4.サラサラのサラ
「おはよう」
目を開ければ、しゃがみ込んだ膝を支えに頬杖を突き、白けた顔で俺を見ているサラ──あぁ、サラ、パンツ見えそうだよ……太腿が眩しい。
「結局二人で寝てるじゃないですか。仲がよろしい事で……って、どこ見てるんですかっ!?」
「おはよう、美味しそうな太腿がですねぇ、朝日に輝いてましたぁ」
茹でたタコのように顔を真っ赤に染めると、短いスカートを手で引っ張って隠そうとしつつ身を捻り、なんとか俺の視線から太腿を守ろうとする。
短いスカート履いて寝ている奴の側に寄るなど、美しいお御足を見てくれと言っているのと同義なのだとなぜ分からないのか……。
「輝いてましたぁじゃないでしょっ!この変態っ!スケベ!朝から何考えてるんですかっ!?」
ムクッと起き上がったかと思いきや、寝ぼけ眼のモニカはサラを一瞥しただけで俺の腕の中にモゾモゾと戻って来る。
「お兄ちゃんがエッチなのは前からだよ……」
癇癪を起こしたサラが顔色を変えぬままに味方してくれるだろうと期待して言葉を待っていれば、まだ寝足りなかったようでボソリと呟くと丸くなってスースーと寝息を立て始める。
「そうらしいよ?」
呆気にとられて放心してるサラ。次第にプルプルと震えだすとプイッと横を向いてしまった。
「しらないわよっ!」
「サラ様も試してみたらどうですか?レイ様のは凄いですよ」
シタリ顔で目を細めたコレットさんの視線が背中を撫でるような悪寒を走らせる……あなたこそ朝から何言い出すの!?欲求不満ですかっ!
キョトンとしたかと思ったら小動物のような可愛い仕草でコクコクと顔を縦に振る──しまった、この人は俺の心を詠めるんだった!
「結構ですっ!それよりも早く起きてくださいっ。朝ごはんにしましょう」
もう少しモニカとゴロゴロしたかったが仕方ない、潜り込んだモニカに『起きろーっ』と鳥の求愛行動の如くチュッチュとしたら色っぽい声が聞こえて満足する。視線を感じて何気なしにそっちを見れば耳まで真っ赤になったサラが顔を両手で覆い、指の間から俺達のスキンシップを凝視していた。
突然動きを止めたことでマントから顔を出したモニカと二人でサラを見つめ返す。顔を覆ったまま動きを見せないサラにマントを少し開いて「来る?」とアピールしてみたのだが、首をブンブンと思いっきり横に振るとそっぽを向いてしゃがみ込んでしまった。
あれ?何かやり過ぎたか?モニカを見ても『さぁ?』と首を傾げていたので俺の所為では無いと思う。
仕方がないのでもう一度だけキスをすると寝床から這い出し、サラの頭をポンッと叩けば恨めしそうに俺を見たと思ったらこれ見よがしに大きなため息を吐かれた。
何が言いたいのかよく分からなかったので放っておきモニカに水魔法を貰う。それを大きくして頭を包み込むと、水流を起こして手も使わずに顔を洗ってみせる──楽ちん楽ちん。
呆気にとられて口が半開きのまま俺を見ているサラへの大サービス!口からボコボコと泡を吹けば目を丸くして驚いてくれたので笑えてしまい、危うく地上で溺れ死ぬ所だった。
「魔法はおもちゃではありませんよっ!」
──いや、身だしなみって大事だろ?
怒られながらもモニカに手を出すと小さな火と風の魔法をくれる。
それでも『それは何?』と言いたげに首を傾げるサラを見ながらちょっとした技を披露した。
「右手の風魔法っ、左手の火魔法っ。合わせるとぉ〜っ温風ぅ!」
顔の下から凄い勢いで上へと吹き出す温風。ふざけた洗顔でびしょ濡れだった髪も顔もあっという間に乾いたぞ?
「どういうことですか?何故モニカの魔法をレイが操るみたいな事が出来るのですか?」
あ〜、そこか。そうだな俺の普通じゃない所の一つだな。理解出来ないわな。
「お兄ちゃんは魔法が使えないのよ。だけど人から魔法を貰えばコントロールする事は出来るの。変わってるけど凄いでしょ?」
「魔法が使えないって……今まで散々使っていたじゃないですか!?人から魔法を貰う??意味が分かりませんわ」
うーん、ちょっと朝食前に運動しますか。
「水玉……なに??」
水玉合戦を申し込むとサラとモニカから少し離れた。サラは軽い説明で納得し、モニカに至ってはシュネージュを構えると自信に満ちた表情で嬉しそうに俺を見てくる。
「サラ、なるべく小さくて良いから、兎に角たくさん撃って見ろ」
頷き、魔力を練り始めたサラが一つ目の水玉を放って来た所でモニカも俺に向かって水玉を飛ばし始める。
言われた通りにあっさりやって退ける王女様。実戦慣れしてないくせに当たり前のように魔法を撃ち出すその能力は、ギルドランクで言えばすでにB級以上だった。
魔法に集中している姿はひたむきだ。多分それは彼女の性格だろうことは疑う余地などなく『マジメ』という言葉がとてもよく似合う。
飛んでくる拳ぐらいの水玉、時間にして五秒に一個といったところか。ポーン、ポーンとやってくる水玉に魔力を通して奪い取り、背後に浮かべておく。
一方のモニカはというと、俺との鍛錬とシュレーゼのお陰で親指サイズの水玉が九つずつ、時間差で飛んでくるので殆ど切れ間なく俺に届いている感じだな。うんうん、成長してる。
「サラ、もっと小さくて良いぞ。それで両手に一つずつ出せるか?……よしよし、それを片方づつ交互に撃って来い。慣れて来たら頑張って早く撃つようにしてみろ」
右手、左手と、先程より小さな水玉を作り出し撃ってくる。流石は王女様と言うべきか?スジは良い。
普通ならば右手に集中していた魔力を左手に切り替えるだけでもかなりの練習が必要なのだが、サラはあっさりとやって退けた。後は切り替えの速さだが、少しづつ出来るようになればいいさ。
「モニカ、単調に撃つだけじゃいつまで経っても俺には当たらないぞ?ほらほらどうするんだ?」
飛んで来た二人分の水玉はもう既に結構な数となり空を彩る模様と化している。
すると煽りを受けたモニカからの水玉が止むと同時、一メートル程の水蛇が姿を現した──よしよし。
それならばとタイミング良く飛んで来たサラの水玉を握りつぶす。
手を開けば元気よく飛び出す小さな水蛇。魔力を注いで同じ大きさまで膨らませると、魔留丸くんから取り出した風魔法を付与させモニカの水蛇に襲いかからせた。
追いかける俺の水蛇と、縦横無尽に逃げ惑うモニカの水蛇。昨日一回やっただけなのにかなりコントロールが上手くなっており、最初のぎこちない動きなどではなく、かなりスムーズに空中を駆け巡る。
「ほらほら兎さん、早く逃げないと食べちゃうぞ?」
「まっけないわよぉ、狼さんっ!」
俺達が鬼ごっこをして遊んでる間、サラはずっと水玉を両手交互に撃って来ている。いい加減バテてもいい頃なんだがサラは魔力量が多いようだな。なんとか早く撃てるようにと俺の指示通り地道に頑張るサラ、頑張り屋さんだね。
それでも少しばかり疲れが見えて来たので、朝から無理しても良くないと思い終わりにすることにした。
「さてと、サラ、お前がくれた魔法、全部返すよ」
集中していたとてそれは聞こえたようで驚きの表情を浮かべて手が止まる──おいおい、これを始めた理由を忘れたのか?
俺の背後に溜まりに溜まった水の玉。ゆっくりと動き始めればサラを目指して飛んで行く。
「ひっ!」
余りにも大量の水玉が一斉に向かって来ることに恐怖し、短い悲鳴をあげると尻餅をついてしまった。
──そこに降り注ぐ水玉の雨。
身を固くし目を瞑った瞬間、サラを守るように水の幕が覆った。それに触れれば、元々一つであったかのように吸収されては消えゆく水玉の群れ。
目を瞑ったものの予測した衝撃がこない事に恐る恐る目を開いてみるものの、その光景に驚きの表情になるサラ。
「モニカ、余裕だなぁ……あらよっと!」
サラを守るのに集中を割かれ、モニカの水蛇はコントロールが疎かになってしまった。それでもモニカの意思で空中を泳いでいるのは褒められる事だが、もっと上を目指して欲しい俺は容赦なく水蛇を喰らい尽くした。
「あぁ……私の蛇ちゃん、食べられちゃった」
しょんぼりするモニカに近寄りオデコにキスをして慰めると頭を撫でてやる。
「仕方ないさ、他の魔法を使えばその分コントロールは難しくなる。練習あるのみだな。でもあれだけスムーズに操れるんだ、上出来だよ」
二人で座り込んでいるサラの元に向かうと、手を取り起こしてやる。
「魔法、上手だな。それに今の間だけでも上達した、素晴らしいよ。サラも毎日鍛錬がんばろうな」
笑顔を浮かべたサラだが、何かを思い出したようでちょっと拗ねたような顔をしてみせる。
「私には頑張ったご褒美はくださいませんの?」
「はははっ、仕方ないなぁ」
思わず吹き出しそうになったがそこは我慢する所。冗談を交えつつも笑顔で頭を撫でてやると嬉しそうに微笑む。
サラの髪はモニカの柔らかな髪より更に柔らかくてサラサラとしており、毎日の手入れが行き届いているのを感じた。それでもこんな旅をするようになってしまえば手入れなど疎かになってしまうだろう。ちょっと勿体ない気はするがそれも彼女の選んだ道だ。
俺達が戻るとコレットさんが待ちくたびれていた。表情はいつもの通りだがなんとなく不機嫌オーラが出ているように感じられる。
「満足しましたら、さっさと朝御飯を食べてくださいね。次の宿場に着くのが遅くなってしまいますよ」
──はい、ごめんなさい。
彼女は俺達が水玉合戦を始める前……いや、起きる前からだろうな。一人早く起きてご飯の用意を終えて待っていてくれた筈だ。流石に待たせすぎだな。
ベーコンも切って出すと三人にも好評でなかなかの味に仕上がっていた。前回も漬け込み時間が短かったが、これはこれで結構いけるもんだと心の中にメモしておいた。
朝食を食べ終わって燻製機の片付けをしていれば、モニカに加えてサラまで食事の後片付けを手伝っている。
二人とも貴族のお嬢様、しかもサラは王女様だ。手伝いなどしたことも無いだろうに、コレットさんに聞いて何かしらやろうとする姿に関心してしまう。
「サラ、無理して手伝わなくてもいいぞ?」
不思議そうに首を傾げるサラの銀の髪が揺れる。日常にありふれたごく自然な事に俺の視線は奪われた。
朝日を浴びてそれ自体が発光してないかと疑うほどの美しい髪、文句なしに整った顔は特段可愛げのある表情を浮かべているわけでもないが、優しい色の感じられる青紫の瞳には見ているだけで吸い込まれるような吸引力さえ感じられる。
──やっぱり、容姿は俺好みなんだよな……
「ほら、手伝いなんて今までした事ないだろ?この生活に慣れてからでもいいんじゃないのか?」
あぁそういうこと、と俺の意図を理解した途端に強い意志の感じられる真剣な眼差しになる。
「今の私は王女ではありません。一人の女、サラとして見てください」
返事の代わりに彼女に近付くと銀の髪を撫でた。
王女として存在していた彼女からしたら、こうした何気ないことでも『対等に扱ってもらえること』が嬉しいのだろう。嬉しそうな、それでいてくすぐったいような、庇護欲を誘う女の子然とした表情を浮かべるサラ。
女の子は髪を撫でられると嬉しいんだな。俺もツルスベな髪を触ると気持ちいいからWin-Winだ。
片付けを終えた俺達は馬車に乗り込み、次の宿場を目指して馬車を走らせた。
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