16.巡り合い

 頭は小さいが柄は長い、ティースプーンを引き伸ばしたような変わった形のスプーンに乗ってコーンフレークを従える白色のアイスクリームがやってきた。


「はい、あ〜んしてくださいっ」

「あ〜んっ」


 言われるがままに口を開けるとスプーンが入り込み、桃の味とアイスクリームの甘さが口の中に拡がる代わりに体温を奪って行く。少しきつめの冷たさを我慢しつつ噛み締めれば、コーンフレークのパリパリとした食感とアイスクリームの水分を吸い込みしんなりとした食感の二重奏が始まり口の中を愉しませてくれる。


「美味しいですか?今度は私の番ですよっ!」


 倒れないよう手を添えたのは、口が花のように広げられて変形した、シャンパングラスのような長細いガラスの容器。

 見た目にも楽しめるよう下からコーンフレーク、生クリーム、カットフルーツが規則正しく層になって入れられた上に、半球状に整えられた抹茶のアイスが ドンッ と乗っかったパフェと言うデザートに長いスプーンを突っ込みフルーツとアイスを掬った。


 長い耳と髪を揺らし、嬉しそうな顔でアイスの到着を心待ちにするエレナの前までスプーンを運べば、待ち侘びたとばかりに大きな口が開かれる。


「んふ〜っ!アイスの甘さと抹茶のほろ苦さとが絶妙ぉ〜、でもフルーツとは別で食べたいアイスですね」


 首を傾げて目を細めると、頬に手を当てて心底嬉しげな顔をする。そんなエレナを見ているだけで、なんだか俺まで幸せな気分が移ってくるようだ。


 そんな彼女を見ながら同じパフェでも王都で食べたものとは少し違うんだなと思い起こすと、あの時向かい合っていたユリアーネの嬉しそうな顔がエレナに重なる。

 ぼんやりしていればいつのまにか俺の抹茶アイスに彼女の手にするスプーンが忍び寄っていた。


「あんまり食べるとお腹壊すぞ?」


 笑いながらも構わずアイスを山盛り攫って行くと、これ見よがしに開けた大きな口に頬張り顔を綻ばせる。


「ユリ姐さんの事、思い出してたんですよね?」


 完璧過ぎるタイミングの一言で ドキッ としたが、まさにその通り。何故エレナがそのことを分かったのか知らないが別段隠す事でもない。


「王都でエレナ達の買い物を待ってる時、俺とアルとユリアーネでカフェにいたの覚えてるか?ほら、ポテチ食べた時だよ。あの時の事を思い出しただけ、ごめんな」


「何も謝ることなんてありませんよ?レイさんが私の事を愛してくれるのなら、ただそれだけで私は満足です。ずっと傍に居てくれると約束しましたもんね、旦那様?」


 満面の笑みで薬指に嵌る指輪を見せつけてくるが、この時の俺は皆になんて言い訳しようかと頭を悩ませていた。



 俺が思い出していたのはユリアーネの事だけではなかった。

 それは遅がけの昼飯を食べるより少し前の事、話はエレナと約束していた “一日デート” に出かけた今朝からの事に遡る。



▲▼▲▼



──許可とは、前もって許しを得る事を指す。


 朝食が済み一息入れたところで心置き無くみんなを置き去りにして予定通りエレナと二人でオーギュスト邸を出た。

 約束だった “二人きり” が余程嬉しかったのか、屋敷からの坂道を下る俺の周りを小鳥のようにクルクル飛び回るので、人目に付く前に止めさせるのに朝から労力を使った。


「行きたいところはあるのか?それとも適当にブラブラ買い物でもする?」

「朝は港で市が立つそうなのです。朝、獲れたてのお魚がたくさんあるそうですよっ。せっかくなので行ってみませんか?」


 朝も暗いうちから海に出て魚を捕ってくる、美味しい魚が食べられるのはそんな漁師さん達の苦労があるからなのだな。

 魚の市などこういった港町に来ないと見られるものじゃない。エレナの意見に賛成して二人で手を繋ぎ港へと向かった。



 港市は凄い賑わいで人で溢れかえっていた。大小さまざまな木箱に入れられた魚達が種類ごとに分けられ置いてあり、魚番をしているのか、揃いの赤い帽子を被ったガタイの良い男達が数人単位で談笑していた。

 その周りをグルグルと回る黄色の帽子を被る人達は真剣な表情で木箱を覗き込み、どうやら品定めをしているらしい。


「おっきな魚から小さな魚まで、見たこともない魚ばかりですねっ。知ってます?魚の鮮度は魚の目を見れば分かるんですよ〜。ほらっ、みんな透明な澄んだ目をしてます。獲れたてで新鮮な証拠ですね。ここには在りませんが日にちが経ってしまうと段々濁った目になるんですよ」


「ほぉ〜、ウサギのお嬢ちゃんは物知りだな」


 不意にかけられた言葉に振り返ると、身長百五十センチほどの小柄で丸々とした体型の日焼けした肌が海の男を感じさせる人がやけに堂々とした雰囲気を纏い立っている。

 ズル賢そうな小悪党のボスにも見えなくない男は、持っていた銀のパイプを咥えて吸い込むと俺達に当たらないよう配慮して白い煙を吐き出す。


「黄色の帽子を被った奴等は魚を買い付けに来た連中だ。アイツらを見てみろ。魚を指で押したりエラを開いたりしてるだろ?嬢ちゃんが言った通り魚は目が一番分かりやすいんだがプロと言うにはそれだけじゃ足りない。

 小さな魚なら腹を押してみろ、硬ければ良いが柔らかければ日にちが経ってるヤツだ。次はエラの色な、魚のエラは血が通っている場所だ。赤黒くなっているヤツはダメだ。後は生臭いヤツ。魚の種類にもよるが基本的に臭いのはダメだぜ?」


 何故か突然現れてレクチャーを始めたパイプ男。得意げな様子で目利きの極意みたいなモノを語り始めたが、そんな事をペラペラと話しても大丈夫なの?


「まぁ、そんな所だ。旨い魚を旨く食べられるようにしっかり調理してやってくれ、ガハハハッ。

 それでな、ここはあの黄色帽子を被っている許可のある奴じゃないと入っちゃ駄目な場所なんだわ、嬢ちゃん達がウロウロしていい一般向けの市は向こう。赤い帽子の漁師連中は気の荒いのが多いからな、俺みたいな紳士的な奴が言ってる間に移動してくれるか?」


 見た目に反し ニカッ と人の良さげな笑いを浮かべた男の咥える銀のパイプ。煙草自体吸う人が少ないので見かけることがなかなかない中で、一般的ではない真っ直ぐなパイプな上に三十センチという長い物とくれば忘れるはずもない。

 俺がパイプに見惚れているのに気が付いて怪訝そうな顔をした男は、品定めするかのように下から上へと俺を見回した。


「あぁ、すまない。ソレと似たような物を持っている知り合いを思い出したんだ。その人もあんたと同じ海の男でさ、一回だけ船に乗せてもらった事があるんだ」


「ほぉ、そいつは奇遇だな。こんな物を持ってる物好きな船乗りなんてそうはいないだろう。ちなみに何て名前の奴なんだ?」


「リーディネの町でミョルニル号って大きな船の船長をしているアランって人なんだけど、もしかしてあんたも知り合い?」


「ぶっ、アッハッハッハッハッ!本当にかっ!?その話、嘘じゃねぇだろうな?そうかそうか、アランの知り合いだとは恐れ入ったよ。


 お前さんだろ?オーキュスト家に来た貴族ってのは。俺はこの港を仕切ってるルノルリヒ・クルス、呼びにくいからな、皆、ルノとかルノーとかって呼んでるよ。まぁ好きなように呼んでくれ。

 こう見えてもアンシェル貴族五家の一つを預かる貴族様なんだぜ?見えねぇだろ?ガハハッ。まぁお前さんと一緒で固いのが嫌いでな、気楽に頼むわ」



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