自覚はありますが、それでも前妻であるユリアーネの事を愛していると同時に、同じぐらい今の妻であるモニカの事も愛しています。そして許して頂けるのならティナの事も同じように誠心誠意愛すると約束します。ですので、どうかお願いします」


 俺の考えなど察していたのだろう、大きく溜息を吐いたランドーアさんは隣へと視線を投げかける。

 微笑んでいたクレマニーさんがコクリと頷くと、仕方がないという苦い表情をしながらも頷き返していた。


「レイ君、その言葉に嘘偽りはないと女神エルシィの前で誓えるかね?ティナの事を幸せにしてやると自信を持って言えるのかね?」


 ティナと同じ薄紅色の瞳が真っ直ぐ俺を射抜く。その眼はいつもにも増して真剣で『もし違えたら許さない』と言う意志がヒシヒシと伝わってくる。


「勿論です」


 一言で返す俺に満足げに深々と頷くと、にこやかないつもの顔へと戻る。


「お父様、大好きっ!」


 飛び付いたティナに満面の笑みで応えると、大切な娘を慈しむようにギュッと抱きしめていた。


「今更ティナに駄目だと言っても聞きはしないだろう。下手をすると家を飛び出しかねないからな、娘を頼むとするよ。しかし、モニカ嬢は本当にそれで良いのかね?単純に考えてティナと二人だけだとしても普通の夫婦の半分しか蜜に過ごす時間が無くなることになるのだぞ?」


 ランドーアさんの言う通りだと思う。 最初から “複数の妻” の生活が始まるティナと違い、モニカは今まで俺と二人だけの関係でいたのだ。

 愛する妻が増える俺とは違い、言わばライバルが増えて俺との時間が奪われる形になるモニカ、不満が無いわけがないはずだ。


「婚約する前からお兄ちゃんは自分の考えをキチンと説明してくれてました。そして「本当に良いのか」と何度も私に聞いてくれてました。それでもお兄ちゃんと一緒に居たいと言ったのは私なので私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます、ランドーアおじ様。 ティナ、これからよろしくね」


 ランドーアさんに抱きつきながらもウンウンと笑顔で何度も頷くティナ。もちろん俺も努力はするが二人が仲良くしてくれるように祈るばかりだ。


 人前だからか表面上は平然としているモニカだが、きっと内心は思う事が多々あるだろう。それでも二人が俺と一緒になって良かったと思えるくらい幸せを感じられるよう努力をしていこうと改めて心に刻んだ。




 そうだと思い出し鞄を漁ると、少し大きめの皮袋を取り出しランドーアさんに手渡した。「これは?」と怪訝そうな顔をしているが決して上納金とかではないですよ?


「エレナをオークションで買った時の金貨七千枚のうちの、残りの二千枚です。これで正式にエレナは俺のもので良いですよね?」


 大きな溜息を一つ吐き捨てると呆れた顔をした義理の父親となるランドーアさん。いくらティナと婚約をしたとはいえ、それ以前からの借金までチャラにしてもらおうとは思っていない。

 こういうケジメはキチンとつけていかないと後々の関係に響きかねないと俺は思ってる。まぁ俺とランドーアさんの間でそれは無いだろうとは思うが、やはりケジメだけは付けたかったという俺の我儘だ。


「君は相変わらず変な事にこだわりを持つな。まぁいい、受け取っておくよ。

 それでライナーツ、君はどう考えてるんだ?君の娘もレイ君の事を好いていただろう?いくらレイ君がエレナ嬢の所有者になったとは言え、君は反対しないのか?」


「エレナは既にレイ様に託しました。獣人にとって一夫多妻などそう珍しい事ではないので私としては何も問題ありません。

 あの娘の事です、まず間違いなくレイ様と寄り添う事を望むでしょう。レイ様、改めて娘の事をよろしくお願いします」


 俺からお願いすべき事を先にお願いされてしまった。本人の意志を確認してもいないのに勝手に話が進んでいるという何とも不可思議な状態に加えて、立ち上がり深々と頭を下げる娘を “あげる側” のライナーツさんに、その娘を “もらう側” の俺も立ち上がると深々と頭を下げるというなんともシュールな状況が暫く続いた。



「私もいつかトトさまのお嫁さんになれるでしょうか?」


 クッキーを囓りつつ笑顔で言う雪がとても可愛く思えギュッとしたくなったので、隣の席のからよっこいしょと連れて来て膝の上に乗せると己の欲求を満たした。


「サラ王女殿下にモニカ嬢、そしてコレット女史は分かったが、その子は誰なんだい?」


 俺の事を中心に話したので王都を出た後のことは詳しくは説明していない。なので雪が誰なのか説明もしていなかったので、今になってじっと話を聞くことに徹していたテーヴァルさんが代表して口を開いた。


「自己紹介が遅れました、私は雪と言います。私はカカさまの持つシュレーゼと名付けられた剣に宿る水の精霊です。以後お見知り置きをお願いします」


「「「水の精霊!?」」」


 カミーノ一家が驚くのも無理はないだろう。精霊などというものは聞いたことがあるかもしれないが実際に会うことなど無いはずの存在なのだ。まさに本やおとぎ話の存在。それが今、目の前にこんな可愛い女の子の姿でクッキーを頬張っている。


 雪は不完全な状態で実体化した為にこんな幼い姿になってしまった、だから彼女の本体であるシュレーゼの制作者であるシャロの元に連れて行く約束をしている。彼女の元に連れて行けば雪も朔羅のようにちゃんと成長する事が出来るようになるだろうか?

 だが今のまま、小さくて可愛い雪のままでいて欲しいと思うのは俺だけのエゴなのだろうな。



「サラ嬢はどうなんだ?さっきの話の中では出てこなかったが、レイ君を助ける為とはいえサルグレッドの王女が婚約までしたのだ、気が無いわけではないのだろう?」


「あなたっ!」とクレマニーさんに睨まれ失言に気が付き苦笑いをするランドーアさん。まぁ普通に考えたら親友とも言える人の子供なのだ、気になるのは当たり前だよな。


「私は……」


 沈黙を守っていたサラはどう答えたものかと困惑した様子、まだ自分でどうしたらいいのか分からないのだろうな。


「サラ、答えを急ぐ必要はないよ。君の人生を左右する選択だろ?二人が幸せになるのを見届けると言ったんだ、もう少し良く考えてからでもいいんじゃないのか?」


 力なく頷くサラ。モニカとティナと俺の関係が上手く纏まれば、サラも俺達の輪の中に踏み込む勇気が多少なりとも湧くのだろう。サラの事も欲しいと思い始めている俺はサラの気持ちが良い方に固まるのを待とうと決めていた。



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