20.聞いてない!

 夜ご飯も二人で済ましてすっかり陽が落ちてからの帰宅となったが、最初からその予定だったのでみんなもご飯は食べ終わっているはず。屋敷に戻ると何故か俺の部屋に集合していると言うので恐る恐る行ってみれば、扉を開けた瞬間から洗礼が待ち受けていた。



「「「オカエリ」」」



「え?あ……た、ただいま?」

「ただいまですぅ〜っ」


 ソファーの背に隠れて目から上だけ覗かせている銀とオレンジとアッシュグレーの頭が並んでいたので、開けた扉を思わず閉めようとしてしまった。

 よく見ればソファーの横からも水色と茶色の頭が生えており、その二つが飛び出して来る。


「トトさま〜っ!」

「エレナ姉様〜っ!」


 部屋に入った俺達を熱烈歓迎してくれたのは雪とエマの二人。それぞれの目標に飛び付くとエレナはヨタヨタと倒れそうになるものの、どうにかこうにか踏ん張っていた。


「エレナ姉様、今度は私とデートしましょっ!ほら、空のお散歩とか、空のお散歩とか、空のお散歩とかっ!」


 獣人同士気が合うのか、エマはエレナにとても懐いている。よほど空を飛ぶのが気に入ったのか、せがまれて部屋の中でも二人で宙に浮いている姿を見かける事まである始末。


「デートは好きな男の人と二人だけの時間を過ごす特別なものなのです。エマちゃんにも早く素敵な彼氏が出来たら良いですね〜」


「トトさま、二人のデートは楽しめましたか?」

「ああ、おかげさまでな。ところでさ、雪。あれは何の遊びなんだ?」


 視線の先にあるのは当然、未だ同じ体勢でソファーから覗くサラ、ティナ、モニカの頭。話題を攫われた三人は引っ込みが付かなくなったのか、順番待ちの如くジッとそのままの姿勢で待ち構えている。その向こうの机には何本かのワインボトルと共に食べ散らかされたおつまみらしき食べ物もあることからも分かるように、昼間の誰かさんのように酔っ払って何かのスィッチが入ってしまったのだろう。


 対面にあるソファーにはイオネとリリィが呆れた顔をして座っており、その隣には我関せずのクリスが何かを頬張っている。コの字型に置かれたもう一つのソファーにはコレットさんも座っており、その様子を肴に微笑みながらワインに口を付けていた。


「だから止めろと私は言ったぞ?見ろ、あの冷めた目を。酔った勢いとはいえ同じ立場の人間に嫉妬とは恥ずかしい。大体、お前達も今回の事には了承したのだろう?」


 叱られてソファーに沈んで行く三つの頭、これはそのうち一人ずつデートに誘わなくてはいけないのか?デートくらい時間さえあればいくらでも構わないんだが、毎回嫉妬されては敵わない。


 今後の在り方に大きく溜息を吐くと空いているコレットさんの隣に座り雪を膝の上に乗せた。


「あのさ、今回のエレナとのデートはコルペトラの件での埋め合わせだったろ?別にデートくらい時間が取れたらいつでも出来るけど、いちいちそんな顔されたら誰ともデートなんて出来なくなるぞ?」


 ソファーの背もたれに隠れたと思ったら、そのまま顔を埋めるようにして丸まっている三人の娘達。俺の言葉を受けてようやく振り向くと三人仲良く小さく舌を出した。


「ほらっ!ティナがやろうって言うから……」

「あっ、ズルイ!私になすりつける気?サラだって乗り乗りだったじゃない!?」

「いや、ティナがさぁ〜……」

「なによ、モニカまでそんな事言うの!?さいってぇ〜っ、あんた達最低よっ」


「まぁ言い出しっぺはティナで間違いないが、三人同罪だろう?今更そんな事どうでもいいではないか」


「全然良くないわよっ!私だけがおかしな子みたいじゃないっ」


 サラもモニカも別に本気で言っているのではないだろう。でもそれが納得行かないらしく、口を尖らせ不貞腐れるティナが不機嫌さのアピールの為に組んだ腕にモニカとサラが笑顔で腕を絡める。


「ごめんごめん、冗談だってば〜」

「そうよ、冗談よぉ。機嫌なおして〜」

「つーーんだっ!」

「ねぇねぇ、私達の仲じゃないっ」

「そぉよぉ、私達の仲じゃないっ」

「へぇ〜、そぉね、そぉよねぇ。じゃあちょぉ〜っと背中向けてくれる?」


 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべたティナに訝しげな顔をしつつも恐る恐る背中を向けたモニカだったが、お尻の上辺りにティナの指が触れるとゆっくり背中を登り始めた。



「ひゃぅっ!?」



 その直後、突然大きな声を上げて仰け反り、身を捩って逃れようとするモニカを追って指を突き出すティナの愉しげな顔と言ったらこの上ない程で、絶対に逃すまいと鼻を膨らませて興奮する面持ちはエロオヤジそのもの。調子に乗って身を乗り出すと嫌がるモニカの背中に指を滑らしていく。


「んふふふふっ、どんな感じがするのかなぁ?」

「あはぁっ!!ちょっ!やめっ、はぁぁぁあぁぁ……」


 パリパリと小さな稲妻を迸らせ背中を移動した指が首の根元まで登り切ると、ようやく満足したのか解放される事となり、くたんっと力無くソファーに倒れ込んだモニカ。

 何という恐ろしい拷問技術!つい最近手に入れたばかりの自分の能力をここまで効率良く使いこなしているとは……ティティアナ・カミーノ、恐るべしだ。


 モニカで遊び終えたティナは次の目標であるサラに振り向くと、何処か違う世界にイッちゃってる可笑しな目を キラリ と光らせた。

 モニカが蹂躙される様を口に拳を当てて魅入っていたサラは、猛獣に追い込まれた子鹿のように恐怖に顔を引攣らせつつ後退るものの三人掛けのソファーなど狭いもので、逃げる事など碌に出来ずに角に追い込まれると半分ズリ落ちそうになっている。


「ティ、ティナっ。待って、ね?止めよう?」


 口の端に涎を光らせながら両手を怪しく ワキワキ と動かしつつ逃げ場のない獲物へとゆっくりと覆いかぶさるように迫るティナ。その姿は痴漢行為を働くただの変態親父、ハァハァと怪しげな息遣いにティナ自身の興奮がさらに増していく。


「うふふっ、モニカは良い声で鳴いてくれたわ。余は満足じゃ。お次のサラ姫様はどんな声で鳴くのか楽しみだのぉ、くっくっくっ。さぁ小鳥ちゃ〜ん、怖くないから〜、ちょ〜とだけおっぱい揉ませてくれ……」



「ええ加減にせんかーーーいっ!」

スパーーーーンッ!!



「ぶべっ」とカエルが潰れたような声を出してサラの胸へと顔を埋めて撃沈する暴走ティナ。青筋を立てたリリィのハリセンが見事に決まり無事サラ姫は救われる事となった……ってなんの芝居だよっ!


「ティナ、物事には限度というものがあるぞ?悪ふざけも過ぎれば嫌がらせになるだけだ、心しておけ」


「私達は通じ合ってるから良いのよっ!それにしてもまた大きくなったんじゃない?この胸っ」


 サラの胸に着地したのを良いことに、そのまま抱き付いてグリグリと顔を動かし豊かな胸の感触を楽しむティナはどこかのおっさんのようにしか見えない。酒が入っている所為だとは思うが今日のティナは大丈夫か?


「大きくってちょっとだけじゃない。あんっ、ちょっと!もう止めなさいってば」


「シクシク、人前であんな事されてしまっては、もうお嫁に行けないわ……責任取ってくれるのかしら、ティナさん?」


「なーに言ってんのよ!一人だけ人妻なくせにぃ!むきぃ〜っ!!そんなアピールいらないっ!ズルっ子モニカっ」


「あぁ、その事なんだけどさぁ。話題ついでに報告しとくと……」


 良いタイミングだと思い俺が打ち明けようとしたとき、エマを連れて部屋中飛び回っていたエレナが勘付き、勢い良く隣に飛び込んで来たので雪がびっくりしていた。


「聞いてくださいっ!私、お嫁さんになりました。えへっ」


 上手に膝の上に乗ったエマをクルリと回して横抱きにすると、身を乗り出して満面の笑顔で小さく舌を出したエレナ。

 その報告の意味を察するのにじっくり五秒、皆の動きが止まった。



「な〜んですってぇぇぇ〜〜っ!!!!」



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