19.地雷、踏むべからず
「ミカ兄、終わりみたいだけどコレどうするの?」
山となり倒れる男共を指差して尋ねてみたが「そんなもんほかっとけ」と言われたので素直に従い知らん顔してギルドの入り口へと向う。
そこにはウィリックさんが立っており、苦笑いでお出迎えをしてくれた。
「また派手にやったね。久しぶりに顔出したと思ったらコレかい?処理するこっちの身にもなってもらいたいね」
ざっと見、六十人ぐらい。頑張れと心の中でエールを送りつつ苦笑いで頭を掻いているとミカ兄が俺の肩に腕を回す。
「お前の仕事なんて知ったことかよ。それより部屋貸してくれよ。どうせ使ってない部屋だ、いいだろ? 食堂じゃゆっくり話も出来やしない」
「はぁ……他の店に行けばいいだろ?って言っても聞きやしないよね。わかったよ、好きにするといい」
ブツブツと独り言を言うウィリックさんは俺達とは反対にギルドから出て行く──ギルドマスターって大変そうだね!
ミカ兄はカウンターに顔を出すとミーナちゃんと挨拶を交わし、中を覗き込み目的の人物を見つけるとニヤリと笑みを浮かべる。
「ペレット、お前ももう仕事終わりだろ?部屋借りたから給仕してくれよ、帰っても暇だろ?飯ぐらい奢ってやるぜ。ミーナも来るか?」
「ミカルっ!久しぶりね。今夜相手してくれるならそれくらい喜んでやるわよ?」
いつものペレットさんからは想像もつかないような淫靡な顔つき、僅かに顔を覗かせた舌が唇を舐めて回れば俺の背中をゾクリとしたものが走っる。
思わず握っていたユリアーネの手に力が入ってしまい白い目で睨まれはしたが……オレ、ナニモワルクナイ。
「先約があるんだよ、一晩は無理だな。一時間に負けとけよ」
「はぁぁ?う〜ん……サービスたっぷりの二時間ならいいわよ」
「一時間半な、それ以上は無理。どうすんだ?」
「ミカルのケチ!!最大級のサービスでよろしく!!フンッ!……ケチ!ケチーっ!」
殆ど人がいないからってギルドの受付でどんな会話してるんだよ……まぁ二人の事だから俺には関係無いけど。
サービスとか……俺も今夜ユリアーネに目一杯サービスをしよう!
注文しただけで食べ損ねた唐揚げとエールを持ち、ギルドの奥にある応接室へと向かう。
こんな事に使っていいの?と少しばかり後ろめたさを感じるが、ギルドマスターの許可はもらってるからいい……のか?
一緒に来たミーナちゃんに聞いてみると「ご飯を食べながら会議とかもするからいいニャ」とのことだった。
「はい、お待ちど〜」
ようやく落ち着き、冷めても美味い食堂一押しの唐揚げを摘みながらエールを口にすれば、暖かいご飯を持ってペレットさんがやってくる。
唐揚げ以外の物が来て嬉しかったが、それより気になったのはその格好。
幅の狭いチューブトップは形の良い小ぶりな双丘に目を寄せる。無駄な肉のない綺麗な腹部は大解放、肉付きの良いお尻は布に包まれていても形が丸見えで、パンツが見えそうなくらい短いタイトスカートからは普段は机の下で見えない細く長い足が惜しげもなく晒されている。
扇情的なその格好、目に毒だと見ないように意識しても知らぬ間に視線が吸い寄せられてしまう。
葛藤に苛まれながらもチラチラと横目で見ていると、ユリアーネにバレて澄まし顔で太腿を抓られた。耳元でゴメンと誤ったがツンとそっぽを向かれた、ごめんってば……ってか、俺悪くなくね!?
「お前、その格好なんだよ。どこの娼婦かと思ったぞ。そんな格好で食堂うろついて大丈夫なのか?」
「なによぉ、ミカルだってこういうの好きでしょ?せっかく好みに合わせて着てあげたのにそんな言い方ってあるぅ?」
腕を組んで仁王立ち、プリプリ怒るペレットさんにミカ兄もあっさり折れ「わかった、悪かったよ」と素直に謝っていた。
「それで?さっきのは一体なんだったんだよ」
「んぁ?儀式だよ儀式。 ユリアーネがギルドの連中に絶大な人気があったのはお前も知ってるだろ?当時を知る奴等がどれだけいるか知らんが、お前がユリアーネをモノにしたって事は知らせておかないと後から ネチネチ とちょっかい出されることになるぞ?そうなりゃウザイだけだろ?だから一網打尽って寸法よ。
あれだけ派手にやったんだ、もうお前やユリアーネに手出してくる奴は物好きくらいしかいねぇだろ。
それにしてもお前は強くなったな、見違えたぞ。あの分ならもう何も心配要らないな。いい師匠に出会えて良かったな、紹介してくれたユリアーネにも感謝しろよ?」
「俺なんてまだまだだよ。師匠はおろか、ユリアーネの足元にも及ばない。もっと頑張らないといけないんだ。これからユリアーネを守れるようにもっともっと強くなるよ。
それはそうと、その人は誰なの?ミカ兄の兄妹じゃないよね?恋人?」
自分に話題が来たことが嬉しいのか、白い歯を見せてニヤリとする赤い髪の美女、なんだか性格までミカ兄にそっくりだ。
まさかの兄妹?とあり得ない想像が再び沸き起こるが、フォルテア村で一緒に育ってきたんだ、それはない……はず。
村の事も話さなきゃだな……まさか生き別れの!?
「兄妹な訳ねぇだろ、って、そんな事ぐらいお前だって知ってるだろぅが、アホ。
コイツはまぁ……あれだ、俺の女ってことにしとけよ。なんでもいいわ」
「ちょっとミカル?ちゃんと紹介しなよ、あんたの弟なんだろ?
それにしてもあんたに似て良い男だね、食べちゃいたいくらい」
獲物を狙うような野生的な視線、赤い舌を出した舌なめずりもペレットさんとは異なりどこか身の危険を感じる。本当に頭からガブリとされてもおかしくないように思えて来るが、流石にそれはないだろう。
けど、この人との事情は激しそうだな。何故か分からないがやらしい妄想が沸き起こる……いかんいかん。この人はミカ兄の恋人って言ってたし、俺はユリアーネ一筋なんだ。
「私はイザベラだ、よろしく頼むよ弟くん」
ミカ兄越しに手を伸ばしてくるイザベラ、俺はその手を掴み握手を交わす。
暖かな柔らかい手、想像していたよりも優しく握られた事に少し拍子抜けした。この人は見た目や表に出している性格よりもずっと優しい人なのかもしれない。
強めのウェーブのかかる燃えるような真っ赤な髪は存在感が半端なく、それだけで人目を惹く。それでいてスタイルも良く、見た目は “派手” という言葉が本当によく似合う容姿。
その髪の中に埋もれるように覗く小さな顔は鼻筋がシュッと通り、切れ長の目にオレンジの瞳をはめ込んだ美人顔。
ノースリーブの丈の長い赤いワンピースのような服、被り物ではなく布を巻いている様な作りで、身体の横の端を上から下までボタンで留めている。
タイトなスカート部分は両端に下着が見えそうなほどの大胆なスリットが入り、そこからチラ見する艶かしい肌に胸が高鳴る。
仕草や雰囲気なんかも知らず知らずに目が行ってしまうような不思議な感じで、意識せずとも目で追っている自分がいた。
それで分かったのは、常にミカ兄に触れていたこと。決してそれが悪いわけではなく “片時も離れたくない” そういう心が現れているように感じたのだ。
兄妹の様に似ている容姿だが、兄妹ではなく恋人。そう思わせたのはきっと彼女のそういう立ち振る舞いなのだろう。
俺の興味はもう一人の美女にも向いていた。その人は何処かツンとしていて良いところのお嬢様な印象。イザベラに勝るとも劣らない美人顔のその人は、鼻が高く目が シュッ としていてシャープな感じだ。
透明感さえ感じさせるツヤツヤの白い肌は思わず触れてみたい衝動に駆られる。真っ直ぐでキラキラ輝く銀の髪を肩より少し長めに垂らし、彼女が動くたびに揺れて髪から光を放っているようだ。
俺に向けらるアクアマリンのようなマリンブルーの瞳、威圧感にも似た感覚がこの人が高貴な人間なのだと無意識下で認識させられる。
思った通りこの人は貴族、でもこの感じ、どこかで感じたような……。
「ミカ兄、そちらの美人さんはギンジさんの彼女さん?」
思わず “そちらの” とか言っちゃった、調子狂うな……。
俺の様子の可笑しさに「プッ」と吹き出すミカ兄がニヤニヤとして俺の肩に手を回してくる。
「お前なぁ、こいつに遠慮することはないぜ?ただのストーカーだ、ギンジの女でもなんでもねぇよ。なぁ?パトリシアさんっ」
「パ、パトリシアさん!?イザベラはちゃんと紹介したのに何でわたくしはストーカーなんですの!?ちゃんとミカルの恋人として弟さんに紹介してくださいませっ、差別ですわっ、訴えますわよ!」
うぉっ、やはりそういう感じの人なのね! ギンジさんの恋人じゃなくストーカー!? ちょっと危ない人なのかな……なんか拒否されそうだし、握手は求めないでおこう。
「そうらしいぜ?なんでもいいけどよ」
「よくありませんわっ!第一印象というのは重要な要素なのです。その印象が悪ければ後々の人間関係に響きます!ちゃんとしてくださいっ」
鼻で笑うと意地悪な顔つきになったミカ兄、あんまり女の人を虐めるのは良くないぞ?
「お前がして欲しいのは紹介か?」
「なっ!?そ、それは、その……紹介もです!」
視線が激しく泳ぎ、明らかに動揺の見えるパトリシアさん。気丈に振る舞ってるつもりかもしれないが頬が赤くバレバレだ──おいおいミカ兄、その綺麗な人とも関係持ってるのか?イザベラさんといい、ペレットさんといい、美人にばかりモテるのは凄いけど全員と関係持ってていいの?俺には理解出来ないな。
そういえばミーナちゃんとも仲が良いよな。まさかと思うけど……そんなことないよな?
そういえばミーナちゃんっていくつなんだ?世の中には見た目通りの年じゃない人が沢山いるから、もしかしてミーナちゃんもそっち系か?見た感じ十歳そこそこにしか見えないのだが、ミカ兄達が冒険者になる前からギルドに居たらしいミーナちゃん。つまり、そういうことだろう。
「ねぇミーナちゃん、ミーナちゃんってばいくつなの?」
素朴な疑問をそのまま口にすると、今まさに口の中に入ろうとしていたスプーンをピタリと止めて動かなくなった……あれ、地雷踏んだかな?
それを見たミカ兄とギンジさんが腹を抱えて笑いだす。ユリアーネまで『あーぁ』と呆れた目で俺を見ていた。
「ヒーーーヒヒヒッ、あぁ腹痛ぇ!プククッ、なぁ、おいミーナ、お前いくつだっけ?ブハァッ、駄目だ堪え切れないぞ。ぎゃははははははっ」
ようやく動き出したかと思ったら口に入る寸前のスプーンをそのまま皿へと戻した。
少し俯き加減でテーブルの一点を見つめるミーナちゃん、その姿に『やばい』と思ったが既に時遅しだ。
「ミーナは僕より年上だったよねぇ?プププッ、あれれ〜?どんだけ上だったっけ?ねぇ、ミーナちゃんはいくちゅでちゅかぁ?」
珍しくふざけた様子でギンジさんがミーナちゃんを責める。
ミーナちゃんはプルプルと震え出し爆発の予感を漂わせ始めた──やばいやばい、俺が何気なく発した言葉でミーナちゃんが……ごめんなさいっ!
「何?ミーナの歳?えっと確か……」
「こらこら、ミーナを虐めるんじゃないよ。こんなに可愛らしいのにそんなことしたらかわいそうだろ?大丈夫、ミーナはまだまだ若いよ。ぼくよりずっと年下なのは確かだ」
そんなタイミングで戻ってきたペレットさんが顎に指を当て考え出したのだが、慌てたユリアーネが口を塞ぎにかかる。
そこに助けに入ったのは見た目が二十台半ばのウィリックさん、外のゴミ処理は終わったらしくエールを片手に部屋に入って来るなりミーナちゃんを抱きかかえるように隣に陣取った。どうやら今日の仕事は終わりらしい。ナイスタイミングだ、恩に着る。
「女性に歳の話は禁止だよぉ?わかったぁ?」
この話は終わりだとばかりに優しく諭すように俺を叱ってくれたユリアーネ、すみません、以後気をつけます。
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