10.拉致監禁
その日は何事もなく道無き道を駆け抜け、夕暮れ刻には目的地であるレピエーネへと辿り着いた。
夕方から突然押しかけるのはいつもの事なのだがそれは乗り合い馬車だから仕方なくだ。嫌な顔などしはしないがメイドさん達が俺達の対応に毎度毎度バタバタしているのは知っているので、カミーノ家に行くのは明日にして今夜は町で宿を取ることにした。
「明日で良かったの?」
「そんなに急ぐこともないだろ?なんでだ?」
どこか ソワソワ した様子で夕食を食べるモニカは俺達夫婦の関係が変わるかもしれないと不安なのだろう。それは全て俺の所為だし申し訳ないという思いはあるが、表面上ではモニカの理解を得ている。
ティナがどう思うのかは分からないがエレナはほぼ間違いなく俺の妻となるのだろう。そうなるとやはりモニカと二人だけの時間というのも減ることになる。
俺は愛する人が増えて幸せかも知れないがモニカはそういう訳ではないので、その時彼女が何を考えるのかは分からない。
もちろん出来る限り二人の時間を取れるよう努力はするつもりだが、今のように四六時中ベタベタする訳には行かないことくらい想像がつく。
「モニカが了承したことなのでしょう?覚悟を決めなさいよ」
そう言うサラもいつもより浮かない顔をしているが彼女の事はまだ保留になったままだ。たぶんお互いに好き合ってるのに俺の所為で次の一歩を踏み込めないでいる。まぁ普通からしたらモニカと結婚している以上、そこに踏み込むのはおかしなことなのだろうけどね。それでも今の関係のままで悩んでいるということは、ある程度の理解が得られているという事か。
「大人は大変なのですね。好きな方と一緒に居ることがそんなに難しい事なのですか?悩む必要など何も無いと思うのは私が子供だからでしょうか?それとも人間ではないからですかね?
私はトトさま、カカさまと一緒に居られればそれで満足です」
雪の純粋無垢な瞳を見ていると確かに大人という奴は色々なしがらみに捕らわれているのだと考えさせられる。
雪は何食わぬ顔で俺とモニカと一緒に居たいと言う。俺がモニカやサラ、コレットさんと一緒居たいという感情と同じなのかも知れないけど、そこに異性への愛が混ざると違うモノに変わってしまうという事だろうか。
「私はレイ様と一緒居られれば満足ですわよ。たまに独占させてもらえれば文句はありませんが、最近それもありませんわねぇ……そろそろ爆発するかも知れませわ、よ?」
コレットさんから只ならぬ気配が漂い始める。ゾクゾクとしたものが背中を通って行ったが苦笑いで誤魔化したとき、ドタドタと足音が聞こえて来て食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
「情報通り居ましたねっ!王女誘拐の容疑であの男を捉えなさい!」
入ってきたのはオレンジの髪をショートボブで綺麗に纏めた活発そうな女の子。何故か仮面舞踏会にでも行くかのような目元を覆う煌びやかなマスクを着けてはいるものの、服装が青色パーカーに黒いミニスカと完全にミスマッチで危うく吹き出しそうになった。
それは紛れもなくティナと、それに付き合わされたかのように苦笑いを浮かべる衛兵五人。その五人もカミーノ家の屋敷に雇われている私兵の人達で当然顔見知りなので「すんません、お嬢の命令なので」と耳打ちをしつつ俺の腕を掴んで来る。
そのまま宿の外に停めてあった馬車に乗せられると目隠しをされて連行され行くが、向かう先は見るまでもなく、まず間違いなくカミーノ家の屋敷なのだろう。
俺は訳もわからず成り行きに身を任せることにした。
△▽
後ろ手に縛られて何処かの部屋の椅子に座らされると「後でお嬢が来ますんで」とボソリと呟いて衛兵さんは出て行った。
これくらいの拘束を力任せに解く事など造作もないが、首謀者たるティナが何をしたいのかが分からない。
だいたいなんで俺がサラを誘拐しなくちゃいけないんだ?もう少しマシな理由は無かったのだろうかと考えれば考えるほど沸沸と笑いが込み上げてくる。
暇を持て余し『早く来い』と、椅子ごと カタカタ と前後に揺れて遊んでいると少しばかり楽しくなってきた。カタカタ と揺れるタイミングで体重を移動させてやると少しずつ前に進んでいる感じがする。
「いてっ!」
何度も繰り返しやっていたら徐々に上手くなっていたようで、一回の カタカタ で進む距離が長くなっている感覚がして調子に乗って何回もやっていると膝に痛みが走った。どうやら壁まで移動してしまい膝がぶつかったようだ。
「あれ?……そんな所で何してるの?」
扉が開く音が聞こえたが、どうやら居るべき場所に居なかったので視線を彷徨わせたようだ。それはいいのだが、もう逮捕ごっこは終わりでいいのなら目隠しを取って欲しいんだけどな。
「暇つぶし」
足で壁を押し椅子を二本脚で立たせると ユラユラ と揺れて遊んでるのをアピールしてみせる。
ハァっと溜息が聞こえたけど一人で閉じ込めておいたのだから暇つぶしくらい文句言うなよ。
「貴方は王女誘拐の容疑でここに連れてこられたのですよ?もう少し緊張感というものを……」
「あ、それまだやるの?俺にかけられた容疑は晴れたって聞いたけどなぁ」
「容疑?」と逆に疑問を投げかけてくるティナは何をどこまで知っているのやら……。
「サラとは話してきてないのか?ってか、お前はどこまでの事を知ってるんだ?」
「どこまでって……サラと婚約したって話を聞いたわ、それ以上にまだ何かあるの?」
「俺がなんでここに来たと思ってるんだ?それも踏まえて全部話すからこれを解いてくれよ」
「ダメよ」と言ったかと思ったらグイッと後ろに引っ張られる感覚がして椅子ごと転ぶかと一瞬ヒヤリとする。
すると今度は無遠慮にも俺の腰に座ってきたではないか……おいっ、貴族令嬢!
「お、おいっティナ!何してんだ!?」
「何って、まだレイの上に座っただけよ?」
まだって何だよと思っていれば唇に柔らかな感触がしたのでビックリする。人を拘束しておいて無理矢理キスをしてくるなんて何を考えてるんだ!?
「ティナ、ちょっと待てよ。俺の話を……」
仰け反り逃れた俺の顔を両手で押さえ、再び唇が塞がれて言葉が出なくなる。いつものティナらしくない様子に戸惑うものの人の話を聞かない事に少しばかりイラッとする。
だがキス自体は嫌だとは思わない自分もいた。
「どうしてサラなの!?どうしてよ……私じゃ駄目なのは何故なの?サラが王女だから?私はずっとレイの事が好きなの、知ってるよね?
貴族だから、身分が違うからって私のことを避けておいてサラと婚約って何でなのよ!……ねぇレイ、私じゃ駄目なのは何故なの?私はレイに嫌われてるの?本当の事を教えてよ」
ギュッと抱きついて来たかと思えば震える声で言葉を絞り出している様子のティナ。ランドーアさん達の前で説明するつもりだったのだがこうなっては仕方がない。
「ティナ、落ち着いてよく聞いてほしい。ティナが知るように俺はサラと婚約をした、それは事実らしいがそれには事情があるんだ。
その事は取り敢えず置いておいて、それより重要な事がある。俺がユリアーネと結婚したのを知ってたか? まぁ経緯は後で話すとして、俺はユリアーネと結婚したんだが、ゾルタイン襲撃のときに魔族に殺され彼女はもうこの世には居ない。
ユリアーネの意志で俺は俺を愛してくれる全ての人を愛する事を決めた。そしてモニカと婚約し、つい四日前に結婚した。
普通一般的に考えておかしな事を言うが……もしもティナがモニカと結婚している俺の事を、それでも愛してくれるというのなら俺はティナとも結婚したいと考えている。だからティナの気持ちを聞くために俺はレピエーネへとやって来た。
モニカとその両親もその事には納得済みだけど、ティナがそれを聞いてどう思うのか、それにランドーアさんやクレマニーさんがどう考えるのかを確かめに来たんだ。
モニカだけじゃない、まだ話をしてないけどエレナも俺の妻にと考えてるし、もしかしたらもう一人、魔族の女性も妻になるかも知れない。
複数の妻を持つなんて人としておかしい、勿論そう言われても仕方がないと思うけど、それでも……」
途中でまた唇が塞がれる。だが今度は唇と唇が触れ合うだけのものではなく俺の口の中にティナの舌が入り込んできたので、それに出来るだけ優しく応えると満足したのか、顔を離したティナは痛いほどに力強く俺の顔を抱きしめる。
「そんなの聞くまでもないじゃない。私に選択肢なんて無いわよ、馬鹿レイ」
「ティナなら解ってくれると思っていたよ。なぁそろそろ目隠しと手のロープを取ってくれよ、ティナの顔が見たいんだ。こんなこと、顔も見ずに話すのは可笑しいだろ?」
「今、酷い顔だから目隠しは駄目!」
手を縛っていたロープは解かれたのでティナをそっと抱きしめた。モニカより少ししっかりとした身体付きに違和感を覚えたので思わず色々な所を ペタペタ と触ってしまう。
「おいっ、なんでこんなに引き締まってるんだ?一体何をしていればこんなになるんだ?……まさかお前、本格的に剣術なんてやってやしないだろうな?」
目隠しされてても分かるくらいに動揺している事からもそれが正解だとは聞くまでもない。何故そんなものに目覚めたのかは分からないが、まぁ危険が無い程度にやる分にはいいだろうと思う。
またしても重ねられた唇、嬉しい事なのだが今回のはどう考えても誤魔化しの為だろう。そういう悪い子にはお仕置きが必要だと感じティナの頭を優しく押さえつけると、今度は俺の方からティナの口の中に舌を侵入させ思いの限り蹂躙してやる。
「んん〜っ!」
くぐもった声が聞こえてくるがお仕置きなので暫くは無視してやりたいようにやりたい事をやりたいだけやった後に満足して解放してやると、力なく寄りかかってくるのでそっと頭を撫でてやる。
「何か言うこと無いのか?」
「レイの馬鹿」
「……まぁいいけど、そろそろみんなの所に行かないか?食堂で待たせてるんだろ? そろそろ痺れを切らせて呼びに来やしないか?」
頑なに目隠しを取ることを嫌がるティナを説き伏せ顔を洗って来させると、やっとのことで視界を返してもらえた。
この屋敷でいつも充てがわれる俺専用の部屋なのかと思っていたがそうではなく、黄色が主体のレース生地で作られた天蓋付きの大きなベッドの置かれた部屋だった。置いてある家具もどことなく乙女チックな柔らかい感じのする物が多く、聞けばここはティナの部屋だと言う。
何年も通っているけどティナの部屋に入ったのは初めての事だった。
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