19.昼下がりの邂逅

 その後、軽い昼食を取り事実上夫婦となった俺達は新婚さながらに仲睦まじく腕を組み、心地よい潮風に吹かれながら長閑な海岸を散歩しつつ、気になった店に入ったりもしてデートを楽しんだ。


 そうして入ったテラスが賑わう一軒のお洒落なカフェ、俺達は二人だけの時間を楽しみたくて奥の方の店内席をチョイスしたのだが……



「すまないが相席良いですかな?」



 注文したパフェを二人で食べ合い新婚幸せ気分を堪能していると、テラス席は人で溢れて満席なのだが、店内は空いているにも関わらずそんな声が掛けられる。


 年の功を感じさせる渋目の声に顔を上げると、シルクハットを被り黒い礼服に身を包んで黒い杖を突いて立つ、老人と呼ぶには少しばかり早い容姿の男の姿がそこにあった。


「お前はっ!?」


 思わず立ち上がった俺をにこやかに片手で制すると軽く顎をしゃくり周りの客の姿を指してから帽子を取る。


「良いですかな?」


 他の客を人質に取ると促したように見えたが、どうやら争う意思は無いように感じられ、ただ人目を集めるぞと警告したかっただけのようで穏やかな顔で一般人の如く席を求めてくる。


 こいつは魔族、それもアリサと同じ幹部級の大物だ。こんなところで暴れられたら大きな町とはいえアンシェルの町が丸々消え去ってもおかしくはないだろう。何を考えて相席など希望するのか知らないが、大人しくしていてくれるのならそれに越したことはない。


「お二人は美味しそうな物を食べておいでだな」

「はいっ、とっても美味しいですよ。おじいちゃんも食べますか?」


 そう言ってスプーンに掬ったアイスを無邪気に差し出すエレナには呆れてしまうが、この男の今の穏やかな雰囲気では仕方のない事かも知れない。だがしかし、俺の目の前で他の男に対してそんなことされるのは旦那としてのプライドが許さない。


「いやいや、ありがとう。でも歳を取ると冷たい物は身体が悲鳴をあげてしまってねぇ。私は暖かい物にさせてもらうよ」


 手のひらを見せ断りを入れる奴の言葉が終わる前にエレナの手を取りスプーンへと齧り付いた。その様子に少しだけ驚きつつも思わずと言った感じで プッ と吹き出した男。


「はっはっはっ。君達は仲が良いようだな。そんなに焦らずともこんな老人に美しいお嬢さんは似合わないだろう?取ったりしないから安心したまえ」


 注文を聞きに来た店員さんに《アフタヌーンティーセット》なるお洒落な響きの物を頼んだ男はテーブルの上で両手を組み、微笑んだまま ジッ と俺を見てくる。

 それを無視して自分のパフェを食べているとそのまま何も言う事なくただただ見詰めてくるのだが何がしたいのかサッパリ分からない。


 その様子を不思議そうにエレナが見ていると、店員さんがワゴンを押して奴が頼んだ物を持ってきた。

 奴の前に並べられたのは薔薇の花が描かれたお洒落なティーポットと、それとセットのティーカップにソーサー。その前にはクルンと外巻きになった脚が可愛らしい三段のティースタンドが デンッ と置かれてエレナの目を釘付けにする。


「お嬢さんも食べますかな?」


 一番下の段にあるイチゴの乗ったケーキが目の前に置かれると、 キラキラ とした目で『本当に良いのですか?』と訴える様子に微笑んだ男がゆっくりと頷く。

 フォークを手に取りケーキを口に運んで顔を綻ばせるエレナ。それを見て満足したのか、紅茶を口にした男は再び俺へと視線を移し黙ったままに見詰めてくる。



「だーーっ!何だよっ、何なんだよっ!言いたい事があるのならさっさと言えよっ!!」



 両手で机を叩いて立ち上がった俺にビックリしフォークを咥えたままキョトンとするエレナの顔で我に帰ると、他の客にも見られている事に気が付きスゴスゴと座り直した。


「はっはっはっ、いや、すまない。顔を合わせるのは三度目だが、ちゃんと話しをしたことがなかっただろ?君がどんな人物なのか興味があってね」


「それで……あんたは何しに来たんだ?まさか俺の顔を見に来ただけじゃないんだろ?」


『え?』という顔で止まった魔族の男……『え?』じゃねぇよ『はぁ!?』だわっ!

 魔族ってそんなに暇なのかよ!まぁ過激派は暇しててくれたら人間の世界は平和でいられるからそれに越した事はないんだけど、それにしても、だよっ!


「こんな歳ともなると自由な時間も増えてな、好きな事がし放題というわけだよ。羨ましいかね?まぁ、若いうちは苦労した方が良い人生が送れるとも言うがね。

 話は変わるが、君はこの町にバカンスに来た。今後の予定は決まってるのかね?」


「何でそんな事をお前に教えなきゃならないんだ?」


「そう敵視しなくても良いだろう?

あぁ、そうか。これは失礼した。私とした事が……これが歳を取ったという証拠かな?私は君の名前を知っていたが、君には自己紹介がまだだったな。私の名はレクシャサ・エードルンド。アリサの前任で四元師という役目を負っていた者だよ」


 四元師──魔族の中枢を担う者達の事だろう。アリサの前任……だが俺が気になったのはそこではない。


「エードルンドだと?」

「そう、その通りだ。私はあの子の叔父にあたる存在、彼女の血縁者だよ」

「アリサの……叔父。魔族王家の者かよ。そんな奴が何しに来たんだか益々分からないぞ?」

「えぇっ!?おじいちゃん、まぞ……魔族の人なんですか?」


 大きな声で “魔族” と言いそうになった自分に気が付き自重したのは大したものだと思う。お陰で『あいつらうるさい』くらいには思われたかもしれないが店内が混乱することも無かった。


「はっはっはっ、魔族と人間、敬遠されるかもしれないが特に何も変わらないのだよ。お嬢さんは獣人だからか、レイ君と同じで嫌そうな顔はしないのだな。それだけ仲が良いという事かな?」


 ニコリと笑ったレクシャサに微笑みを返すエレナ、そんな二人を見ていると警戒して気が立っている俺が間違っているように思えて来るが、奴は魔族の幹部。アリサの血縁とはいえ油断してはいけない相手だろう。


「さて、自己紹介も終わり君と言う人物の観察もして目的の半分は達成された。私などが長居しても君達の時間を無駄に使ってしまうだけだな。せっかくのデートを邪魔するのは無粋だろう?


 分かっているとは思うがアリサの次の目標は三つ目の封印石のある大森林フェルニアだ。二つ目の封印石のあったティリッジからは馬車で向かうとなると二ヶ月はかかるだろう。あの子は君が追いかけて来る事を計算してその付近で到着するように行動する筈だ。


 アリサは魔族過激派の命令に反して全ての封印石を君の手に渡し、女神チェレッタの処分を委ねるつもりでいるのだろう。あの子は過激派に属しているフリをしているが、その実、過激派ではない。

 しかしこのまま行くと失態の責任を取らされて処分されてしまう事になる。そうなる前に、あの子が運命を感じた君に頼みたい。

 あの子を、救ってはくれまいか?」


 飄々とした道楽貴族のような態度から一変して真剣味の増した目で俺を見るレクシャサからは嘘偽りの無い真摯な空気が感じられる。過激派の幹部だというのに父が娘を思うような言葉に彼の存在そのものも信じられるような、そんな気がして来るから自分のお人好しさ加減が馬鹿馬鹿しく思える。


「俺に何をしろと?」


「ん?簡単な事だろう?アリサを保護し、君の監視下に置けばいい。五人の妻が六人に増えるだけの事、元よりそのつもりだったのだろう?」


 人の事をどこまで調べているのか知らないが個人情報だぞっ!っと心の中で突っ込みを入れつつ溜息を吐いた。


「魔導車で移動する君ならば馬車で二ヶ月の距離でも一週間あれば到着することが出来る。アリサもその事に勘付いてはいるが、そこは見ないフリをする事だろう。

 そこでだ。ここから東にある《パーニョン》という町に寄り道してみるといい。町としては大したモノではないが、そちらのお嬢さんにとっても有益な情報が得られるカモしれないぞ?

 私が伝えたかったのはその事だ。くれぐれもアリサの事、よろしく頼んだよ」


 そう言って今一度ティーカップに口を付けると、話は終わったとばかりに席を立ち黒いシルクハットを頭に乗せる。胸ポケットから取り出した金縁のモノクルを顔に乗せると、優雅さを醸し出すゆったりとした仕草で片手を上げて笑顔で去って行くのを黙って見送った。


「おじいちゃん……サンドイッチもスコーンも残ってます」


「……食べていいんじゃない?」


 ケーキを貰ったクセに魔族幹部との邂逅の感想はそこかよと思いつつも、それこそがエレナだよなと笑いが湧いてきた。



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