15.ツンデレ姫

 イオネの指示でバルコニーに降りると、勝手知ったるなんとやらで部屋の中にズカズカと入って行った。それに付いて部屋に入ればピンクを基調とした可愛らしい布地の天蓋が掛かる大きなベッドが据えられている。棚に飾られている小物の類も動物の置物だったりと可愛らしい物が多く見受けられ、これまでの立ち振る舞いからは意外ではあったもののココが誰の部屋なのかピンと来た。


 キツイ性格のクセに可愛い趣味だなと部屋を見回していると何処かに消えていたイオネがタオルを投げてくれる。


「流石にこの格好で家の中を歩くのは気が引ける。だが皆心配しているだろうから、お前は私達が帰った事を伝えて来てくれ」


 家に帰り着き、平常運転の強気なイオネに「早く出て行け」と部屋から追い出されると、姫様の指示通り俺は水着のままで屋敷をヒタヒタと歩いて食堂まで行く。


「や、やぁ……おまたせ。イオネは着替えてから来るそうだよ」


 皆の冷たい視線が突き刺さるが取り敢えず帰還の旨を伝えると、メイドの一人が走り寄り、顔も見えないくらい深々と頭を下げてくる。


「申し訳ありませんでした!!私の不注意で姫さまに……レイシュア様にご迷惑を……ご無事で本当に良かった。

 この罰はどのようなものでも受けますっ!どんな事でもしますっ!ですから……ですから私をこの屋敷に居させてください!お願いしますっ!お願いしますっ!!」


 涙を流しながら縋り付いて来たメイドさんは昼間に浮き輪を持って来てくれた娘。なんで謝られるのかよく分からないが相当テンパってるらしく、謝りたいのか、許しを得たいのか、はたまた単にこの屋敷から出たくないのか疑問に思う謝罪の言葉を全力で投げつけられた。

 だが、イオネといい、このメイドさんといい、それ程大した事態ではないのでもう少し冷静になれてもいいんじゃないかと思う。


「レイ君、私からも謝らせてくれ。家の者の不注意で本当にすまなかった。二人が無事で何よりだよ。

 そのメイド、フェリーンと言うのだが、ちょっと訳ありの奴隷メイドでね。イオネ付きにしていたので今日も君達の世話を頼んだのだが、監視業務を怠ってしまったようで二人が流されたのに気が付かなかったという訳なんだ。

 レイ君が一緒だったおかげで大事には至らなかったが一歩間違えばイオネは還らぬ人となっていたのでね、どう処分するかはイオネに任せる事にしてココで待たせていたのだよ」


 フェリーンはイオネに近しいメイドだったから俺が何気なく誘った事をすぐに文句言いに来たのだな。どんな事情があるのかは知らないが、ご主人様を危険に晒したというのに即刻首にならないのは彼女が特別なメイドだという事だろう。


「フェリーン、お前はまた昼寝をしていたな?」


 俺の胸で泣くフェリーンの頭を撫でていたら薄桃シャツに白のホットパンツ姿のイオネが入ってくる。俺が食堂に来てからそんなに経っていないのにもう着替えて来るとは、なんちゅう早さだ。


 涙で濡れた顔を上げ小さく頷くフェリーン、腰に手を当てたイオネは大きな溜息を漏らした。

 涙と鼻水でベトベトの、女の子としてはよろしくない顔に我慢出来ずに肩に掛けていたタオルでそれを拭いてやる。


「やはりお前にメイドは無理だな」


 言い放たれた一言に衝撃を受けたのか ビクッ とすると、止まりかけていた涙が再び溢れ出てくる。


「そ、そんなぁ。姫さま、何でもしますっ!どんな罰だって受けます!だからお願いです、私を捨てないで……お願い……」


「一回くらい失敗したからってクビとかないだろ?今回は何事もなく無事だったんたから許してやれよ」


 俺の言葉が気に入らないらしくイオネのこめかみに青筋が立つ……なぁなぁ、俺ってイオネ姫を救った救世主なワケじゃん?別に、好きになれ!とか言わないけど、そんな邪険にされないとダメなわけ?


「貴様は黙ってろ!これは家の問題だっ」

「けど、この子の代わりに姫様の危機を救ったのは俺なわけで……」

「黙れ!!!」


 どうやら何を言っても聞く気が無いようなので、刺し殺されるかと思うほどの鋭い眼光から目を逸らしラスティンさんに向けるものの小さく首を振られてしまった。


「メイドはクビだ。それが今回の事に対するお前への処分、何を言おうと覆すつもりはない」


「ぁぐっ……ぐすっ……はい。すみませんでした……うぇっ、うぇ〜ん、グスッ。お世話に、なりました……」


 トボトボとした重い足取りで部屋の扉へと歩き出したフェリーンがイオネの横を通り過ぎたとき、厳しい顔付きをしていたイオネの表情が崩れて仕方のない妹でも見るような優しいモノへと変わる。


「そう言えば庭師が一人怪我をしたそうだな。手が足りなくなると庭師長がボヤいていたぞ。何処かに花が好きな良い人財は居ないものか……心当たりはないか?メイド長」


 メイド長も何を言いたいのか分かっているようで目を合わせて微笑み合うが、イオネなりに気を遣いフェリーンへと向けられた言葉なのだろう。


 ピタリと足を止めたフェリーンはいきなり走り出しイオネの前に戻ると、涙で濡れそぼった顔のまま元気よく手を挙げて ピョンピョン 飛び跳ね最大限に己をアピールする。


「はいっ!はいっ!はいっ!お花大好きです!お花のお世話したいです!ここで働かせて下さいっ!!姫さまっ、お願いします!私でお願いしますっ!」


「そう言えばお前は庭弄りが好きだと言っていたな。だが、イオネと呼べという簡単な命令すら聞けないお前に庭師など出来るのか?どうせまたすぐに失敗して皆に迷惑をかけるだけだろう?」


 自分から “やらないか?” と聞いておいて “無理だろ?” と矛盾した問いかけをする。身長差もあり見下したように上から視線を投げかけるイオネだが、そこに棘があるようには見えない事からもフェリーンにハッパをかけているらしい。


「姫さまは姫さまです。私の中で変わりありませんっ。それに、たとえ失敗してもその分頑張ります!だから大丈夫ですっ、私にやらせてくださいっ!姫さまっ、良いでしょう?」


「頑固者めっ。それと、失敗してからではなく、失敗しないように努力しろっ。それが条件だ。仮雇用中に一つも失敗無しに頑張れたのなら正式に採用してやろう、それでいいな?」


「はいっ!ありがとうございます、姫さまっ!」


 ここで働けるのがそんなにも嬉しいのか、勢いあまって飛び付くフェリーンを怒りもせず優しく頭を撫でているイオネ。一頻りそうしていると満足したのか肩に手を置き引き離すと、ハンカチを取り出して顔を拭いてあげている。


「庭の仕事は明日からだ、朝早いが大丈夫なのか?メイドをクビになったお前は、今はただのフェリーンだ。特別に食事を一緒にするのを許すから一先ずその酷い顔を洗ってこい」


「わかりました!」


 元気よく返事したフェリーンが一目散に部屋から出て行く様子を微笑んで目送るイオネに近付き「優しいじゃないか」と小声で囁くと表情は一変し金属をも貫通するような鋭い目付きで キッ と睨まれた。



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