18.抜け駆け

 調子に乗ってワインを空けてテンションの可笑しくなったエレナ。肩に手を回して立たせるとルノーさんとヤスさんに「ご馳走さま」と「残してすみません」を告げて笑顔でお別れをした。


「おいっ、大丈夫かよ。今日は一日デートの約束だったけど、帰って休むか?」


「レイひゃん、な〜に言ってるんでしゅか?わたしならでんでん平気でしゅよ。ほらぁ、ちゃんと歩いてるじゃないれすかっ。

 そっれっとっもぉ、休むってましゃか、そういうことれすかぁ?レイしゃんったらぁ〜、えっちぃぃっ!まぁ〜ぁ〜、わたちの魅力にゾッコンめろめろラブラブなのはしかたないれすがぁね〜。えっへっへっ。

 しょれで〜、レイしゃんは私と今からえっちぃな事しちゃうんでしゅかぁ?わたちはいつでもかもんべいべぇでしゅよぉ?」


 歩いてるって、俺の肩に寄りかかってやっとじゃねぇか……。せっかくみんなにお許しを貰ったけど、こりゃ帰るしかないかなと思い始めたとき、半分しか開いていない蒼い目に強い光が灯る。


「レイしゃん、わたち行きたい所があったのれしゅ。イチャイチャらぶらぶはその後でもいいでしゅか?あしょこれすっ!わたち達の泊まってるお屋敷とは反対の町の外れの丘に教会があるのれす。あしょこに行きまひょうっ、ね〜ぇ〜、いいでしょう?はいっ、けってぇ〜!レイしゃんに拒否権はありま〜しぇんっ!あははっ!はいは〜い、それじゃあバビュンと飛びましゅので掴まってくだしゃいねぇ〜。おっぱいモミモミとかはまだダメでしゅから我慢ちてくだしゃいねぇ〜っ」


「分かった!分かったから空を飛ぶのは無しだ!ほらっ、アレだ、エアロライダー!エレナも好きだろ?風を感じて町中を颯爽と走って行く、正にデートだろ?エアロライダーで行こうっ、なっ?名案だろ?」


「おぉっ!良いれしゅね〜、そうしまひょうっ」


 このままじゃ駄目だと思い道端に座らせればヘニャヘニャと潰れて行きそうになる。慌てて水袋を口に突っ込むと ゴキュゴキュ と凄い勢いで飲み干して行く……ヨシヨシ良い子だ。時間が経てば少しは酔いも醒める事だろう。

 水袋から口を離したエレナはチロリと舌を出しコレットさんばりの淫靡さの漂う舌舐めずりをしたかと思ったら、眠そうな半目も相まって視線までヤラシイモノになっている。


 俺の方が襲われそうな危険な感じはしたがもうどうにもならない。取り敢えずエアロライダーで意識を釣ると、背後に乗せ、水魔法で作った紐で落ちないようしっかりと固定して教会へ向けて走り始めた。



「ひゃっほ〜〜ぃっ!レイしゃん、きっもち良いれしゅねぇ〜」


 町中なのでそれ程スピードは出していないが、俺の肩に手を置きもたれ掛かりながらも立ち上がると、長い耳と髪を靡かせ、全身で風を感じてご機嫌な様子。


「レイしゃ〜ん、大好きでしゅっ」


 首に手を回し膝を曲げて抱き付くと、運転中だというのに頬を寄せて グリグリ と頬ずりしてくる。


 自由気ままな酔っ払いを乗せ、道行く人に指を指されながらも町中を走り抜けると、緩やかな登り坂に差し掛かり建物が疎らになってきた。

 丘を登りきるとエレナの言った通りに教会があり、その横には海を眺める為の物だろうベンチが何本も置かれていてちょっとした広場になっている。だいぶ上まで登った太陽に照らされて蒼海が キラキラ と輝き、左手を見れば海岸沿いに長く延びた町並みの向こうにはオーキュスト家の王宮が見える。存在感たっぷりにそびえ立つ宮殿は、屋根の先の尖った部分が光りを反射し輝いていた。


「んふふっ、海、綺麗っ」


 隣を歩くエレナの金の髪が微風に揺れたかと思った途端、突然走り出す。

 両手を広げて楽しそうに崖に向かうのでそのまま落ちてしまいそうで心配にもなるが、だいぶ手前で走るのを止めると クルクル とその場で回り始めたかと思いきや突然倒れた。


「エレナっ!?」


 慌てて走り寄るがどうと言うこともなく、ただ仰向けになって目を瞑りニコニコ顔で大の字に寝転がっているだけ。

 ビックリさせるなよ……


「レイしゃ〜ん」


 目を瞑ったままに両手を伸ばして抱き締めろと催促してくるが、こんな所でそれに応じるのは人気が無いとはいえちょっと恥ずかしい。隣に座り頭を撫でて誤魔化すと、口を尖らせ不服を訴えながら行き場を失った手が力無くパタンと倒れた。


「レイしゃ〜ん、お願いがあるんですぅ〜。聞いてくれますぅ?」

「何だよ、聞くだけ聞いてやるぞ?」


 再びの大の字で目を瞑ったまま俺を見る事なく恥ずかしげに小さく呟いた一言は、ここに来た時から予感のあったモノとドンピシャ過ぎて思わず笑みが溢れた。



「結婚式……したいな」



 五年ぶりに森で再会した時から好意は感じていた。エレナ曰く、オークション会場に迎えに行った時にずっと傍に居ようと心は決まったそうだ。


 プロポーズの言葉と共に指輪を渡し、それを受け入れた事により “婚約” という形で一先ず落ち着いたかと思いきや、モニカとは既に式を挙げており一人だけ一歩先に進んでいるのを羨ましく思っていたのだろう。いくら俺が “皆を等しく愛してる” と言おうとも、彼女達の中では “妻” と “婚約者” では大きく違うものなのかもしれない。普段は気にする素振りを見せないが其の実、心根は揺れ動いているのかもしれない。


 俺からすれば “結婚式” などただの形。通過儀礼に過ぎず、心が共にあればそれで満足だと思えるのだが、女性の繊細な心はそうは思わないようだ。



 頬を染めて返事を待つが何も言わない俺の答えが気になり薄眼を開けると、自分に伸びている手に気が付いて訳も分からないままにその手を取ったエレナ。


「ほらっ行くぞ。教会の隣にはだいたい貸衣装屋さんがあるらしいんだ。その格好のままじゃ流石に式は出来ないだろ」


 了承が得られるとほぼ確信していただろうに、俺の言った言葉の意味が分かると笑顔の花を咲かせて思い切り飛び付いてきた。

 勢い余って俺を押し倒すと人目も憚らず地面に寝転んだままで熱烈なキスをしてくる。ちょっとばかり恥ずかしい思いもあったが今のエレナの気持ちに水を差すのも不躾なので、そっと背中に手を回すと俺の気持ちを体現するように ギュッ と強く抱きしめた。



▲▼▲▼



 アンシェルは元々王国だっただけあり割と大きな町、ところが狙ったかのように「今日は何の予定も無いのでいつでも来なさい」と神父さんに言われて隣の貸衣装屋さんに向かえば、これまた狙ったかのように「今日は衣装が沢山あるから好きなのを選べ」と言われた。


 まるで俺達の事を天が祝福してくれているような良い気分で二人、衣装を選び終えドレスに着替えると、誰も居ない教会で二人だけの結婚式をした。

 純白のドレス姿は普段のおっとりボケボケのエレナとは別人のようで、物語に出てくるお姫様のように凛としていて美しく、みんなに見て欲しかったのだが半ば抜け駆けしたのでそれは叶わない。ブーケトスには特別にという事で集められた教会で働くシスターさん達が群がり、神父さんの苦笑いに見守られながらも楽しげにやる事が出来た。



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